大正ロマン
大正ロマン(たいしょうロマン)とは、大正時代の趣を伝える思潮や文化事象を指す言葉である。「大正浪漫」とも表記される。
大正ロマン | |
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別名 |
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起因 | |
関係者 | |
場所 | 日本 |
日付 | 1910年代 - 1920年代(大正期) |
結果 | 1970年代に概念が成立し浸透 |
大正期にみられる個人の解放や新しい時代への理想に満ちた風潮、和洋折衷の様式や新旧が融合した当時の大衆文化が、大正ロマンに当てはまる[1]。これを源流にして創出されたポップカルチャーに対しても「大正ロマン」の語が適用されることがある[2]。
大正ロマンという言葉は1960年代末から1970年代前半に広まったと考えられている[3][4]。学術領域では恋愛や熱情といったロマン主義(明治浪漫主義)の流れを汲む、大正期の芸術を紹介するために使われた[4]。
一方で後世から見てファッションや建築などが独自の文化であったため、レトロかつノスタルジックでロマンチックな大正のイメージを抽出した言葉としても受容されていった[5]。似た言葉に「大正モダン」「大正レトロ」があるが、同義語としても使われる。
時代背景
編集大正時代は、昭和の前の元号である、「大正」の1912年7月30日から1926年12月25日までを指す。
大正時代は15年と短いながらも国内外で様々なことが起こった。大正文化という独自の文化が花開いた時期である。さらに日本は日清戦争、日露戦争での連勝を経て、帝国主義の国として欧米列強と肩を並べ「五大国」の一国ともなった時代でもある。また、日本は日英同盟を理由に第一次世界大戦にも参戦し、戦勝国となり国が軍事的に多く発展した時代である。
西洋先進国の産業革命の影響を受けて、明治の45年間をかけて国内での工業化が進み、経済は着実な発展を遂げ、流通や商業が飛躍的に進歩した。鉄道網の形成や汽船による水運が発達、これと並行して徐々に町や都市の基盤が形成され、さらに大正に入ってからは近郊鉄道の建設、道路網の拡大や自動車・乗合バスなどの都市内交通手段の発展により都市化が促進された。
録音や活動写真(キネマ)の出現、電報・電話技術の発達、そして新しい印刷技法による大衆向け新聞・書籍・雑誌の普及など、新しいメディアが台頭した。これにより、文化・情報の伝播も飛躍的に拡大し、少女雑誌や婦人雑誌には流行風俗を反映した特集や叙情画が多数掲載された。
戦勝によって債務国から債権国へ転換したことで、経済は爆発的に発展し、明治以降、経済の自由化とともに商人の立場が向上した。また、欧米から学んだ会社制度が発達していった。 そして、通貨「日本円」の国際化と旺盛な日本市場を狙って、ウェスティングハウス・エレクトリックやユニバーサル・ピクチャーズ、フォード・モーターなど欧米企業の進出が相次いだ。第一次世界大戦で南洋諸島などが手に入り、それらの地の開拓も進められた。加えて、主要な戦地であった欧州に代わり造船受注が拡大し、この時期に長崎や神戸などで現代にまで続く重工業企業の基盤が形成された。大戦景気や投機の成功で「成金」と呼ばれるような個人も現れ、立身出世の野望が実業の方面に向かっても開かれた。
中流層には「大正デモクラシー(民本主義)」が台頭し、一般民衆と女性の地位向上に目が向けられた。西洋文化の影響を受けた新しい文芸・絵画・音楽・演劇などの芸術が流布し、思想的にも自由と開放・躍動の気分が溢れ出した。特に都市を中心として、輸入物愛好、大衆文化や消費文化が花開いた。さらに一般人の洋装化を促す服装改善運動が提唱され、洋装の学生服を女学生が通学で着るなどの変化も始まった[6]。百貨店も新しい文化の発信地となり、和装がほとんどであった女性層に元禄模様(市松模様)・琳派などの江戸趣味をブームとして仕掛け[7]、銘仙を販売した。
しかし、後半に入ると大戦後の世界恐慌や関東大震災もあり、経済の激しい浮き沈みや国際交流の活発化の急激な変化に対応できないストレスが顕在化した。都市化と工業化は膨大な労働者階級を生み出し、国外の社会変革を求める政治運動に呼応した社会主義運動が大きなうねりとなって支配層を脅かした。加えて、スペイン風邪の流行や肺結核による著名人の死も時代に暗い影を落とした。知識人においては個人主義・理想主義が強く意識されるようになり、新時代への飛躍に心躍らせながら、同時に社会不安に通底するアンビバレントな葛藤や心理的摩擦もあった。大正時代の後期から昭和の時代にかけては、自由恋愛の流行による心中・自殺、そして作家、芸術家の間に薬物や自傷による自殺が流行した。大衆紙の流布とともにそれらの情報が増幅して伝えられ、時代の不安の上にある種の退廃的かつ虚無的な気分も醸し出された。
むしろこれらの事々のほうが「大正浪漫」に叙情性や負の彩りを添えて、人々をさらに魅惑させる側面もある。この背景には19世紀後半にヨーロッパで興った耽美主義やダダイスム、デカダンス等の影響もうかがえる。芸術活動には大正期新興美術運動が起こり、アール・ヌーヴォーやアール・デコ、表現主義など世紀末芸術から影響を受けたものも多い。あるいは政治思想である共産主義、アナキズムなどの「危険思想」が取り締まられ社会主義思想にも圧迫が加えられた。一方で、多くの地方の村落はまだまだ近代化から取り残されており、大正に至っても明治初期と変わらない封建的な生活が残っていた。
「大正ロマン」は、新しい時代の兆しを示す意味合いから、モダニズム(近代化)から派生した「大正モダン」という言葉と同列に扱われることもある。「大正モダン」と「大正ロマン」は同時代の表裏対立の概念である。在位の短い大正天皇の崩御により、震災復興などによる経済の閉塞感とともにこの時代は終わる。世界大恐慌で始まる昭和の時代に移るが、大正モダンの流れは止まることなく昭和モダンの時代へと引き継がれた。
歴史的事件・出来事と「大正ロマン」を象徴する文化事象
