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== 歴史 ==
== 歴史 ==
* [[1900年]] - [[マックス・プランク]]が、[[光]]の[[エネルギー]]は従来の[[古典力学]]で説明のつく様な連続的な[[物理量]]とは違い、[[プランク定数]]と[[振動数]]を掛け合わせた[[数|数値]]の[[整数]]倍の値しか取ることが出来ず、光は[[量子化]]されているとする'''[[プランクの法則|エネルギー量子仮説]]'''を提唱し、[[黒体|黒体輻射]]に関するエネルギー分布の[[説明]]に[[成功]]した<ref>{{Harvtxt|Planck|1900a}}</ref><ref>{{Harvtxt|Planck|1900b}}</ref><ref>{{Harvtxt|Planck|1900c}}</ref>
* [[1900年]] - [[マックス・プランク]]が、[[光]]の[[エネルギー]]は従来の[[古典力学]]で説明のつく様な連続的な[[物理量]]とは違い、[[プランク定数]]と[[振動数]]を掛け合わせた[[数|数値]]の[[整数]]倍の値しか取ることが出来ず、光は[[量子化 (物理学)|量子化]]されているとする'''[[プランクの法則|エネルギー量子仮説]]'''を提唱し、[[黒体|黒体輻射]]に関するエネルギー分布の[[説明]]に[[成功]]した{{Sfnp|Planck|1900a}}{{Sfnp|Planck|1900b}}{{Sfnp|Planck|1900c}}。
* [[1905年]] - [[アルベルト・アインシュタイン]]がプランクの提唱した「エネルギー量子仮説」を拡張し、光はプランク定数と振動数を掛け合わせたエネルギーを持つ[[素粒子|粒子]]([[量子|光量子]])の集合体であるとする'''[[仮説|光量子仮説]]'''を提唱し、[[光電効果]]の[[原理]]の説明に成功した<ref>{{Harvtxt|Einstein|1905}}</ref>
* [[1905年]] - [[アルベルト・アインシュタイン]]がプランクの提唱した「エネルギー量子仮説」を拡張し、光はプランク定数と振動数を掛け合わせたエネルギーを持つ[[素粒子|粒子]]([[量子|光量子]])の集合体であるとする'''[[仮説|光量子仮説]]'''を提唱し、[[光電効果]]の[[原理]]の説明に成功した{{Sfnp|Einstein|1905}}。
* [[1917年]] - アインシュタインは、更に光量子の[[運動量]]がエネルギーを[[光速]]{{Mvar|c}}で割った量であると結論付け、[[ドイツ]]の[[科学雑誌|科学誌]]に[[論文]]を投稿し掲載された<ref>{{Harvtxt|Einstein|1917}}</ref>
* [[1917年]] - アインシュタインは、更に光量子の[[運動量]]がエネルギーを[[光速]]{{Mvar|c}}で割った量であると結論付け、[[ドイツ]]の[[科学雑誌|科学誌]]に[[論文]]を投稿し掲載された{{Sfnp|Einstein|1917}}。
* [[1922年]] - [[アーサー・コンプトン]]は自身の[[実験]]によって光量子仮説を確かな物にしたとして、[[12月1日]]から翌[[12月2日|2日]]にかけて[[シカゴ]]で行われた[[学会|物理学会]]で[[学会 (会議)|発表]]を行った。この[[会議|議論]]の様子は議事録として[[記録]]され後に翌[[1923年]][[2月1日]]号の[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の科学誌にも掲載された<ref>[[#minutes|Physical Review (Vol.21)]]</ref>。一方、コンプトンは自身の[[研究]]の詳細を[[12月13日]]付で[[執筆]]した論文にまとめ上げ、翌1923年[[5月1日]]号の科学誌に投稿し掲載された<ref>{{Harvtxt|Compton|1922}}</ref>
