大正ロマン

大正時代の雰囲気を伝える思潮や文化事象

大正ロマン(たいしょうロマン)とは、大正時代の趣を伝える思潮文化事象を指す言葉である。「大正浪漫」とも表記される。

大正ロマン
1920年(大正9年)高橋是清の家族。パラソルやカンカン帽など洋風アイテムを取り入れたモダンな装い。
別名
  • 大正モダン
  • 和モダン
  • 大正デカダンス
  • 大正レトロ
起因
関係者
場所 日本
日付 1910年代 - 1920年代(大正期)
結果 1970年代に概念が成立し浸透

大正期にみられる個人の解放や新しい時代への理想に満ちた風潮、和洋折衷の様式や新旧が融合した当時の大衆文化が、大正ロマンに当てはまる[1]。これを源流にして創出されたポップカルチャーに対しても「大正ロマン」の語が適用されることがある[2]

大正ロマンという言葉は1960年代末から1970年代前半に広まったと考えられている[3][4]。学術領域では恋愛や熱情といったロマン主義(明治浪漫主義)の流れを汲む、大正期の芸術を紹介するために使われた[4]

一方で後世から見てファッションや建築などが独自の文化であったため、レトロかつノスタルジックロマンチックな大正のイメージを抽出した言葉としても受容されていった[5]。似た言葉に「大正モダン」「大正レトロ」があるが、同義語としても使われる。

時代背景

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大正時代は、昭和の前の元号である、「大正」の1912年7月30日から1926年12月25日までを指す。

大正時代は15年と短いながらも国内外で様々なことが起こった。大正文化という独自の文化が花開いた時期である。さらに日本は日清戦争日露戦争での連勝を経て、帝国主義の国として欧米列強と肩を並べ「五大国」の一国ともなった時代でもある。また、日本は日英同盟を理由に第一次世界大戦にも参戦し、戦勝国となり国が軍事的に多く発展した時代である。

西洋先進国の産業革命の影響を受けて、明治の45年間をかけて国内での工業化が進み、経済は着実な発展を遂げ、流通や商業が飛躍的に進歩した。鉄道網の形成や汽船による水運が発達、これと並行して徐々に町や都市の基盤が形成され、さらに大正に入ってからは近郊鉄道の建設、道路網の拡大や自動車乗合バスなどの都市内交通手段の発展により都市化が促進された。

録音活動写真キネマ)の出現、電報電話技術の発達、そして新しい印刷技法による大衆向け新聞書籍雑誌の普及など、新しいメディアが台頭した。これにより、文化・情報の伝播も飛躍的に拡大し、少女雑誌や婦人雑誌には流行風俗を反映した特集や叙情画が多数掲載された。

 
日本橋、左に帝国製麻、奥に三越呉服店(大正11年絵葉書)

戦勝によって債務国から債権国へ転換したことで、経済は爆発的に発展し、明治以降、経済の自由化とともに商人の立場が向上した。また、欧米から学んだ会社制度が発達していった。 そして、通貨「日本円」の国際化と旺盛な日本市場を狙って、ウェスティングハウス・エレクトリックユニバーサル・ピクチャーズフォード・モーターなど欧米企業の進出が相次いだ。第一次世界大戦で南洋諸島などが手に入り、それらの地の開拓も進められた。加えて、主要な戦地であった欧州に代わり造船受注が拡大し、この時期に長崎神戸などで現代にまで続く重工業企業の基盤が形成された。大戦景気投機の成功で「成金」と呼ばれるような個人も現れ、立身出世の野望が実業の方面に向かっても開かれた。

中流層には「大正デモクラシー民本主義)」が台頭し、一般民衆と女性の地位向上に目が向けられた。西洋文化の影響を受けた新しい文芸絵画音楽演劇などの芸術が流布し、思想的にも自由と開放・躍動の気分が溢れ出した。特に都市を中心として、輸入物愛好、大衆文化や消費文化が花開いた。さらに一般人の洋装化を促す服装改善運動が提唱され、洋装の学生服を女学生が通学で着るなどの変化も始まった[6]百貨店も新しい文化の発信地となり、和装がほとんどであった女性層に元禄模様市松模様)・琳派などの江戸趣味をブームとして仕掛け[7]銘仙を販売した。