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国家主導で近代化政策が行われた明治期から進歩して、大衆が日常の生活文化に西欧文化を採り入れるようになったのが大正期である[9]。旧来の習慣の上から「ハイカラ」「モダン」「新しい文化」関東大震災後に「新時代」と形容される事象が混在していったことで、和洋折衷・新旧融合の特徴的な文化が生まれた[9][10]。
1911年(明治44年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 「帝国劇場」完成[11]
- 文芸誌『青鞜』創刊[12]
- 西田幾多郎『善の研究』発表[13]
- 「カフェー・プランタン」が開業[12]。喫茶店文化とカフェの流行が始まる→「日本における喫茶店の歴史」も参照
- 文芸協会が、演劇研究所私演場でヘンリック・イプセンの『人形の家』(主演:松井須磨子)を上演。同作品の日本での初演。同年、帝国劇場で公演[14]
1912年(明治45年/大正元年)
編集この年の主なできごと
編集- 中華民国成立
- 明治天皇の崩御及び大正天皇践祚[15]
- オリンピック日本初参加(第5回ストックホルム大会)
- マラソン競技に日本代表として金栗四三がレース参加
- 「タイタニック号」遭難
- 第一次バルカン戦争勃発
文化事象
編集- 活動写真(映画)会社の「日活」設立[16]
- 「吉本興業」設立[17]
- 美術団体「光風会」結成[18]
- 京都市電開通。日本で最初に路面電車を実用化したのは同じ京都の京都電気鉄道が1895年(明治28年)年だったが、京都電気鉄道が狭軌だったのに対して、京都市電は標準軌[19]
- ジャパン・ツーリスト・ビューロー(のち日本交通公社。現:JTB)創立[20]
- 東海道・山陽線に展望車つき特急運行[21]
- 大阪「通天閣」開業[12]
- 有楽町に日本最初のタクシー運行[22]
- 『少女画報』(新泉社)創刊[23]
- 文芸協会が、ヘルマン・ズーダーマンの『故郷(戯曲)』を上演するが、興行終了後、内務省より以後上演を禁止とする旨通達を受ける。理由は、最終幕が日本古来の道徳に反し、家庭道徳に悪影響を及ぼす、というもの[24]
- 岸田劉生が、最初の個展を開く[25]
- 岸田劉生、木村荘八、高村光太郎、斎藤与里、萬鉄五郎らが、「フュウザン会」を結成(翌年解散)[25]
1913年(大正2年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 劇団「藝術座」結成[26]
- 中里介山『大菩薩峠』連載開始[27]
- 映画『里見八犬伝』『忠臣蔵』など公開[28][29]
- 第1回「宝塚観光花火大会」開催[30]
- 三越呉服店「国産化粧品展示販売会」開催[31]
- 高畠華宵、『講談倶楽部』(講談社)3月号に「新作浪花節逆賊ネロ」の挿絵を描く(挿絵デビュー)[32]。
- 「森永ミルクキャラメル」が発売[33]
- 両面盤レコードの国産第1号を発売(翌年から一般化しはじめる)[34]
- 北原白秋、処女歌集『桐の花』を刊行、『城ヶ島の雨』(作曲:梁田貞)を発表[35]
1914年(大正3年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 「東京駅」開業[15]
- 「宝塚少女歌劇(現在の宝塚歌劇団)」初演[12]
- 美術団体「二科会」発足[36]
- 初のカラー長編映画『義経千本桜 吉野山道中』公開[37]
- 「東京ゴルフ倶楽部」創立[38]
- 上野で行われた「東京大正博覧会」[15][12]にてブラジル珈琲の宣伝、日本初のエスカレーター稼働[39]
- 『少年倶楽部』(大日本雄弁会)創刊[40]
- 藝術座の公演『復活』の劇中歌『カチューシャの唄』が大流行[41]
- 文芸雑誌『新思潮』の第3次刊行。山本有三、豊島与志雄、久米正雄、芥川龍之介、松岡譲、菊池寛らが創刊[42]
- 高村光太郎、詩集『道程』を発表[43]
1915年(大正4年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 第1回「全国中等学校優勝野球大会」(現在の全国高等学校野球選手権大会)開催[44]
- 「東京漫画会」(後の日本漫画会)設立[45]
- 「大阪市立動物園」開園[46]
- 「東京ステーションホテル」開業[47]
- 『新少女』(婦人之友社)創刊 - 少女の豊かで健全な生活と思想の育成に努め、美しい理想の雑誌づくりを目指した。[48]
- ピース楽譜(小曲一編だけを紙片1枚程度に納めた楽譜)の販売が始まる。蓄音機やレコードが高価で一般市民には購入が難しかった当時、音楽を楽しむツールとして出版された。中でも当時最大の発行部数を誇った「セノオ楽譜」(セノオ音楽出版社)の表紙デザインには、竹久夢二が装幀したものが多い[49]。
- 芥川龍之介、『羅生門』で文壇デビュー[50]。
- 「東京自動車学校」開校[51]
- 近代劇協会、アントン・チェーホフの『桜の園』を上演[52]
1916年(大正5年)
編集文化事象
編集- 『婦人公論』創刊[53]
- 歌謡『ゴンドラの唄』が大流行[要出典]
- 葉山「日蔭茶屋事件」[15]
- 『少女号』(小学新報社/新報社)創刊。掲載作品は冒険小説、マンガ、お伽話、翻訳物語など幅広いジャンルにわたる。[54]
- 警察が永瀬義郎の裸体画(版画)のレストラン店内からの取り外しを命令し、新聞がこれを批判。警察は店内に飾るのは認めつつ、永瀬から版画の原版を没収[55]。
- 『青鞜』が休刊し、青鞜社が解散[56]
- 芸術座、レフ・トルストイの『闇の力』を上演[52]
- 文芸雑誌『新思潮』の第4次刊行。久米正雄、芥川龍之介、松岡譲、菊池寛らが再刊。芥川の『鼻』が夏目漱石の激賞を受け、全同人が文壇に登場[42]
1917年(大正6年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 雑誌『思潮』・『主婦の友』創刊[53]
- 「浅草オペラ」時代はじまる[12]。
- 「各地の展覧会で裸体画の摘発」[要出典]
- 中島知久平が、「飛行機研究所」(後の「中島飛行機」)を設立[57]
- 「極東煉乳株式会社」(のちに明治乳業を経て、現在の明治)創立[58]
