『悪人伝』（19年）でヤクザ・刑事・殺人鬼の恐るべき闘争を描いたイ・ウォンテ監督。彼が新作『対外秘』で選んだ舞台は、さらに恐るべき政治の世界の闘争であった。
正義感にあふれるひとりの立候補者が、政治的な思惑で裏切られたことから起こるいさかいが、ウォンテ監督らしい演出で、手に汗握るサスペンスに仕立てられている。
多くの政治家に観てほしい『対外秘』
そして、この作品を「多くの人に観てもらいたいと思う」と語るのが、若狭勝弁護士である。
若狭は、正直者がバカを見る社会にはしたくない、と法律の道を歩み、1983年に検事となる。東京地検特捜部では日歯連事件など政界に絡む事件を多く担当。退官後は自由民主党から出馬し、衆議院議員に当選。さらには新党・希望の党の設立に関わった、政治の世界を外からも中からも見つめてきた人物である。そうした経験をもとにした著書や、テレビのコメンテーターとして社会に直言する姿を目にした方も多いだろう。
『対外秘』には政治の世界にはびこる恐怖が丁寧に描かれている
『対外秘』は1992年の韓国・釜山を舞台としている。主人公のヘウン（チョ・ジヌン）は地方議員からのたたき上げ。政権与党・大韓民主党の公認を得て、国会議員選挙に打って出る──はずだった。ところがヘウンの地元・海雲台の再開発をめぐって、釜山を牛耳るフィクサー＝クォン・スンテ（イ・ソンミン）に立候補者を差し替えられてしまう。
「『対外秘』はあくまでフィクション、サスペンス仕立てなので、誇張している部分もありますし、韓国と日本の違いもありますが、『昨日の友は明日の敵、昨日の敵は明日の友』という政治の世界に共通する一面が丁寧に描かれている映画だと思うんです」
それまで懇意にしてきたスンテに裏切られて無所属となったヘウンは、再開発にかかわる「対外秘」の極秘文書を入手。それを持ってギャングのピルド（キム・ムヨル）と組み、選挙資金を手に入れる。しかし、スンテはさらなる手を打ってヘウンの当選を阻止する。
「だまして、裏切られて、まただまして返り討ち、という無限のループが繰り返されてしまう。僕だって、だまされて裏切られたこともありますのでね（笑）」
どんな手を使ってでも、スンテをつぶす。ヘウンの心に復讐の炎が燃え上がる。こうして泥沼の権力闘争が幕を開けるのだ。
「ひとつひとつのセリフが印象的な映画でしたね。ヘウンがスンテに『政治をするなら、金か命を握れと教えてくれたでしょう』と言うシーンがありますね。映画のなかでは本当の生命になってしまっています。でも、命を政治生命と考えれば、現実の政治の世界にあてはまるようにも感じられます」
市民の正義、政治家の正義、その価値観を訴えかけてくる
とくに若狭の心をとらえたのが、劇中でヘウンがつぶやく「世の中は汚く、人生は悲しいものだ」という言葉だ。「裸一貫の私ですが、決して不正には手を染めません！」と国政に打って出ようとしたヘウンが、裏切りと闇が連続する権力闘争の果てに吐露した、思いの丈だった。
「政治家の心理過程を、かなり綿密に描いていると感心しましたね。僕が政治の世界を見てきたかぎりでも、最初はみんなヘウンのような正義感を持って、政治家になる。ところが、どんどん政治の世界に麻痺していく人が多いんです。ひとたび政治家になるとその座を守ろうと清濁を併せ呑んで、当選し続けようとする。ただ、僕はもともと法律家だから、そうした清濁政治に強い違和感を抱くわけです」
不正があったら、不正だと指摘する。それが正義だ。そう主張すると、決まって「若狭さんはきれいすぎる」と言われたそうだ。
「政治家はいちど清濁を併せ呑んでしまうと、自分の心にある正義が、いつしか本来の一般市民が抱く正義とは違った『政治家の正義』に変貌していくわけです。『対外秘』はこのギャップを、観ている側に鋭く訴えかけてくる。そこが、実に興味深いポイントでした」
検事になるか、役者になるか？──若き日の経験
政治家を引退後も、法律家としての正義を基準に、厳しい目で清濁政治を見つめる若狭。その一方で、意外な一面を持ちあわせている。