* [[1922年]] - [[アーサー・コンプトン]]は自身の[[実験]]によって光量子仮説を確かな物にしたとして、[[12月1日]]から翌[[12月2日|2日]]にかけて[[シカゴ]]で行われた[[学会|物理学会]]で[[学会 (会議)|発表]]を行った。この[[会議|議論]]の様子は議事録として[[記録]]され後に翌[[1923年]][[2月1日]]号の[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の科学誌にも掲載された<ref>[[#minutes|Physical Review (Vol.21)]]</ref>。一方、コンプトンは自身の[[研究]]の詳細を[[12月13日]]付で[[執筆]]した論文にまとめ上げ、翌1923年[[5月1日]]号の科学誌に投稿し掲載された{{Sfnp|Compton|1922}}。
* [[1923年]] - [[ピーター・デバイ]]もこの電子とX線の衝突に関心を持ち独自に研究を行っていた。彼は前述のコンプトンの論文に不足していた[[理論]]を[[3月14日]]付で執筆した論文にまとめ上げ、[[4月15日]]号のドイツの科学誌に投稿し掲載された<ref>{{Harvtxt|Debye|1923}}</ref>。コンプトンはそのデバイの論文を参照しながら自身の論文を[[推敲]]して[[5月9日]]付で執筆した論文にまとめ上げ、[[11月1日]]号のアメリカの科学誌に再投稿し掲載されて<ref>{{Harvtxt|Compton|1923}}</ref>、理論の完成に至った。この理論の完成に対するコンプトンによる研究[[結果]]の寄与が大きかった事と、デバイの意向と言う2つの要因によって最終的にこの理論は「'''コンプトン効果'''」と名付けられた。
* [[1923年]] - [[ピーター・デバイ]]もこの電子とX線の衝突に関心を持ち独自に研究を行っていた。彼は前述のコンプトンの論文に不足していた[[理論]]を[[3月14日]]付で執筆した論文にまとめ上げ、[[4月15日]]号のドイツの科学誌に投稿し掲載された{{Sfnp|Debye|1923}}。コンプトンはそのデバイの論文を参照しながら自身の論文を[[推敲]]して[[5月9日]]付で執筆した論文にまとめ上げ、[[11月1日]]号のアメリカの科学誌に再投稿し掲載されて{{Sfnp|Compton|1923}}、理論の完成に至った。この理論の完成に対するコンプトンによる研究[[結果]]の寄与が大きかった事と、デバイの意向と言う2つの要因によって最終的にこの理論は「'''コンプトン効果'''」と名付けられた。
* [[1927年]] - コンプトンはその功績により[[ノーベル物理学賞]]を受賞した<ref>{{Cite news|url=http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1927/|language=[[英語]]|title=The Nobel Prize in Physics 1927|newspaper=[[ノーベル賞]]の公式ウェブサイト}}</ref>。
* [[1927年]] - コンプトンはその功績により[[ノーベル物理学賞]]を受賞した<ref>{{Cite news|url=http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1927/|language=[[英語]]|title=The Nobel Prize in Physics 1927|newspaper=[[ノーベル賞]]の公式ウェブサイト}}</ref>。
尚、ここで言うアメリカの科学誌とは"''[[フィジカル・レビュー|Physical Review Series Ⅱ]]''"を指し、ドイツの科学誌とは"''{{仮リンク|Physikalische Zeitschrift|de|Physikalische Zeitschrift|en|Physikalische Zeitschrift}}''"を指しているが、1900年と1905年のものは"''[[アナーレン・デア・フィジーク|Annalen der Physik]]''"を指している。
尚、ここで言うアメリカの科学誌とは"''[[フィジカル・レビュー|Physical Review Series Ⅱ]]''"を指し、ドイツの科学誌とは"''{{仮リンク|Physikalische Zeitschrift|de|Physikalische Zeitschrift|en|Physikalische Zeitschrift}}''"を指しているが、1900年と1905年のものは"''[[アナーレン・デア・フィジーク|Annalen der Physik]]''"を指している。