- 吉屋信子が『花物語』 (1924刊) を『少女画報』に連載開始、少女小説や童話の書き手として認められた[59]。
- 資生堂が、日本人により制作された最初の本格的香水「花椿」を発売[60]
- 有島武郎が、『カインの末裔』を発表。有島は「白樺派」の中心人物で、本作は彼の代表作。「白樺派」は、同人誌『白樺』に由来し、大正デモクラシーの影響を受けた自由かつ個人主義的な空気が強かった[61]
- 志賀直哉が『城の崎にて』を『白樺』に発表[62]
- 古賀春江、二科展に初入選[63]
- 日本初のアニメ『サルとカニの合戦』公開(日活)[64]
- 速水御舟、『洛外六題』(1923年焼失)が横山大観、下村観山らに激賞され,日本美術院の同人に推挙される[65]
1918年(大正7年)
編集この年の主なできごと
編集- 米騒動[15][12]
- シベリア出兵[15]
- 第一次世界大戦、終戦
- 大学令公布
- スペイン風邪世界的流行
- ドイツ革命: ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が退位(ドイツ語版、英語版)しオランダに亡命
- セルビア・クロアチア・スロベニア王国(後のユーゴスラビア王国)成立
文化事象
編集- 鈴木三重吉が、児童雑誌『赤い鳥』創刊[66]
- 歌謡『宵待草』(竹下夢二作詞、多忠亮作曲)大流行[67][68]
- 島村抱月がスペインかぜにより病死[69]
- 第1回全国蹴球大会開催(東京で第1回関東蹴球大会、名古屋で第1回東海蹴球大会、大阪・豊中で第1回日本フートボール大会)[70]
- 「大学令」公布。帝国大学以外に公立・私立大学、単科大学の設立が認められ、これにより大学数が急増[71]
- 「森永ミルクチョコレート」発売[72]
- 武者小路実篤が、宮崎県木城村に「新しき村」を創設[73]
- 保田龍門が、再興院展に出品の『石井氏像』で、樗牛賞を受賞[74]
1919年(大正8年)
編集この年の主なできごと
編集- パリ講和会議[12][15]
- 三・一運動
- 五・四運動
- ヴェルサイユ条約締結
- 関東軍設置
- 選挙法改正(現代の公職選挙法)
- イタリアでベニート・ムッソリーニがファシスト党結成
- ドイツでヴァイマル憲法(ワイマール憲法)が成立(ヴァイマル共和政)
文化事象
編集- 松井須磨子、前年に死去した島村抱月の後追い自殺[75]
- 劇団「藝術座」解散[76]
- 『民本主義』創刊[53]
- 「カルピス」発売[77]
- 「帝国美術院」発足[78]、「帝国美術院展覧会(現在の日展)」開催[79]
- 『キネマ旬報』創刊[80]
- 「箱根登山電車」(湯本 - 強羅間)開通[81]。箱根への観光誘致を期して敷設された日本で有数の本格的な山岳鉄道[82][83]
- 「道路法」(道路・街路構造令、自動車取締令)公布。道路の基準や幹線道路計画がつくられ、アスファルト舗装による道づくりが本格的に進められていく[84]
- 「市街地建築法」公布。住居・商業・工業の用途地域や防火・美観地区等の制度などを設けた[85]
- 「都市計画法」公布。個々の市域を越えて都市計画区域を設定できるようになり、また、私権制限を設け、土地の用途や建築物の種類・高さ等を制限できるようにした[85]。
- 『イントレランス』(D・W・グリフィス監督)日本公開[86]
- 『小学少女』(研究社)創刊[54]
- 『小学女生』(実業之日本社)創刊。童話では西條八十や浜田広介、童謡では北原白秋や野口雨情などを掲載[87]
- 「金の星社」創業。童謡童話雑誌『金の船』を刊行。初代編集長は野口雨情。以後、若山牧水・本居長世・中山晋平・岡本歸一・寺内萬治郎・竹久夢二・蕗谷紅児・東山魁夷などが集い、近代的児童文化の成立をリード[88]
- 資生堂が、現存する日本で最古の画廊である資生堂ギャラリーを開設[60]
- 武者小路実篤が、小説『幸福者』を『白樺』に、小説『友情』を『大阪毎日新聞』に連載[73]
- 新劇協会、有楽座でチェーホフの『叔父ワーニャ』を上演[52]
1920年(大正9年)
編集この年の主なできごと
編集- 国際連盟成立(日本は常任理事国で参加)[15]
- ベルサイユ条約発効
- 株価大暴落、戦後恐慌[15][12]
- ドイツ労働者党が国家社会主義ドイツ労働者党に改称
- カール・マルクス『資本論』邦訳
- 日本最初のメーデー
- 「日本社会主義同盟」結成
- 第1回「国勢調査」実施
文化事象
編集- 平塚らいてう・市川房枝らが「新婦人協会」を結成[89]
- 雑誌『新青年』創刊[53]
- 活動写真会社「松竹」「帝国キネマ」の設立[90][91]
- 「箱根土地」設立(後のコクド、現・西武グループの一部)[92]
- 両国「新国技館」落成[93]
- 「東京市街自動車」に女性車掌(バスガール)登場[94]
- 慶應義塾・早稲田・中央・明治・法政などに私立大学設立許可[95]
- 「松竹蒲田撮影所」設立[96]
- 蕗谷虹児、『少女画報』での挿絵掲載にデビュー[97]
- 『女學生』(研究社)創刊。吉屋信子、西城八十、三木露風らが執筆[87]
- 吉屋信子、『地の果まで』を大阪朝日新聞に連載。少女小説『屋根裏の二処女』を出版[98]。
- 武者小路実篤が『友情』を発表[61]
1921年(大正10年)
編集この年の主なできごと
編集- 原敬暗殺事件[15]
- 皇太子裕仁親王の欧州訪問及び摂政就任[12]
- ワシントン会議(米英仏日四カ国条約成立)[15]
- ドイツでアドルフ・ヒトラーがナチス党首になる。
- 中国共産党創立大会
- シャネルの香水「NO.5」発売
- 足尾銅山争議
文化事象
編集- 表現主義映画『カリガリ博士』公開[12]
- 「借地法・借家法」「メートル法」の公布
- 「大日本蹴球協会」(現・日本サッカー協会)創立[99]
- 白蓮事件[100]
- 志賀直哉、長編小説『暗夜行路』を雑誌『改造』で発表。以後、1937年(昭和12年)まで同誌で断続的に発表。白樺派文学の傑作と評される[101]
- 武者小路実篤、「白樺美術館第一回展覧会」を開催。セザンヌ『風景』、ゴッホ『向日葵』等が公開[73]
- 歌謡『船頭小唄』、この年から1923年にかけて大流行[102]