 
関東大震災で消滅した凌雲閣

しかし、後半に入ると大戦後の世界恐慌関東大震災もあり、経済の激しい浮き沈みや国際交流の活発化の急激な変化に対応できないストレスが顕在化した。都市化と工業化は膨大な労働者階級を生み出し、国外の社会変革を求める政治運動に呼応した社会主義運動が大きなうねりとなって支配層を脅かした。加えて、スペイン風邪の流行や肺結核による著名人の死も時代に暗い影を落とした。知識人においては個人主義理想主義が強く意識されるようになり、新時代への飛躍に心躍らせながら、同時に社会不安に通底するアンビバレントな葛藤や心理的摩擦もあった。大正時代の後期から昭和の時代にかけては、自由恋愛の流行による心中自殺、そして作家、芸術家の間に薬物自傷による自殺が流行した。大衆紙の流布とともにそれらの情報が増幅して伝えられ、時代の不安の上にある種の退廃的かつ虚無的な気分も醸し出された。

むしろこれらの事々のほうが「大正浪漫」に叙情性や負の彩りを添えて、人々をさらに魅惑させる側面もある。この背景には19世紀後半にヨーロッパで興った耽美主義ダダイスムデカダンス等の影響もうかがえる。芸術活動には大正期新興美術運動が起こり、アール・ヌーヴォーアール・デコ表現主義など世紀末芸術から影響を受けたものも多い。あるいは政治思想である共産主義アナキズムなどの「危険思想」が取り締まられ社会主義思想にも圧迫が加えられた。一方で、多くの地方の村落はまだまだ近代化から取り残されており、大正に至っても明治初期と変わらない封建的な生活が残っていた。

大正ロマン」は、新しい時代の兆しを示す意味合いから、モダニズム近代化)から派生した「大正モダン」という言葉と同列に扱われることもある。「大正モダン」と「大正ロマン」は同時代の表裏対立の概念である。在位の短い大正天皇の崩御により、震災復興などによる経済の閉塞感とともにこの時代は終わる。世界大恐慌で始まる昭和の時代に移るが、大正モダンの流れは止まることなく昭和モダンの時代へと引き継がれた。

歴史的事件・出来事と「大正ロマン」を象徴する文化事象

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1900年(明治33年)に三浦環木内キヤウが始めた自転車通学は、明治後期から大正前期の女学生を象徴するアイコンとなった[8]

国家主導で近代化政策が行われた明治期から進歩して、大衆が日常の生活文化に西欧文化を採り入れるようになったのが大正期である[9]。旧来の習慣の上から「ハイカラ」「モダン」「新しい文化」関東大震災後に「新時代」と形容される事象が混在していったことで、和洋折衷・新旧融合の特徴的な文化が生まれた[9][10]

1911年(明治44年)

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この年の主なできごと

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文化事象

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1912年(明治45年/大正元年)

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この年の主なできごと

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文化事象

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1913年(大正2年)

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この年の主なできごと

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文化事象

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1914年(大正3年)

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宝塚歌劇団歌劇ドンブラコ宝塚新温泉内パラダイス劇場(1914年4月)[15]

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文化事象

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1915年(大正4年)

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文化事象

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1916年(大正5年)

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文化事象

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1917年(大正6年)

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浅草オペラ『天国と地獄』(1917年-1919年ころ)

この年の主なできごと

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文化事象

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1918年(大正7年)

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セノオ楽譜『宵待草』竹久夢二・画(大正7年/三版・大正13年)

この年の主なできごと

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文化事象

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1919年(大正8年)

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文化事象

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1920年(大正9年)

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文化事象

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1921年(大正10年)