== コンプトンの実験 ==
== コンプトンの実験 ==
[[File:Compton ex1.jpg||300px|thumb|right|'''コンプトンによる実験略図''']]
[[File:Compton ex1.jpg|300px|thumb|right|'''コンプトンによる実験略図''']]
コンプトンはX線の散乱の際に、波長が変化することを調べるために次のような実験を行った。
コンプトンはX線の散乱の際に、波長が変化することを調べるために次のような実験を行った。


初めに、[[モリブデン]]の対陰極を持つX線管からX線を生成した。次に生成されたX線を[[グラファイト|石墨片]]へ入射させた。そして散乱された[[放射|輻射]]を、いくつかの[[スリット]]に通した。その後、[[分光器]]の役割をす[[単結晶]][[方解石]]<ref>http://www.actaphys.uj.edu.pl/fulltext?series=Reg&vol=37&page=543 Roger H. Stuewer "EINSTEIN’S REVOLUTIONARY
初めに、[[モリブデン]]の対陰極を持つX線管からX線を生成し次に生成されたX線を[[グラファイト|石墨片]]へ入射させた。そして散乱された[[放射|輻射]]を、いくつかの[[スリット]]に通した後、[[分光器]]の役割を果たす[[単結晶]]として[[方解石]]{{Sfnp|Stuewer|2005}}へ入射させ、ブラッグ反射の原理を利用して、分光および波長の測定を行なった。最後に、検出器である[[電離箱]]を用いて各波長の強度を測定し、続けて散乱角を変化させて45°と90°、135°について測定した。さらに石墨片以外の物質([[銅]]や[[銀]]など)を散乱体に用いて、それぞれ同一角における各波長の強度の違いを調べた。
LIGHT–QUANTUM HYPOTHESIS
∗"</ref>)へ入射させた。最後に、検出器である[[電離箱]]を用いて各波長の強度を測定した。続けて、散乱角を変化させて45°と90°、135°について測定した。さらに石墨片以外の物質([[銅]]や[[銀]]など)を散乱体に用いて、それぞれ同一角における各波長の強度の違いを調べた。


実験の結果、以下の事実が明らかになった。
実験の結果、以下の事実が明らかになった。
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}}
}}
ここで、{{math|''m''{{sub|e}}}} は[[電子]]の[[質量]]、{{mvar|h}} は[[プランク定数]]、{{mvar|c}} は[[光速度]]である。
ここで、{{math|''m''{{sub|e}}}} は[[電子]]の[[質量]]、{{mvar|h}} は[[プランク定数]]、{{mvar|c}} は[[光速度]]である。
この式の係数 {{math|''h''/''m''{{sub|e}}''c''}} は[[コンプトン波長]]({{lang-en-short|Compton wavelength}})と呼ばれる長さの次元をもつ物理定数で、その値は {{val|2.4263102367|(11)|e=-12|u=m}} である(2014[[CODATA]]推奨値)。
この式の係数 {{math|{{Sfrac|''h''|''m''{{sub|e}}''c''}}}} は[[コンプトン波長]]({{lang-en-short|Compton wavelength}})と呼ばれる長さの次元をもつ物理定数で、その値は {{val|2.4263102367|(11)|e=-12|u=m}} である(2014[[CODATA]]推奨値)。


=== 導出 ===
=== 導出 ===
電磁波が粒子と同じように振る舞い、一つの電磁波の粒子(光子)が、一つの電子に衝突する玉突きを想定する。つまり光子は一定のエネルギーの他に、一定の運動量をもつことが必要になる。[[特殊相対性理論]]における関係を用いると、エネルギー {{mvar|E}} と運動量 {{mvar|'''p'''}} をもつ粒子質量 {{mvar|m}} と速度 {{mvar|'''v'''}}
電磁波が粒子と同じように振る舞い、一つの電磁波の粒子(光子)が、一つの電子に衝突する玉突きを想定する。この場合、光子は一定のエネルギーの他に、一定の運動量をもつことが必要になる。[[特殊相対性理論]]にると、粒子のエネルギー {{mvar|E}} と運動量 {{mvar|'''p'''}} の関係
{{Indent|<math>m^2c^2=\frac{E^2}{c^2}-\boldsymbol{p}^2</math>}}
{{Indent|<math>m^2c^2=\frac{E^2}{c^2}-\boldsymbol{p}^2</math>}}
と表される。光子の質量 {{mvar|m}} はゼロとし、光量子仮説のエネルギー {{math|''E'' {{=}} ''h&nu;''}} の関係式を用いると、光子の運動量の大きさは
{{Indent|<math>\boldsymbol{v}=\frac{\boldsymbol{p}c^2}{E}</math>}}
{{Indent|<math>p=\frac{h\nu}{c} = \frac{h}{\lambda}</math>}}
と表される。電磁波の粒子である光子が電磁波伝播速度同じく光速度で運動ていると考えて、光量子仮説のエネルギー {{math|1=''E''=''h&nu;''}} の関係式を用いると、光子の運動量の大きさは
となる。ここで{{mvar|''ν''}}は光の[[振動数]]、{{mvar|''λ''}}は光の[[波長]]である。
{{Indent|<math>p=\frac{h\nu}{c}</math>}}
となる。このエネルギーと運動量から光子の質量がゼロであることが導かれる。