1922年(大正11年)
編集この年の主なできごと
編集- ソビエト連邦成立
- アルベルト・アインシュタイン博士来日[12]
- ベニート・ムッソリーニが首相に就任
- ヨシフ・スターリンがロシア共産党書記長に選出
- 全国水平社・日本共産党結成[15]
文化事象
編集- 上野にて「平和記念東京博覧会」[103]
- 『週刊朝日』『サンデー毎日』創刊[104]
- 『小学五年生』『小学六年生』(小学館)創刊。小学館の学年別学習雑誌の発刊の始まり。[105]
- 「江崎グリコ」創業[106]
- 「資生堂」が、美容科・美髪科・子供服科の三科を開設[60]。美容講習会開催[107]、婦人断髪スタイルが流行[108]
- 『令女界』(宝文館)創刊[109]
- 『籠の鳥』(千野かおるほか作詞、鳥取春陽作曲)が発表され、翌年の同名映画の公開により大流行する[110]。
- 「不二家」が、ショートケーキを考案、発売開始[111][112]
- 古賀春江、二科賞を受賞し中央画壇にデビュー[113]
1923年(大正12年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 『文藝春秋』創刊[115]
- 4コマ漫画『正チャンの冒険』(日本で初めて吹き出しを用いた漫画)連載開始[116]
- 「帝国ホテル」(旧館)落成[117]
- 「丸ノ内ビルヂング」完成[118]
- 「マキノ映画製作所」創立[119]
- 壽屋ウイスキー工場設立[120]
- 「キネマ旬報社」創立(雑誌創刊は1919年)[121]
- 『アサヒグラフ』創刊[122]
- 有島武郎・波多野秋子心中[123]
- 『少女倶楽部』(大日本雄弁会講談社)創刊[124]
- アメリカから電髪(電気パーマ)の器具を輸入(実際に電髪が営業に取り入れられたのは1930年(昭和5年)頃で、1935年(昭和10年)代には大流行)[125]。
- 宮沢賢治、童話集『注文の多い料理店』を出版[126]
- 『小学四年生』(小学館)創刊[105]
- 『白樺』が、関東大震災の影響で廃刊[61]
- 小林かいちが、京都のさくら井屋から「小林うたぢ」の作者名で絵葉書集発売。その半年後「小林かいち」の絵葉書・絵封筒などに拡大していく(いつまで継続したのか不明)[127]
- 江戸川乱歩、『新青年』に掲載された『二銭銅貨』でデビュー[128]
1924年(大正13年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 『大阪毎日新聞』『大阪朝日新聞』それぞれ発行100万部突破と発表[129]
- 「築地小劇場」創設[130]
- 「阪神電車甲子園大運動場(現在の阪神甲子園球場)」完成[131][132]
- 「明治神宮外苑競技場」完成[133]
- 「メートル法」施行[134]
- キネマ旬報ベスト・テン開始(外国映画のみ。日本映画は1926年から)[135]
- 松坂屋が銀座に新店舗をオープン、日本の百貨店史上初の「土足入場」を実施[136]
- 『せうがく三年生』(小学館)創刊[105]
- 蕗谷虹児、『令女界』に詩画『花嫁人形』発表[137]
- 大佛次郎『鞍馬天狗』連載開始[138]
- 杉浦非水(当時、三越の嘱託として同店のポスターやPR誌の表紙など、様々なデザインを担当[139])、図案研究の団体七人社を創立・主宰する[140]
- 岸田國士、戯曲『チロルの秋』を『演劇新潮』(新潮社)で発表。同年、新劇協会で初演[141][142]
1925年(大正14年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 大衆娯楽雑誌『キング』(講談社)創刊[143]
- ラジオ放送開始[144]
- 「東京六大学野球連盟」発足[145]
- 「大日本相撲協会(後の日本相撲協会)」設立[146]
- 「山手線」環状運転開始[147]
- 地下鉄上野 - 浅草間着工(1927年(昭和2年)開通)[148]
- 『セウガク一年生』『セウガク二年生』(小学館)創刊[105]
- 「新橋演舞場」が新築開場[149]
1926年(大正15年/昭和元年)
編集この年の主なできごと
編集文化事象
編集- 改造社「現代日本文学全集」刊行 - 「円本」ブーム[150]
- 「宝塚ホテル」開業[151]
- 「日本放送協会」設立[152]
- 「新交響楽団(後のN響)」設立[153]
- 『アサヒカメラ』創刊[154]
- 「新宿高野フルーツパーラー」営業開始[155]
- 「豊田自動織機製作所」設立[156]
- 「草軽電鉄」全線開通[157]
- 明治製菓が「明治ミルクチョコレート」を発売[158]
- 同潤会アパート建設開始( - 1934年) - 電気・都市ガス・水洗式トイレなど当時としては先進的な設計や設備を備え、都市での暮らし方を提案[159][160]
- 杉浦非水、七人社創作図案第1回展を三越において開催(その後毎年開催、10回に及ぶ)[161]。ポスター研究雑誌『アフィッシュ』を発行[162][161]
- 夢野久作、『新青年』の創作探偵小説に『あやかしの鼓』で応募して2位入選[163]
大正末期から昭和にかけて
編集- 「モダンボーイ・モダンガール」(モボ・モガ)大流行[164]
- スーツが普及[165][166]
- 漫才の登場(横山エンタツ・花菱アチャコ:寄席の舞台に初めて洋服で登場[167][168]…以降、日本男子庶民の洋服スタイルが一般的に普及[要出典])
(カテゴリ「大正時代の事件」に主要事件へのリンクあり)
「大正ロマン」を象徴する文化人
編集様々な経緯で開放的な思考や恋愛観、改善運動が発生し、大正ロマンの雰囲気とされていくが、そこに至るには醸成された特殊な状況とメディアの発達が存在している。
明治の文化人のロマン主義運動は、『オフィーリア』に代表されるラファエル前派絵画や、世紀末芸術、象徴主義の影響を受けていた[169][170]。西洋の印刷メディアにおいて流行したアルフォンス・ミュシャとアール・ヌーヴォーは、日本の印刷メディアでも言文一致時代の新表現として模倣・吸収されていった[171]。文芸誌『明星』の周辺においても「星菫派」の由来となる星や花、「みだれ髪の系譜」と論じられる女性の髪と水流といった絵画的モチーフが多用され、西洋の絵画表現とそれを実践する白馬会に接近していった。個人主義の勝利を目指すロマン主義と、反社会傾向を帯びた西欧世紀末芸術思想の結びつきが、大正の前段階の状況である[169]。