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福岡女学校で1921年(大正10年)に導入された女子洋装制服[12]

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文化事象

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1922年(大正11年)

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文化事象

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1923年(大正12年)

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震災直後の銀座
資生堂の仮設バラック建築

この年の主なできごと

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文化事象

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1924年(大正13年)

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鳩山会館。当時立憲政友会所属の代議士・鳩山一郎の私邸。1924年(大正13年)

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文化事象

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1925年(大正14年)

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文化事象

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1926年(大正15年/昭和元年)

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この年の主なできごと

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文化事象

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大正末期から昭和にかけて

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1927年(昭和2年)の地下鉄開通広告(杉浦非水・画)

カテゴリ「大正時代の事件」に主要事件へのリンクあり)

「大正ロマン」を象徴する文化人

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明治の与謝野晶子と藤島武二による『みだれ髪

様々な経緯で開放的な思考や恋愛観、改善運動が発生し、大正ロマンの雰囲気とされていくが、そこに至るには醸成された特殊な状況とメディアの発達が存在している。

明治の文化人のロマン主義運動は、『オフィーリア』に代表されるラファエル前派絵画や、世紀末芸術象徴主義の影響を受けていた[169][170]。西洋の印刷メディアにおいて流行したアルフォンス・ミュシャアール・ヌーヴォーは、日本の印刷メディアでも言文一致時代の新表現として模倣・吸収されていった[171]。文芸誌『明星』の周辺においても「星菫派」の由来となる星や花、「みだれ髪の系譜」と論じられる女性の髪と水流といった絵画的モチーフが多用され、西洋の絵画表現とそれを実践する白馬会に接近していった。個人主義の勝利を目指すロマン主義と、反社会傾向を帯びた西欧世紀末芸術思想の結びつきが、大正の前段階の状況である[169]

雑誌『白樺』ではトルストイといった西洋文学のほか、ビアズリーブレイクなどの絵画が紹介され、複製版画による西洋美術の鑑賞体験を大正の人々にもたらした[172]。ビアズリーが絵を手掛けたオスカー・ワイルドの『サロメ』は大正初期には文学と美術の交流を表現した書物として理解され、萩原朔太郎は版画家の田中恭吉恩地孝四郎とともに「芸術的共同事業」を掲げて詩集『月に吠える(1917年(大正6年))』を作っている[173]。メディアの発達によって異なる分野が総合された作品が生まれ、大衆と同調する文化人が垣根を越えた活動をした時代でもあった。

年代が短いこともあり、大正時代に限ってのみ活躍した人物というものを挙げるのは難しい。文学史においては1910年(明治43年)の『白樺』創刊から、1927年(昭和2年)の芥川龍之介の死までを大正期とする見方がある[174]。美術家たちが手掛けた書籍や印刷物が蒐集されて、1904年(明治37年)の日露戦争下から、1930年(昭和5年)の帝都復興まで大正的なイメージとして紹介されている[175]

自由を求める大正デモクラシーの終焉は1932年(昭和7年)の五・一五事件と、翌年の吉野作造の死に象徴される[176]。明治から昭和への過渡の時代に生きた人物が、この時代を彩る数々の芸術作品や新思潮を生み出した。

美術

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黒船屋。大正時代の流行画家、竹久夢二の作品。1919年(大正8年)

竹久夢二の場合、実質的に活躍した年代が大正期と重なる。その思索や行動、そして作品において時代の浮き沈みと一体化しており、この時代とともに生きた人物である。アカデミズムとは隔絶した場で叙情画、装幀、生活雑貨、詩作を幅広く手掛け、芸術でも恋でも束縛を嫌った大正ロマンを代表する名として掲げられる[177]。彼の絵を表紙に使ったセノオ楽譜は一世を風靡したといわれる[178]

高畠華宵は耽美で清楚な異国感ある画風で支持を集め、1928年(昭和3年)の流行歌「銀座行進曲」に名が歌われるまでの人気となった。ほとんどの雑誌で仕事をしていた講談社から1924年(大正13年)に原稿料の騒動で仕事を引き上げ、実業之日本社へ活動を移したことは「華宵事件」とも称されて影響力が伝わる[12]