[[File:compton ex3.jpg|300px|thumb|right|運動量の関係]]
[[File:compton ex3.jpg|300px|thumb|right|運動量の関係]]
光子と電子の衝突にエネルギーと運動量の保存則を適用する。その際、衝突前の電子は静止していると仮定する。実際の電子は、原子核の周りを高速で運動している。しかし電子の持つ運動エネルギーは、静止エネルギーと比較して微小な量であり、運動エネルギーを無視することにより、静止しているという仮定ができる。
光子と電子の衝突にエネルギーと運動量の保存則を適用する。衝突前の電子は静止していると仮定する。
入射X線と散乱X線の振動数をそれぞれ {{mvar|&nu;,&nu;{{'}}}} として、衝突後の電子のエネルギーを {{mvar|E}} とすると
入射X線と散乱X線の振動数をそれぞれ {{mvar|&nu;, &nu;&prime;}} として、衝突後の電子のエネルギーを {{mvar|E}} とすると
{{Indent|<math>h\nu +m_\text{e}c^2=h\nu' +E</math>}}
{{Indent|<math>h\nu+m_\text{e}c^2=h\nu'+E</math>}}
となる。入射X線と散乱X線の方向ベクトルをそれぞれ {{mvar|'''k''','''k'''{{'}}}} として、衝突後の電子の運動量を {{mvar|'''p'''}} とすると
となる。入射X線と散乱X線の方向ベクトルをそれぞれ {{mvar|'''k''', '''k'''&prime;}} として、衝突後の電子の運動量を {{mvar|'''p'''}} とすると
{{Indent|<math>\frac{h\nu}{c}\boldsymbol{k}=\frac{h\nu'}{c}\boldsymbol{k}' +\boldsymbol{p}</math>}}
{{Indent|<math>\frac{h\nu}{c}\boldsymbol{k}=\frac{h\nu'}{c}\boldsymbol{k}'+\boldsymbol{p}</math>}}
となる。衝突後の電子のエネルギーの二乗は
となる。衝突後の電子のエネルギーの二乗は
{{Indent|<math>E^2=h^2(\nu-\nu')^2+2hm_\text{e}c^2(\nu-\nu') +{m_\text{e}}^2c^4</math>}}
{{Indent|<math>E^2=h^2(\nu-\nu')^2+2hm_\text{e}c^2(\nu-\nu')+{m_\text{e}}^2c^4</math>}}
となり、衝突後の電子の運動量の二乗は
となり、衝突後の電子の運動量の二乗は
{{Indent|<math>\begin{align}\boldsymbol{p}^2&=\frac{h^2\nu^2}{c^2} +\frac{h^2\nu'^2}{c^2} -\frac{2h^2\nu\nu'}{c}\cos\phi\\&=\frac{h^2}{c^2}(\nu-\nu')^2 +\frac{2h^2\nu\nu'}{c^2}(1-\cos\phi)\end{align}</math>}}
{{Indent|<math>\begin{align}\boldsymbol{p}^2&=\frac{h^2\nu^2}{c^2}+\frac{h^2\nu'^2}{c^2} -\frac{2h^2\nu\nu'}{c}\cos\phi\\&=\frac{h^2}{c^2}(\nu-\nu')^2 +\frac{2h^2\nu\nu'}{c^2}(1-\cos\phi)\end{align}</math>}}
となる。ここで {{mvar|&phi;}} は散乱角で、{{math|1=cos''&phi;''='''''k'''{{'}}''&middot;'''''k'''''}} である。これらをエネルギーと運動量、質量の関係式に代入すれば
となる。ここで {{mvar|&phi;}} は散乱角で、{{math|cos ''&phi;'' {{=}} '''''k'''&prime;''&middot;'''''k'''''}} である。これらをエネルギーと運動量、質量の関係式に代入すれば
{{Indent|<math>\begin{align}{m_\text{e}}^2c^2&=E^2/c^2 -\boldsymbol{p}^2\\&=2hm_\text{e}(\nu-\nu') -\frac{2h^2\nu\nu'}{c^2}(1-\cos\phi) +{m_\text{e}}^2c^2\end{align}</math>}}
{{Indent|<math>\begin{align}{m_\text{e}}^2c^2&=\frac{E^2}{c^2}-\boldsymbol{p}^2\\&=2hm_\text{e}(\nu-\nu')-\frac{2h^2\nu\nu'}{c^2}(1-\cos\phi)+{m_\text{e}}^2c^2\end{align}</math>}}
{{Indent|<math>\frac{1}{\nu'} -\frac{1}{\nu} =\frac{h}{m_\text{e}c^2}(1-\cos\phi)</math>}}
{{Indent|<math>\frac{1}{\nu'}-\frac{1}{\nu}=\frac{h}{m_\text{e}c^2}(1-\cos\phi)</math>}}
となる。波長と振動数の関係 {{math|1=''&lambda;''=''c''/''&nu;''}} から
となる。波長と振動数の関係 {{math|''&lambda;'' {{=}} {{Sfrac|''c''|''&nu;''}}}} から
{{Indent|<math>\lambda ' -\lambda =\frac{h}{m_\text{e} c}(1-\cos\phi)</math>}}
{{Indent|<math>\lambda ' -\lambda =\frac{h}{m_\text{e} c}(1-\cos\phi)</math>}}
が導かれる。
が導かれる。