雑誌『白樺』ではトルストイといった西洋文学のほか、ビアズリーやブレイクなどの絵画が紹介され、複製版画による西洋美術の鑑賞体験を大正の人々にもたらした[172]。ビアズリーが絵を手掛けたオスカー・ワイルドの『サロメ』は大正初期には文学と美術の交流を表現した書物として理解され、萩原朔太郎は版画家の田中恭吉・恩地孝四郎とともに「芸術的共同事業」を掲げて詩集『月に吠える(1917年(大正6年))』を作っている[173]。メディアの発達によって異なる分野が総合された作品が生まれ、大衆と同調する文化人が垣根を越えた活動をした時代でもあった。
年代が短いこともあり、大正時代に限ってのみ活躍した人物というものを挙げるのは難しい。文学史においては1910年(明治43年)の『白樺』創刊から、1927年(昭和2年)の芥川龍之介の死までを大正期とする見方がある[174]。美術家たちが手掛けた書籍や印刷物が蒐集されて、1904年(明治37年)の日露戦争下から、1930年(昭和5年)の帝都復興まで大正的なイメージとして紹介されている[175]。
自由を求める大正デモクラシーの終焉は1932年(昭和7年)の五・一五事件と、翌年の吉野作造の死に象徴される[176]。明治から昭和への過渡の時代に生きた人物が、この時代を彩る数々の芸術作品や新思潮を生み出した。
美術
編集竹久夢二の場合、実質的に活躍した年代が大正期と重なる。その思索や行動、そして作品において時代の浮き沈みと一体化しており、この時代とともに生きた人物である。アカデミズムとは隔絶した場で叙情画、装幀、生活雑貨、詩作を幅広く手掛け、芸術でも恋でも束縛を嫌った大正ロマンを代表する名として掲げられる[177]。彼の絵を表紙に使ったセノオ楽譜は一世を風靡したといわれる[178]。
高畠華宵は耽美で清楚な異国感ある画風で支持を集め、1928年(昭和3年)の流行歌「銀座行進曲」に名が歌われるまでの人気となった。ほとんどの雑誌で仕事をしていた講談社から1924年(大正13年)に原稿料の騒動で仕事を引き上げ、実業之日本社へ活動を移したことは「華宵事件」とも称されて影響力が伝わる[12]。
明治のアール・ヌーヴォーの流れを、伝統美の新版画と折衷した橋口五葉、ウィーン分離派とアール・デコへと更新した杉浦非水が、装幀やポスターの装飾領域で活躍した。西洋式建築が浸透していない一般住宅の「折衷的室内装飾」を提唱する三越呉服店は、橋口のような画家たちに美人画のビジュアルを募り、杉浦を嘱託デザイナーにして雑誌やパッケージを制作している[179]。
川端画学校は1909年(明治42年)に東京小石川に設立された私立の画塾ではあるが、1913年(大正2年)に創設者の川端玉章が逝去したのちも芸術や都会の文化に憧れる若者を各地から集めて、太平洋戦争(大東亜戦争)さなかの廃校に至るまで、画家のみならず多くの才能を輩出した。
- 竹久夢二:画家、詩人、デザイナー(1884-1934)
- 高畠華宵:画家(1888-1966)
- 小林かいち:木版画家、図案家(1896-1968)
- 藤島武二:画家(1867-1943)
- 杉浦非水:デザイナー、図案家(1876-1965)
- 橋口五葉:木版画家(1887-1921)
- 坂本繁二郎:画家(1882-1969)
- 富本憲吉:図案家、陶芸家(1886-1963)
- 橘小夢:画家、イラストレーター(1892-1970)
- 古賀春江:画家(1895-1933)
- 岸田劉生:画家(1891-1929)
- 川上澄生:版画家(1895-1972)
- 蕗谷虹児:挿絵画家、詩人(1898-1979)
文学
編集作者の経験や生活の感情を過剰に追求していった自然主義文学に対して反自然主義文学が登場する。退廃的なまでに美を重視する耽美派や、人道・理想・個人主義を掲げた白樺派は、結果的にロマン主義的な傾向を見せた[180]。1923年(大正12年)に白樺派の人気作家・有島武郎が愛人の波多野秋子と軽井沢の別荘で情死した事件は、当時世間を大いに賑わせ、大正期に流行した自由恋愛や情死・心中事件を代表する出来事となった。
芥川龍之介は挫折から見た優情の世界(『老年』)、極限状況におけるエゴイズム(『羅生門』)、美のために何者をも犠牲にする芸術至上主義(『地獄変』)、キリシタンものや中国趣味に基づく作品(『奉教人の死』『南京の基督』『支那游記』)を書いた[181][182]。時代の流行と連動しながら、大正の終わりとともに自死した象徴的な作家である。
新聞・雑誌の興隆によって時代小説である「大衆文学」と、現代を舞台にした「通俗小説」が多く書かれた[183]。中里介山においては、1913年(大正2年)より大長編小説『大菩薩峠』の新聞への連載を始められた。昭和に至るまで脈々と書き続けられ、未完のままに終わってしまう。大衆娯楽小説の出発点ともされており、大佛次郎の『鞍馬天狗(1923年(大正12年))』や林不忘の『丹下左膳(1927年(昭和2年))』などの作品連載発表に先んじて、大衆文化の創生に大きく影響を及ぼした。
岡本綺堂の『半七捕物帳(1917年(大正6年))』が推理小説と時代小説を融合させた捕物帳のジャンルを開拓する一方で、科学文明の発達と都市化によって探偵小説を生み出す分析的精神が高まっていった。江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』『屋根裏の散歩者』(1925年(大正14年))などは流入者と高等遊民を擁する都市の、人間関係の希薄化とプライバシーへの興味を背景に成立している[184]。
少女雑誌は読者投稿を受け付け、読者欄はコミュニティになった。尾島菊子、尾崎翠、吉屋信子は投稿者から小説家になった作家であり、山田邦子などによる少女小説に影響を受けた吉屋の『花物語』は、女学生間にみられた友愛文化「エス」を表象した小説として少女文化の形成を促進させた[185]。