 
杉浦非水による1914年(大正3年)三越呉服店ポスター

明治のアール・ヌーヴォーの流れを、伝統美の新版画と折衷した橋口五葉ウィーン分離派アール・デコへと更新した杉浦非水が、装幀やポスターの装飾領域で活躍した。西洋式建築が浸透していない一般住宅の「折衷的室内装飾」を提唱する三越呉服店は、橋口のような画家たちに美人画のビジュアルを募り、杉浦を嘱託デザイナーにして雑誌やパッケージを制作している[179]

川端画学校は1909年(明治42年)に東京小石川に設立された私立の画塾ではあるが、1913年(大正2年)に創設者の川端玉章が逝去したのちも芸術や都会の文化に憧れる若者を各地から集めて、太平洋戦争大東亜戦争)さなかの廃校に至るまで、画家のみならず多くの才能を輩出した。

文学

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「現代小説家番附」
(『今古大番附:七十余類』1923年)

作者の経験や生活の感情を過剰に追求していった自然主義文学に対して反自然主義文学が登場する。退廃的なまでに美を重視する耽美派や、人道・理想・個人主義を掲げた白樺派は、結果的にロマン主義的な傾向を見せた[180]。1923年(大正12年)に白樺派の人気作家・有島武郎が愛人の波多野秋子軽井沢の別荘で情死した事件は、当時世間を大いに賑わせ、大正期に流行した自由恋愛や情死・心中事件を代表する出来事となった。

芥川龍之介は挫折から見た優情の世界(『老年』)、極限状況におけるエゴイズム(『羅生門』)、美のために何者をも犠牲にする芸術至上主義(『地獄変』)、キリシタンものや中国趣味に基づく作品(『奉教人の死』『南京の基督』『支那游記』)を書いた[181][182]。時代の流行と連動しながら、大正の終わりとともに自死した象徴的な作家である。

新聞・雑誌の興隆によって時代小説である「大衆文学」と、現代を舞台にした「通俗小説」が多く書かれた[183]中里介山においては、1913年(大正2年)より大長編小説『大菩薩峠』の新聞への連載を始められた。昭和に至るまで脈々と書き続けられ、未完のままに終わってしまう。大衆娯楽小説の出発点ともされており、大佛次郎の『鞍馬天狗(1923年(大正12年))』や林不忘の『丹下左膳(1927年(昭和2年))』などの作品連載発表に先んじて、大衆文化の創生に大きく影響を及ぼした。

岡本綺堂の『半七捕物帳(1917年(大正6年))』が推理小説と時代小説を融合させた捕物帳のジャンルを開拓する一方で、科学文明の発達と都市化によって探偵小説を生み出す分析的精神が高まっていった。江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』『屋根裏の散歩者』(1925年(大正14年))などは流入者と高等遊民を擁する都市の、人間関係の希薄化とプライバシーへの興味を背景に成立している[184]

少女雑誌は読者投稿を受け付け、読者欄はコミュニティになった。尾島菊子尾崎翠吉屋信子は投稿者から小説家になった作家であり、山田邦子などによる少女小説に影響を受けた吉屋の『花物語』は、女学生間にみられた友愛文化「エス」を表象した小説として少女文化の形成を促進させた[185]

音楽・演劇

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1913年(大正2年)、劇団「藝術座」を旗揚げした島村抱月松井須磨子は、帝国劇場でトルストイの『復活』を上演。劇中歌の『カチューシャの唄』が社会現象となる人気になった。病死から数年後の後追い自殺(1918年(大正7年) - 1919年(大正8年))に至る関係においては、劇団や演目への好評が大きいだけに政治的圧力や短い期間での破綻が大衆の好奇を刺激した。須磨子の歌った「いのち短し 恋せよ乙女ゴンドラの唄)」に乗せて、後の芸能人への憧れや自由恋愛の風潮を育む元となった。