== コンプトンプロファイル ==
コンプトンがコンプトン散乱を見つけたデータには、実は実験装置の精度以上に波長の広がりが観察されていた。これは、実際には物質中の電子は静止しておらず、ドップラー効果により、コンプトン散乱には電子の運動量が反映されることによる。1929年には金属 Be のコンプトン散乱の測定から{{Sfnp|DuMond|1929}},物質中の電子の運動量分布はフェルミ・ディラック統計に従うことが示されている。
インパルス近似が成り立つ条件下で,コンプトン散乱 X 線のエネルギー分布から始状態の電子運動量分布が得られる。コンプトン散乱X線のエネルギースペクトルから求めた物質中の電子運動量分布を、コンプトンプロファイルとよぶ。コンプトンプロファイルは電子運動量密度の一次元投影像であり、電子運動量密度は運動量空間の波動関数の絶対値の2乗、すなわち運動量空間の電子密度である。
電子系の基底状態の運動量密度分布をn({{mvar|p}})とすると、z軸に投影したコンプトンプロファイルJ({{mvar|p<sub>z</sub>}})は
{{Indent|<math>J(p_z)=\int \int n(p)dp_x dp_y</math>}}
である。
コンプトン散乱における始状態は基底状態と考えてよい。また、理論計算により、基底状態の電子状態、波動関数、電子の運動量密度n({{mvar|p}})を求めることができる。従って、測定されたコンプトンプロファイルを理論計算と比較検討することで、基底状態の電子状態を考察することできる。
兵庫県にある大型放射光施設[[SPring-8]]などでコンプトン散乱を用いた物性実験が行われている。高エネルギーX線を利用するため、物質内部の観察のほか、高圧、ガス雰囲気、電磁場中など様々な環境での測定が可能である。
=== フェルミオロジー ===
電子系がフェルミ面を持つとき、電子系の基底状態の運動量密度分布n({{mvar|p}})には、フェルミ運動量で運動量に不連続が現れる。フェルミ面が単純な構造の場合これを辿ればフェルミ面を描くことができる。コンプトンプロファイルJ({{mvar|p<sub>z</sub>}})は電子の運動量密度分布のpz軸への一次元的投影なので、結晶のいろいろな対称軸方向のコンプトンプロファイルを測定するとフェルミ面の3次元的な情報を得ることとができる。
=== 波動関数 ===
電子運動量密度は波動関数から直接計算できる量である。波動関数の対称性は運動量空間と実空間で同一なので、コンプトンプロファイルの形を解析すれば実空間の波動関数、化学状態、電子状態に関する情報を得ることができる。
=== 磁気コンプトンプロファイルとスピン磁気モーメント ===
電子スピンと光の磁気的な相互作用のために、円偏光X線で強磁性体のコンプトン散乱を測定すると偏光の向きと強磁性体の磁化の向きに依存したコンプトンプロファイルが得られる{{Sfnp|Sakai|1976}}。これのコンプトンプロファイルを磁気コンプトンプロファイルという。磁気コンプトンプロファイルを解析すれば磁性電子の波動関数に関する情報が得られる。また、磁気コンプトンプロファイルに電子のスピンに依存した磁気的な効果が表れ,積分値からスピン磁気モーメントが得られる。


== 逆コンプトン散乱 ==
== 逆コンプトン散乱 ==
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=== 応用 ===
=== 応用 ===
宇宙空間で逆コンプトン効果が生じている。星からの光が高エネルギーに加速された電子との逆コンプトン散乱によりエネルギーを得る。その結果、光子はエネルギーのより高い状態であるX線やγ線へと変化する。[[X線天文学]]、[[ガンマ線天文学|γ線天文学]]では、地球に降り注ぐX線やγ線を観測し、研究を行っている。
宇宙空間で逆コンプトン効果が生じている。星からの光が高エネルギーに加速された電子との逆コンプトン散乱によりエネルギーを得る。その結果、光子はエネルギーのより高い状態であるX線やγ線へと変化する。[[X線天文学]]、[[ガンマ線天文学|γ線天文学]]では、地球に降り注ぐX線やγ線を観測し、研究を行っている。