- 西條八十:詩人、作詞家、仏文学者(1892-1970)
- 北原白秋:詩人、童謡作家、歌人(1885-1942)
- 島村抱月:文芸評論家、演出家、作家(1887-1918)
- 芥川龍之介:作家(1892-1927)
- 室生屑星:詩人、小説家(1889-1962)
- 久保田万次郎:俳人、小説家、劇作家(1889-1963)
- 萩原朔太郎:詩人(1886-1942)
- 武者小路実篤:小説家、詩人、劇作家、画家(1885-1976)
- 志賀直哉:小説家(1883-1971)
- 有島武郎:小説家(1878-1923)
- 菊池寛:小説家、劇作家、ジャーナリスト(1888-1948)
- 直木三十五:小説家(1891-1934)
- 谷口潤一郎:小説家(1886-1965)
- 佐藤春夫:詩人・小説家(1892-1964)
- 中里介山:小説家(1885-1944)
- 阿部次郎:哲学者・美学者・作家(1883-1959)
- 島崎藤村:小説家、詩人(1872-1943)
- 柳原白蓮:歌人(1885-1967)
- 吉屋信子:小説家(1896-1973)
音楽・演劇
編集1913年(大正2年)、劇団「藝術座」を旗揚げした島村抱月と松井須磨子は、帝国劇場でトルストイの『復活』を上演。劇中歌の『カチューシャの唄』が社会現象となる人気になった。病死から数年後の後追い自殺(1918年(大正7年) - 1919年(大正8年))に至る関係においては、劇団や演目への好評が大きいだけに政治的圧力や短い期間での破綻が大衆の好奇を刺激した。須磨子の歌った「いのち短し 恋せよ乙女 (ゴンドラの唄)」に乗せて、後の芸能人への憧れや自由恋愛の風潮を育む元となった。
三浦環は親の意向で結婚させられながらも声楽に関する活動を続けて、夫である医師の三浦政太郎に同行しベルリンへ留学。第一次世界大戦から逃れてロンドンで『蝶々夫人』のプリマドンナを演じて以降、各国で公演を重ねる国際的な高評価を得た。
- 野口雨情:詩人、童謡・民謡作家(1882-1945)
- 中山晋平:作曲家(1887-1952)
- 山田耕筰:作曲家、指揮者(1886-1965)
- 三浦環:オペラ歌手(1884-1946)
- 松井須磨子:新劇女優、歌手(1886-1919)
- 小山内薫:劇作家、演出家、批評家(1881-1928)
- 倉田百三:劇作家、評論家(1891-1943)
政治家・思想家
編集明治に浪漫派歌人として脚光を浴びた与謝野晶子は男女共学の文化学院の創設に参画し、また平塚らいてうとの母性保護論争を起こすなど評論家として活動を広げていく[186]。
1916年(大正5年)の日蔭茶屋事件から同12年の甘粕事件に至る間の、思想家・大杉栄と女性解放活動家・伊藤野枝を取り巻く動きについては逐一新聞などで報道され、有名人のスキャンダルとして大衆の好奇の材料ともなった。
- 吉野作造:政治学者、思想家(1878-1933)
- 長谷川如是閑:ジャーナリスト、思想家、政治家(1875-1969)
- 宮武外骨:ジャーナリスト、著作家(1867-1955)
- 大杉栄:無政府主義者、思想家、作家(1885-1923)
- 伊藤野枝:思想家、作家、婦人解放運動家、無政府主義者(1895-1923)
- 平塚らいてう:思想家、評論家、婦人解放運動家、作家(1886-1971)
- 与謝野晶子:歌人、作家、思想家(1878-1942)
実業家・収集家
編集資本家や明治大正を通して財を成した実業家たちは趣味、社会貢献、あるいは海外流出の懸念から美術品の収集をするほか、文化活動の支援をしている。松方幸次郎は1916年(大正5年)からの10年間で1万点に及ぶ収集をして松方コレクションを作り上げた。大倉喜八郎は1917年(大正6年)に国内最初の私立美術館・大倉集古館を設立した。
小林一三は電鉄業維持のために住宅販売や動物園開設など都市化を進める多角的な経営を行い、1913年(大正2年)宝塚の温泉娯楽施設で宝塚唱歌隊(宝塚少女歌劇団)を始めた。長崎の永見徳太郎は南蛮美術を収集する傍ら芥川龍之介、竹久夢二とも交流したことで、明治末の帝室博物館展示に端を発する南蛮ブームを継ぎ、大正の文芸にもみられるキリシタン的題材の深化と南蛮趣味の拡散に関わった。
山本唯三郎は教育機関に寄付をした一方で、紙幣を燃やして暗い玄関を照らした言動が風刺画となり(成金栄華時代)、後世の歴史教科書に採用されて成金のエピソードとして伝わっている。
「大正ロマン」を色濃く表現する後世の作品
編集桑原武夫や南博などによって1960年代から大正時代と文化の再評価が始まり、文芸・美術の紹介を通して1970年代には大正のロマン主義、「大正ロマン」という言葉が現れるようになった[3][4][注 1]。レトロブームともかかわりながら、ファッション・漫画・ゲーム・アニメなどのサブカルチャーの題材として扱われ、文明開化から戦間期を背景にしたそのイメージを定着・拡大してきた。
『月刊漫画ガロ』の連載作家だった林静一は、歌謡曲に対する興味からさかのぼって「赤い鳥運動」で作られた童謡に着目し、童謡をモチーフにした画集『紅犯花』を1970年に発表した[187]。竹久夢二を自由への憧れと庶民への郷愁の面から再評価していた秋山清も、1970年の『ガロ』に夢二論の連載を始めている。林が少女を描いた『ガロ』の表紙を発注イメージにして、1974年からロッテのキャンディ『小梅』のアートディレクションは始まった。甘い飴に対してすっぱい飴を提案することに重ねて、高度経済成長を経た社会に対して和装の少女画を採用するインパクトを追求した若手チームによる企画であった[188]。吉永小百合、山口百恵がそれぞれ主演した歴代の『伊豆の踊子』の映画から影響を受けて[189]、消えゆく日本美と少女の恋を通俗性を保ちながら表現した。
1975年に海外で広告賞を受賞したアニメCM『小梅』は、当時の読売新聞では「大正ロマンのムードをそのまま絵にしたCM」と評価された[190]。同じ年には『はいからさんが通る』の漫画連載が始まり、奔放なヒロインのメロドラマとして人気を博した。作者が親しんだ落語「お婆さん三代姿」や俗曲からストーリーを着想し、波乱の時代を明るく乗り越えていく女学生が設計され、実際の連載としては王道の本筋に破壊的なヒロインの花村紅緒とギャグを織り交ぜる挑戦的なものとなった[191]。時代遅れのCMと見ていた日本の広告業界[189]、歴史物はウケないとされていた当時の少女漫画の常識[191][192]を覆す好評であった[注 2]。型破りな意図で大正時代と少女のロマンスを描いた両作品は、文学史的・美術史的な意味のロマンティシズムとは異なる「大正ロマン」ブームの火付け役になった[2][注 3]。