三浦環は親の意向で結婚させられながらも声楽に関する活動を続けて、夫である医師の三浦政太郎に同行しベルリンへ留学。第一次世界大戦から逃れてロンドンで『蝶々夫人』のプリマドンナを演じて以降、各国で公演を重ねる国際的な高評価を得た。

政治家・思想家

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明治に浪漫派歌人として脚光を浴びた与謝野晶子は男女共学の文化学院の創設に参画し、また平塚らいてうとの母性保護論争を起こすなど評論家として活動を広げていく[186]

1916年(大正5年)の日蔭茶屋事件から同12年の甘粕事件に至る間の、思想家・大杉栄と女性解放活動家・伊藤野枝を取り巻く動きについては逐一新聞などで報道され、有名人のスキャンダルとして大衆の好奇の材料ともなった。

  • 吉野作造:政治学者、思想家(1878-1933)
  • 長谷川如是閑:ジャーナリスト、思想家、政治家(1875-1969)
  • 宮武外骨:ジャーナリスト、著作家(1867-1955)
  • 大杉栄:無政府主義者、思想家、作家(1885-1923)
  • 伊藤野枝:思想家、作家、婦人解放運動家、無政府主義者(1895-1923)
  • 平塚らいてう:思想家、評論家、婦人解放運動家、作家(1886-1971)
  • 与謝野晶子:歌人、作家、思想家(1878-1942)

実業家・収集家

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資本家や明治大正を通して財を成した実業家たちは趣味、社会貢献、あるいは海外流出の懸念から美術品の収集をするほか、文化活動の支援をしている。松方幸次郎は1916年(大正5年)からの10年間で1万点に及ぶ収集をして松方コレクションを作り上げた。大倉喜八郎は1917年(大正6年)に国内最初の私立美術館・大倉集古館を設立した。

小林一三は電鉄業維持のために住宅販売や動物園開設など都市化を進める多角的な経営を行い、1913年(大正2年)宝塚の温泉娯楽施設で宝塚唱歌隊宝塚少女歌劇団)を始めた。長崎の永見徳太郎南蛮美術を収集する傍ら芥川龍之介、竹久夢二とも交流したことで、明治末の帝室博物館展示に端を発する南蛮ブームを継ぎ、大正の文芸にもみられるキリシタン的題材の深化と南蛮趣味の拡散に関わった。

山本唯三郎は教育機関に寄付をした一方で、紙幣を燃やして暗い玄関を照らした言動が風刺画となり(成金栄華時代)、後世の歴史教科書に採用されて成金のエピソードとして伝わっている。

「大正ロマン」を色濃く表現する後世の作品

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桑原武夫南博などによって1960年代から大正時代と文化の再評価が始まり、文芸・美術の紹介を通して1970年代には大正のロマン主義、「大正ロマン」という言葉が現れるようになった[3][4][注 1]レトロブームともかかわりながら、ファッション・漫画・ゲーム・アニメなどのサブカルチャーの題材として扱われ、文明開化から戦間期を背景にしたそのイメージを定着・拡大してきた。

月刊漫画ガロ』の連載作家だった林静一は、歌謡曲に対する興味からさかのぼって「赤い鳥運動」で作られた童謡に着目し、童謡をモチーフにした画集『紅犯花』を1970年に発表した[187]竹久夢二を自由への憧れと庶民への郷愁の面から再評価していた秋山清も、1970年の『ガロ』に夢二論の連載を始めている。林が少女を描いた『ガロ』の表紙を発注イメージにして、1974年からロッテのキャンディ『小梅』のアートディレクションは始まった。甘い飴に対してすっぱい飴を提案することに重ねて、高度経済成長を経た社会に対して和装の少女画を採用するインパクトを追求した若手チームによる企画であった[188]吉永小百合山口百恵がそれぞれ主演した歴代の『伊豆の踊子』の映画から影響を受けて[189]、消えゆく日本美と少女の恋を通俗性を保ちながら表現した。