実験室でも逆コンプトン効果を実現することができる。加速器で高エネルギーに加速された電子に、光を照射する。その散乱された光をX線やγ線として得ることができる。γ線ビームの生成に有力な方法である。
実験室でも逆コンプトン効果を実現することができる。加速器で高エネルギーに加速された電子に、光を照射する。その散乱された光をX線やγ線として得ることができる。γ線ビームの生成に有力な方法である。
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== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|2}}
; 出典
{{Reflist}}


==参考文献==
==参考文献==
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* {{cite journal|date=May 9, 1923|journal=[[フィジカル・レビュー|Physical Review Series Ⅱ]]|publisher=[[アメリカ物理学会|American Physical Society]]|location={{仮リンク|College Park|en|College Park, Maryland}}, [[プリンスジョージズ郡 (メリーランド州)|Prince George's County]], [[メリーランド州|Maryland]], [[アメリカ合衆国|United States of America]]|volume=22|issue=5|pages=409-413|first=Arthur H.|last=Compton|authorlink=アーサー・コンプトン|title=The Spectrum of Scattered X-Rays|url=http://atomfizika.elte.hu/akos/orak/atfsz/compton/compton.pdf|language=[[英語|English]]|doi=10.1103/PhysRev.22.409|format=[[Portable Document Format|PDF]]|ref=harv}}
* {{cite journal|date=May 9, 1923|journal=[[フィジカル・レビュー|Physical Review Series Ⅱ]]|publisher=[[アメリカ物理学会|American Physical Society]]|location={{仮リンク|College Park|en|College Park, Maryland}}, [[プリンスジョージズ郡 (メリーランド州)|Prince George's County]], [[メリーランド州|Maryland]], [[アメリカ合衆国|United States of America]]|volume=22|issue=5|pages=409-413|first=Arthur H.|last=Compton|authorlink=アーサー・コンプトン|title=The Spectrum of Scattered X-Rays|url=http://atomfizika.elte.hu/akos/orak/atfsz/compton/compton.pdf|language=[[英語|English]]|doi=10.1103/PhysRev.22.409|format=[[Portable Document Format|PDF]]|ref=harv}}
* {{cite journal|date=March 14, 1923|journal={{仮リンク|Physikalische Zeitschrift|de|Physikalische Zeitschrift|en|Physikalische Zeitschrift}}|publisher={{仮リンク|S. Hirzel Verlag|de|S. Hirzel Verlag}}|location=[[ライプツィヒ|Leipzig]], [[ザクセン州|Freistaat Sachsen]], [[ドイツ|Bundesrepublik Deutschland]]|volume=24|issue=8|pages=161-166|first=Peter Joseph William|last=Debye|authorlink=ピーター・デバイ|title=Zerstreuug von Röntgenstrahlen und Quantentheorie|url=http://www.sophiararebooks.com/pages/books/3517/peter-debye/zerstreuung-von-rontgenstrahlen-und-quantentheorie|language=[[ドイツ語|German]]|format=sophiararebook,商品紹介ページ|lccn=25025369|oclc=01762351|ref=harv}}
* {{cite journal|date=March 14, 1923|journal={{仮リンク|Physikalische Zeitschrift|de|Physikalische Zeitschrift|en|Physikalische Zeitschrift}}|publisher={{仮リンク|S. Hirzel Verlag|de|S. Hirzel Verlag}}|location=[[ライプツィヒ|Leipzig]], [[ザクセン州|Freistaat Sachsen]], [[ドイツ|Bundesrepublik Deutschland]]|volume=24|issue=8|pages=161-166|first=Peter Joseph William|last=Debye|authorlink=ピーター・デバイ|title=Zerstreuug von Röntgenstrahlen und Quantentheorie|url=http://www.sophiararebooks.com/pages/books/3517/peter-debye/zerstreuung-von-rontgenstrahlen-und-quantentheorie|language=[[ドイツ語|German]]|format=sophiararebook,商品紹介ページ|lccn=25025369|oclc=01762351|ref=harv}}
* {{Cite journal|url=http://www.actaphys.uj.edu.pl/fulltext?series=Reg&vol=37&page=543|first=Roger H.|last=Stuewer|authorlink=:en:Roger H. Stuewer|title=EINSTEIN'S REVOLUTIONARY LIGHT–QUANTUM HYPOTHESIS*|format=[[Portable Document Format|PDF]]|publisher=[[ヤギェウォ大学|Jagiellonian University]]|location=[[ワルシャワ|Warsaw]]|journal={{enlink|Acta Physica Polonica|Acta Phys.Polon. |p=off|s=off}}|series=Series B|volume=37|issue=3|date=December 6, 2005|pages=543-558|issn=0587-4254|oclc=609875040|ref=harv}}
*{{Cite journal|year=1929|url=https://journals.aps.org/pr/abstract/10.1103/PhysRev.33.643|first=Jesse W. M.|last= Du Mond|ref={{Sfnref|DuMond|1929}}}}
*{{Cite journal|year=1976|url=https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.37.351|first=N.|last=Sakai|ref{{Sfnref|Sakai|1976}}}}