「そもそもエンタテインメントには縁があるというか……僕はビートたけしさんの隣の中学、隣の高校の出身。さらに振り返ると、小学校の先生が萩本欽一さんの弟さんだった（笑）。笑いの世界とかパフォーマンスとか演技だとか、人に感動や喜びを与えるということについては、非常に縁があったんです。法律だけではなく、笑いも人を救うひとつの手段ですからね」
実際に政治家を引退後、Amazon Prime Videoの『ドキュメンタル』にも出演している。そして、実は映画にもちょっとした関係がある。
「映画好きと名乗れるほど映画を観ているわけではありませんが、若いころはシナリオ作家や、役者になりたいとも思っていたんですよ。実は司法試験を受けている一方で、ある劇団を受けに行っているんです。渥美清さんみたいになりたいと思って（笑）」
結局、司法試験に合格した若狭は司法の世界をとって、検事となったのだが……。
「取り調べをして真実を聞き出そうとするには、相手の心を開かなければなりません。そのうえで、あるときは兄貴のように、あるときは親父のように、はたまた牧師のようにとか、相手に応じてこちらの立場を変えるということも大事になるんですよ。そういう意味では、役者への興味も役に立ったのかもしれませんね（笑）」
フィクションだからこそ問題意識を共有できる
そんな経験をしているからこそ、若狭は映画の力を信じている。
「映画はわれわれにとって、正義であるとか、幸せであるとか、人生に関わるさまざまなことを疑似体験させて、考えさせてくれるものだと思うんです。そういった意味で、非常に大きな力があると思っているんですよ」
そして、フィクションだからこそ、『対外秘』には政治が持つ奇妙な側面を見つめ直す力を持っていると考えている。
「政治を取り扱うフィクションは、一般市民にも問題意識を持つ契機になるはずです。だから、日本でもこうした作品を作ってほしい、いや作るべきでしょう。そのためには作り手側、いやマスコミ全体がもっと気概を持つ必要はありますが」
くしくも、インタビューの日は「政治とカネ」が問われた衆議院選挙の開票翌日だった。
「『対外秘』は、政治に今まで興味のない人にも観てもらいたい。そしてフィクションではあるけれど、政治にはこういう一面もあるのだということを感じて、考えてもらいたい。もちろん、なりたての政治家にもベテランの政治家にも、胸に手を当てながら観てもらいたい。そう思わせる作品でした」
《プロフィール》
わかさ・まさる 1956年、東京生まれ。福島地検検事、東京法務局訟務検事、司法研修所教官、東京地検特捜部副部長、横浜地検刑事部長、東京地検公安部長などを経て、2009年から弁護士に転身。2014年の衆院選で自由民主党から出馬し、3年間衆議院議員を務める。2017年には希望の党の設立に携わる。現在は弁護士法人わかさ代表弁護士。
【Story】
1992年、釜山。党の公認候補を約束されたヘウンは、国会議員選挙への出馬を決意する。ところが、陰で国をも動かす黒幕のスンテが、公認候補を自分の言いなりになる男に変える。激怒したヘウンは、スンテが富と権力を意のままにするために作成した〈極秘文書〉を手に入れ、チームを組んだギャングのピルドから選挙資金を得て無所属で出馬する。地元の人々からの絶大な人気を誇るヘウンは圧倒的有利に見えたが、スンテが戦慄の逆襲を仕掛ける。だが、この選挙は、国を揺るがす壮絶な権力闘争の始まりに過ぎなかった──。
【本予告編】
https://youtu.be/1xY8JqVWcI0
【監督】イ・ウォンテ 『悪人伝』
【出演】チョ・ジヌン 『工作 黒金星と呼ばれた男』『警官の血』 イ・ソンミン 『KCIA 南山の部長たち』『復讐の記憶』 キム・ムヨル 『悪人伝』『犯罪都市 PUNISHMENT』2023 |韓国|韓国語｜116分｜カラー｜スコープ｜原題：대외비（英題：THE DEVIL'S DEAL）｜5.1ch｜字幕翻訳：鷹野文子｜ 映倫区分：G
公式サイト：taigaihi.jp
提供／（株）キノフィルムズ