1975年に海外で広告賞を受賞したアニメCM『小梅』は、当時の読売新聞では「大正ロマンのムードをそのまま絵にしたCM」と評価された[190]。同じ年には『はいからさんが通る』の漫画連載が始まり、奔放なヒロインのメロドラマとして人気を博した。作者が親しんだ落語「お婆さん三代姿」や俗曲からストーリーを着想し、波乱の時代を明るく乗り越えていく女学生が設計され、実際の連載としては王道の本筋に破壊的なヒロインの花村紅緒とギャグを織り交ぜる挑戦的なものとなった[191]。時代遅れのCMと見ていた日本の広告業界[189]、歴史物はウケないとされていた当時の少女漫画の常識[191][192]を覆す好評であった[注 2]。型破りな意図で大正時代と少女のロマンスを描いた両作品は、文学史的・美術史的な意味のロマンティシズムとは異なる「大正ロマン」ブームの火付け役になった[2][注 3]

映画監督の鈴木清順は『紅犯花』を評価した縁で、林と『ガロ』に関わりを持っていた[195]。鈴木の前衛的で不可解ともされてきた作風が、夢想的な映像美に昇華された映画『ツィゴイネルワイゼン』は、1980年に国内外で高い評価を得て「(大正)浪漫三部作」に展開していく[196]。1980年代の雑誌では「大正デカダンス」という退廃性をクローズアップする言葉も登場した[注 4]

『はいからさんが通る』はさらに南野陽子が主演した実写映画のヒットで、女子大学生が卒業式に袴を履く現象を生み出すに至っている[199][200]。映画公開の1987年は「昭和30年代」を筆頭とする懐古ブームの最中にあり、大正浪漫と文豪の佇まいに憧れる現代の男を描いた『大正野郎』も発表される[201]。同時期に映画化もされた『帝都物語』は[201]、史実を横断しながら呪術や陰陽道が入り乱れる伝奇的な世界観と、後の創作作品に影響を残すビジュアルの怪人・加藤保憲を描いた。

1996年の『サクラ大戦』は架空の元号「太正」でスチームパンクを展開、大正ロマンを素材にして大正風の世界を構築した代表作となった[202]。女学生がロボットに乗り戦う企画案を聞かされ、脚本家がたとえて挙げたタイトルは『帝都物語』と『はいからさんが通る』であった[203]。2002年にはアンティーク着物を扱ったファッション雑誌が登場し、少女感と乙女感を重視した着物ブームが起きる[204]

言葉の浸透とともに、史料に基づかないものにまで拡大解釈されて、現代的な和服や大正時代と関係のない創作で「大正ロマン」と掲げられるケースもみられるようになる[205]。一方、2020年代にはファンタジーから発展して、大正文化への注目や企画の制作につながっている。『鬼滅の刃』は人気を高めるうちに、劇場版アニメで日本歴代興行収入第1位を記録する社会現象となり、リバイバルを牽引する存在となった[206]。明治大正の社会イメージを世界観に取り込んだ『わたしの幸せな結婚』は、近代日本を舞台にした和風ファンタジー小説のブームを起こしている[207]

小説 など

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  • 小説『春の雪』(作・三島由紀夫 1965年 雑誌「新潮」連載):『豊饒の海』4部作(「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」)の第1部。2005年東宝により映画化
  • 小説『美は乱調にあり』(作・瀬戸内晴美 1966年 文藝春秋社):大杉栄・伊藤野枝の生涯を描く
  • 小説『鬼の栖~本郷菊富士ホテル』(作・瀬戸内晴美 1967年 河出書房
  • 小説『帝都物語』神霊篇・魔都篇・大震災篇・龍動篇(作:荒俣宏 1985年):1988年実写映画化
  • 小説『自由戀愛』 (作:岩井志麻子 2002年):2005年原田眞人監督によりドラマ化・映画化(『自由戀愛 -bluestockings-』)
  • 小説『大正野球娘。』(作・神楽坂淳 2007年 - ):2009年TVアニメ化
  • 小説『乙女なでしこ恋手帖』(作・深山くのえ 2011年 - 2019年):大正3年の東京を舞台とした恋愛小説。第2巻では、少女小説では初となる、アニメDVD付特装版が発売された