=== 書籍 ===
=== 書籍 ===
98行目: 112行目:
*{{cite book|和書|author=原田勇|author2=杉山忠男|title=量子力学Ⅰ|publisher=[[講談社]]|date=2009}}
*{{cite book|和書|author=原田勇|author2=杉山忠男|title=量子力学Ⅰ|publisher=[[講談社]]|date=2009}}
*{{cite book|和書|author=大沢文夫|author2=林忠四郎|authorlink=大沢文夫|authorlink2=林忠四郎|title=宇宙物理学 現代物理学の基礎 11|publisher=[[岩波書店]]|edition=二訂版|year=1978}}
*{{cite book|和書|author=大沢文夫|author2=林忠四郎|authorlink=大沢文夫|authorlink2=林忠四郎|title=宇宙物理学 現代物理学の基礎 11|publisher=[[岩波書店]]|edition=二訂版|year=1978}}
*{{cite book|洋書|author=M. J. Cooper|author2=P. E. Mijnarends|author3=N. Shiotani|author4=N. Sakai|author5=A. Bansil Ed. |title=X-ray Compton Scattering |publisher=Oxford univ. Press |year=2004}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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* [[宇宙マイクロ波背景放射]]
* [[宇宙マイクロ波背景放射]]
* [[天文学に関する記事の一覧]]
* [[天文学に関する記事の一覧]]
* [[効果の一覧]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
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2022年12月24日 (土) 17:50時点における最新版

コンプトン効果:電子に衝突し光子の波長が変化する

コンプトン効果(コンプトンこうか、: Compton effect)とは、X線を物体に照射したとき、散乱X線の波長が入射X線の波長より長くなる現象である。これは電子によるX線の非弾性散乱によって起こる現象であり、X線(電磁波)が粒子性をもつこと、つまり光子として振る舞うことを示す。また、コンプトン効果の生じる散乱をコンプトン散乱(コンプトンさんらん、: Compton scattering)と呼ぶ。 

歴史

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尚、ここで言うアメリカの科学誌とは"Physical Review Series Ⅱ"を指し、ドイツの科学誌とは"Physikalische Zeitschriftドイツ語版英語版"を指しているが、1900年と1905年のものは"Annalen der Physik"を指している。

コンプトンの実験

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コンプトンによる実験略図

コンプトンはX線の散乱の際に、波長が変化することを調べるために次のような実験を行った。

初めに、モリブデンの対陰極を持つX線管からX線を生成し、次に生成されたX線を石墨片へ入射させた。そして散乱された輻射を、いくつかのスリットに通した後、分光器の役割を果たす単結晶として方解石[11]へ入射させ、ブラッグ反射の原理を利用して、分光および波長の測定を行なった。最後に、検出器である電離箱を用いて各波長の強度を測定し、続けて散乱角を変化させて45°と90°、135°について測定した。さらに石墨片以外の物質(など)を散乱体に用いて、それぞれ同一角における各波長の強度の違いを調べた。

実験の結果、以下の事実が明らかになった。

  • 波長のずれの大きさは散乱角に依存し、散乱体の材質によらない。
  • 散乱体の原子番号が増すと、波長のずれなかったX線の強度は増大し、波長のずれたX線の強度は減少する。

この原因は、クーロン力により説明がつく。電荷が大きい原子核(原子番号が大きい)との距離が近い電子は、クーロン力により原子核から大きな束縛を受ける。その結果、この電子は原子核と一体になって、衝突に参加する。従って運動量の保存則から光子は、自身のエネルギー及び運動量を伝達できない。よって波長の変化が起きず、コンプトン効果は生じない。