映画監督の鈴木清順は『紅犯花』を評価した縁で、林と『ガロ』に関わりを持っていた[195]。鈴木の前衛的で不可解ともされてきた作風が、夢想的な映像美に昇華された映画『ツィゴイネルワイゼン』は、1980年に国内外で高い評価を得て「(大正)浪漫三部作」に展開していく[196]。1980年代の雑誌では「大正デカダンス」という退廃性をクローズアップする言葉も登場した[注 4]。
『はいからさんが通る』はさらに南野陽子が主演した実写映画のヒットで、女子大学生が卒業式に袴を履く現象を生み出すに至っている[199][200]。映画公開の1987年は「昭和30年代」を筆頭とする懐古ブームの最中にあり、大正浪漫と文豪の佇まいに憧れる現代の男を描いた『大正野郎』も発表される[201]。同時期に映画化もされた『帝都物語』は[201]、史実を横断しながら呪術や陰陽道が入り乱れる伝奇的な世界観と、後の創作作品に影響を残すビジュアルの怪人・加藤保憲を描いた。
1996年の『サクラ大戦』は架空の元号「太正」でスチームパンクを展開、大正ロマンを素材にして大正風の世界を構築した代表作となった[202]。女学生がロボットに乗り戦う企画案を聞かされ、脚本家がたとえて挙げたタイトルは『帝都物語』と『はいからさんが通る』であった[203]。2002年にはアンティーク着物を扱ったファッション雑誌が登場し、少女感と乙女感を重視した着物ブームが起きる[204]。
言葉の浸透とともに、史料に基づかないものにまで拡大解釈されて、現代的な和服や大正時代と関係のない創作で「大正ロマン」と掲げられるケースもみられるようになる[205]。一方、2020年代にはファンタジーから発展して、大正文化への注目や企画の制作につながっている。『鬼滅の刃』は人気を高めるうちに、劇場版アニメで日本歴代興行収入第1位を記録する社会現象となり、リバイバルを牽引する存在となった[206]。明治大正の社会イメージを世界観に取り込んだ『わたしの幸せな結婚』は、近代日本を舞台にした和風ファンタジー小説のブームを起こしている[207]。
小説 など
編集- 小説『春の雪』(作・三島由紀夫 1965年 雑誌「新潮」連載):『豊饒の海』4部作(「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」)の第1部。2005年東宝により映画化
- 小説『美は乱調にあり』(作・瀬戸内晴美 1966年 文藝春秋社):大杉栄・伊藤野枝の生涯を描く
- 小説『鬼の栖~本郷菊富士ホテル』(作・瀬戸内晴美 1967年 河出書房)
- 小説『帝都物語』神霊篇・魔都篇・大震災篇・龍動篇(作:荒俣宏 1985年):1988年実写映画化
- 小説『自由戀愛』 (作:岩井志麻子 2002年):2005年原田眞人監督によりドラマ化・映画化(『自由戀愛 -bluestockings-』)
- 小説『大正野球娘。』(作・神楽坂淳 2007年 - ):2009年TVアニメ化
- 小説『乙女なでしこ恋手帖』(作・深山くのえ 2011年 - 2019年):大正3年の東京を舞台とした恋愛小説。第2巻では、少女小説では初となる、アニメDVD付特装版が発売された
映画・TVドラマ など
編集- 映画『エロス+虐殺』(監督:吉田喜重 1970年・ATG):「日蔭茶屋事件」 - 「甘粕事件」
- 映画『宵待草』(にっかつロマンポルノ 監督:神代辰巳 1974年)
- 映画「浪漫三部作」(監督:鈴木清順)
- 『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)
- 『陽炎座』(1981年)
- 『夢二』(1991年)
- TVドラマ『花へんろ』(脚本:早坂暁 1985年・NHK放送):副題には「風の昭和日記」とあるが、ドラマ前半部での、時間差をおいて地方への文化伝播の表現は「大正ロマン」といえる
- 映画『華の乱』(監督:深作欣二・原作:永畑道子 1988年)
- 映画『化粧師 KEWAISHI』(監督:田中光敏・脚本:横田与志 2002年):石ノ森章太郎の漫画『八百八町表裏 化粧師』(舞台背景は江戸時代)を大正時代に置き換えている
- 映画『シルバー假面』(監督:実相寺昭雄 2006年)
- TVドラマ『探偵ロマンス』(脚本:坪田文 2023年・NHK放送)
- TV番組『美の壺』File573「和と洋の出会い 大正ロマン」(2023年・NHK):ドラマの宣伝コラボ企画として放送
漫画・アニメ など
編集- CM『小梅』(アートディレクション:林静一 1974年他 ロッテ)
- 漫画『はいからさんが通る』(作:大和和紀 1975年 - 1977年):アニメ・TVドラマ・映画・舞台化
- 漫画『菊坂ホテル』(作・上村一夫 1985年 角川書店)
- 漫画『大正野郎』(作:山田芳裕 1987年)
- 漫画『いのち短し恋せよおとめ』(作:新名あき 1998年 - 1999年)
- 漫画『幻影博覧会』(作:冬目景 2000年 - 2011年):大正時代半ばの帝都東京が舞台
- 漫画『アイしてまこと! 恋するヲトメスタア』(作:南天佑・原作:ヴァイオレット 2008年 - )
- 舞台『MARS RED』(作:藤沢文翁 2013年):2021年TVアニメ化
- 漫画『大正処女御伽話』(作:桐丘さな 2015年 - 2017年):2021年TVアニメ化
- 漫画『百貨店ワルツ』(作:マツオヒロミ 2016年):2022年に開催された展覧会「大正ロマン×百段階段」でコラボレーション
- 漫画『鬼滅の刃』(作:吾峠呼世晴 2016年 - 2020年):2019年からアニメ化
- 漫画『MAO』(作:高橋留美子 2019年 - )
- 漫画『紡ぐ乙女と大正の月』(作:ちうね 2019年 - 2024年):大正時代の東京・軽井沢が舞台