映画・TVドラマ など

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漫画・アニメ など

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コンピュータ・ゲーム など

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音楽 など

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関連する展覧会

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  • 「竹久夢二の世界展:生誕90年記念:ロマンの芸術と生涯」(1974年、京王百貨店):河北倫明が明治のロマン主義芸術と夢二を比較して考察[209]
  • 「大正ロマン」展(1978年、サントリー美術館):大正ロマンを冠した最初期の展覧会。夢二以外の芸術運動を多く扱うアカデミックな認識の展示[2]
  • 「Taisho Chic: Japanese Modernity, Nostalgia, and Deco」(2002年、ホノルル美術館):2004年にアメリカ各地を、2007年に「大正シック展」として日本国内を巡回
  • 「大正ロマン昭和モダン展 竹久夢二・高畠華宵とその時代」(2007年 - 2018年、企画:イー・エム・アイ・ネットワーク):全国20会場以上を巡回した叙情画展
  • 「大正イマジュリィの世界」(2010年・2018年 - 、企画:キュレーターズ):フランス語の「imagerie」が指すイメージ図像、印刷物や装丁を紹介
  • 「大正ロマン×百段階段」(2022年・2023年、ホテル雅叙園東京・百段階段):現代のイラストレーターと工芸作家を大きく扱う

大正ロマンを体験できる施設

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計画都市・まちづくり

ギャラリー

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関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ 出典の『大正ロマン手帖』では、1974年に生誕90年であった竹久夢二が「ロマン」と付されて紹介された流れを挙げている。「2009年版」では1978年のサントリー美術館での「大正ロマン」展がこの語の初出とする調査結果を報告しているが、「2021年版」では1962年の『月に吠える』の記事を挙げ1970年代に成立と改めている。2024年の「YUMEJI展」図録では、明治百年祭後に広まった語とし、夢二の紹介と同時期に川上澄生も大正ロマンの画家とされていたことを挙げている。
  2. ^ 当時は欧米志向が主流の社会、漫画界では学園漫画が主流であったと両制作者は語っている。備考として1970年代はディスカバー・ジャパン運動で「ふるさと」のノスタルジーが喚起されていたころで[193]、林静一も1972年から関連する季刊誌の表紙を手掛けている[194]。1974年から『三丁目の夕日』の連載が開始。歴史物の『ベルサイユのばら』は1972年から1973年まで連載され、1974年からベルばらブームを起こしている。
  3. ^ 出典の『「大正ロマン」の創造』では、この「ロマン」は「ロマンス」の意味に近いと考察している。『精選版 日本国語大辞典』では夢や憧れといった意味合いでロマンが使われると、「大正浪漫」「男のロマン」を例に挙げて解説している(「ロマンス」語誌)。
  4. ^ 大正デカダンス」は変態、病い、犯罪を要素とするもので『芸術新潮(1982)』『幻想文学(1988)』から使用されている[197]。昭和初年のエロ・グロ・ナンセンスに連鎖していくともされる[198]。谷崎潤一郎、江戸川乱歩甲斐庄楠音稲垣仲静、映画『狂つた一頁』などが挙げられる。

出典

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  1. ^ 石川桂子 2021, pp. 121–122.
  2. ^ a b c 佐藤守弘 2022, p. 6.
  3. ^ a b 岡部昌幸「孤高と独創の芸術家――竹久夢二がもたらした新しい日本近代美術と浪漫主義の世界」『生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界』産経新聞社、2024年、27頁。 
  4. ^ a b c 石川桂子 2021, pp. 120–121.
  5. ^ 佐藤守弘 2022, pp. 3, 6.
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外部リンク

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