プファルツ=モスバッハ
- プファルツ=モスバッハ
- Pfalz-Mosbach
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← 1410年 - 1448年 → (国章)
プファルツ=モスバッハ(黄緑色)-
公用語 ドイツ語 首都 モスバッハ - 元首等
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1410年 - 1448年 オットー1世 - 変遷
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成立 1410年 プファルツ=ノイマルクトと統合 1448年
プファルツ=モスバッハ(Pfalz-Mosbach)は、現在のドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州北部のモスバッハ及びエーバーバッハ周辺に基盤を置いた神聖ローマ帝国の領邦の一つ。
プファルツ=モスバッハは1410年の神聖ローマ皇帝ループレヒトの死後に息子のオットー1世によってプファルツ選帝侯の分枝として創立された[1]。1448年にオットー1世はプファルツ=ノイマルクトの半分を相続、残り半分を購入して領国をプファルツ=モスバッハ=ノイマルクトと改名した[1][2]。
プファルツ=モスバッハ公
編集脚注
編集- ^ a b Benjamin Müsegades (2016年4月13日). “Digitalisat Pfälzische Teilungen”. Historisches Lexikon Bayerns. 2023年5月28日閲覧。
- ^ Jakob Wille (1887). "Otto I. v. Mosbach, Pfalzgraf". Allgemeine Deutsche Biographie (ドイツ語). Vol. 24. Leipzig: Duncker & Humblot. pp. 712–713.