- CM『どんぎつねシーズン2 耳そこなんですか?篇』(キャラクターデザイン:モリタイシ、アニメーションディレクター:加藤ふみ[208] 2022年 日清食品)
コンピュータ・ゲーム など
編集- アドベンチャーゲーム『藤堂龍之介探偵日記』シリーズ(1988年)
- シミュレーションゲーム『サクラ大戦』シリーズ(1996年):メディアミックス化
- 楽曲『檄!帝国華撃団』(1996年)
- アドベンチャーゲーム『御神楽少女探偵団』シリーズ(1998年)
- コンピュータRPG『デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 超力兵団』(2006年):大正20年という時代の架空の世界を背景としている
- 成人向けアドベンチャーゲーム『恋文ロマンチカ』(2009年)
- 成人向けボーイズラブゲーム『大正メビウスライン』(2012年)
- ミステリイADV『さくらの雲*スカアレットの恋』(2020年)
音楽 など
編集関連する展覧会
編集- 「竹久夢二の世界展:生誕90年記念:ロマンの芸術と生涯」(1974年、京王百貨店):河北倫明が明治のロマン主義芸術と夢二を比較して考察[209]
- 「大正ロマン」展(1978年、サントリー美術館):大正ロマンを冠した最初期の展覧会。夢二以外の芸術運動を多く扱うアカデミックな認識の展示[2]
- 「Taisho Chic: Japanese Modernity, Nostalgia, and Deco」(2002年、ホノルル美術館):2004年にアメリカ各地を、2007年に「大正シック展」として日本国内を巡回
- 「大正ロマン昭和モダン展 竹久夢二・高畠華宵とその時代」(2007年 - 2018年、企画:イー・エム・アイ・ネットワーク):全国20会場以上を巡回した叙情画展
- 「大正イマジュリィの世界」(2010年・2018年 - 、企画:キュレーターズ):フランス語の「imagerie」が指すイメージ図像、印刷物や装丁を紹介
- 「大正ロマン×百段階段」(2022年・2023年、ホテル雅叙園東京・百段階段):現代のイラストレーターと工芸作家を大きく扱う
大正ロマンを体験できる施設
編集- 大正ロマン館(1993年)
- 高畠華宵大正ロマン館(1990年)
- 蕗谷虹児記念館(1987年)
- 弥生美術館・竹久夢二美術館(1984年・1990年)
- 富士見高原のミュージアム(1994年)
- 松本民芸館(1962年):大正時代に起きた民藝運動の時代の品が多く所蔵されている
- 江戸東京たてもの園(1993年)[210]
計画都市・まちづくり
ギャラリー
編集関連項目
編集- 日本の近現代文学史
- 阪神間モダニズム
- 大大阪時代
- 大正三美人
- モボ・モガ - それぞれ、モダンボーイ・モダンガールの略語。1920年代、西洋文化の影響を受けた流行にのる、当時は先端的な若い男女のこと。
- ノスタルジー
- ベル・エポック - 1900年代前後のフランスの文化。工業的大衆的であったパリを回顧した語
- 狂騒の20年代 - 1920年代戦間期のアメリカの文化、ジャズ・エイジ。フランスにおけるレ・ザネ・フォル(Années folles)
- ヴァイマル文化 - 1920年代前後のヴァイマル共和政およびドイツ語圏の文化
- キッチュ - 美術が取り合わない低俗な表現について論じた石子順造は、古い日本的な情緒と新しい西欧的な流行が馴染んだ大正を「まさしくキッチュな時代であった」とした(1976年)[211]
- ビーダーマイヤー - 川本三郎は大正特有の内密的な気分に、調度品へのこだわりを見せたビーダーマイヤーの文化を想起して、佐藤春夫の作品とともに考察した(1986年)[212]
- 昭和モダン
脚注
編集注釈
編集- ^ 出典の『大正ロマン手帖』では、1974年に生誕90年であった竹久夢二が「ロマン」と付されて紹介された流れを挙げている。「2009年版」では1978年のサントリー美術館での「大正ロマン」展がこの語の初出とする調査結果を報告しているが、「2021年版」では1962年の『月に吠える』の記事を挙げ1970年代に成立と改めている。2024年の「YUMEJI展」図録では、明治百年祭後に広まった語とし、夢二の紹介と同時期に川上澄生も大正ロマンの画家とされていたことを挙げている。
- ^ 当時は欧米志向が主流の社会、漫画界では学園漫画が主流であったと両制作者は語っている。備考として1970年代はディスカバー・ジャパン運動で「ふるさと」のノスタルジーが喚起されていたころで[193]、林静一も1972年から関連する季刊誌の表紙を手掛けている[194]。1974年から『三丁目の夕日』の連載が開始。歴史物の『ベルサイユのばら』は1972年から1973年まで連載され、1974年からベルばらブームを起こしている。
- ^ 出典の『「大正ロマン」の創造』では、この「ロマン」は「ロマンス」の意味に近いと考察している。『精選版 日本国語大辞典』では夢や憧れといった意味合いでロマンが使われると、「大正浪漫」「男のロマン」を例に挙げて解説している(「ロマンス」語誌)。
- ^ 「大正デカダンス」は変態、病い、犯罪を要素とするもので『芸術新潮(1982)』『幻想文学(1988)』から使用されている[197]。昭和初年のエロ・グロ・ナンセンスに連鎖していくともされる[198]。谷崎潤一郎、江戸川乱歩、甲斐庄楠音、稲垣仲静、映画『狂つた一頁』などが挙げられる。
出典
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- ^ a b c 石川桂子 2021, pp. 120–121.
- ^ 佐藤守弘 2022, pp. 3, 6.
- ^ 刑部芳則『洋装の日本史』集英社インターナショナル、2022年、155-156頁。ISBN 978-4-797-68112-3。
- ^ 和田博文『三越誕生! : 帝国のデパートと近代化の夢』筑摩書房、2020年、170-183頁。ISBN 978-4-480-01688-1。
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