現象の解説

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関係式

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波長 λ の入射X線に対して、散乱角 φ で散乱された散乱X線の波長 λ' とすると、波長の変化は次のように関係づけられる。

ここで、me電子質量hプランク定数c光速度である。 この式の係数 h/mecコンプトン波長: Compton wavelength)と呼ばれる長さの次元をもつ物理定数で、その値は 2.4263102367(11)×10−12 m である(2014CODATA推奨値)。

導出

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電磁波が粒子と同じように振る舞い、一つの電磁波の粒子(光子)が、一つの電子に衝突する玉突きを想定する。この場合、光子は一定のエネルギーの他に、一定の運動量をもつことが必要になる。特殊相対性理論によると、粒子のエネルギー E と運動量 p の関係は

と表される。光子の質量 m はゼロとし、光量子仮説のエネルギー E = の関係式を用いると、光子の運動量の大きさは

となる。ここでνは光の振動数λは光の波長である。

運動量の関係

光子と電子の衝突にエネルギーと運動量の保存則を適用する。衝突前の電子は静止していると仮定する。 入射X線と散乱X線の振動数をそれぞれ ν, ν′ として、衝突後の電子のエネルギーを E とすると

となる。入射X線と散乱X線の方向ベクトルをそれぞれ k, k として、衝突後の電子の運動量を p とすると

となる。衝突後の電子のエネルギーの二乗は

となり、衝突後の電子の運動量の二乗は

となる。ここで φ は散乱角で、cos φ = k·k である。これらをエネルギーと運動量、質量の関係式に代入すれば

となる。波長と振動数の関係 λ = c/ν から

が導かれる。

コンプトンプロファイル

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コンプトンがコンプトン散乱を見つけたデータには、実は実験装置の精度以上に波長の広がりが観察されていた。これは、実際には物質中の電子は静止しておらず、ドップラー効果により、コンプトン散乱には電子の運動量が反映されることによる。1929年には金属 Be のコンプトン散乱の測定から[12],物質中の電子の運動量分布はフェルミ・ディラック統計に従うことが示されている。 インパルス近似が成り立つ条件下で,コンプトン散乱 X 線のエネルギー分布から始状態の電子運動量分布が得られる。コンプトン散乱X線のエネルギースペクトルから求めた物質中の電子運動量分布を、コンプトンプロファイルとよぶ。コンプトンプロファイルは電子運動量密度の一次元投影像であり、電子運動量密度は運動量空間の波動関数の絶対値の2乗、すなわち運動量空間の電子密度である。 電子系の基底状態の運動量密度分布をn(p)とすると、z軸に投影したコンプトンプロファイルJ(pz)は

である。 コンプトン散乱における始状態は基底状態と考えてよい。また、理論計算により、基底状態の電子状態、波動関数、電子の運動量密度n(p)を求めることができる。従って、測定されたコンプトンプロファイルを理論計算と比較検討することで、基底状態の電子状態を考察することできる。 兵庫県にある大型放射光施設SPring-8などでコンプトン散乱を用いた物性実験が行われている。高エネルギーX線を利用するため、物質内部の観察のほか、高圧、ガス雰囲気、電磁場中など様々な環境での測定が可能である。

フェルミオロジー

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電子系がフェルミ面を持つとき、電子系の基底状態の運動量密度分布n(p)には、フェルミ運動量で運動量に不連続が現れる。フェルミ面が単純な構造の場合これを辿ればフェルミ面を描くことができる。コンプトンプロファイルJ(pz)は電子の運動量密度分布のpz軸への一次元的投影なので、結晶のいろいろな対称軸方向のコンプトンプロファイルを測定するとフェルミ面の3次元的な情報を得ることとができる。

波動関数

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電子運動量密度は波動関数から直接計算できる量である。波動関数の対称性は運動量空間と実空間で同一なので、コンプトンプロファイルの形を解析すれば実空間の波動関数、化学状態、電子状態に関する情報を得ることができる。

磁気コンプトンプロファイルとスピン磁気モーメント

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電子スピンと光の磁気的な相互作用のために、円偏光X線で強磁性体のコンプトン散乱を測定すると偏光の向きと強磁性体の磁化の向きに依存したコンプトンプロファイルが得られる[13]。これのコンプトンプロファイルを磁気コンプトンプロファイルという。磁気コンプトンプロファイルを解析すれば磁性電子の波動関数に関する情報が得られる。また、磁気コンプトンプロファイルに電子のスピンに依存した磁気的な効果が表れ,積分値からスピン磁気モーメントが得られる。

逆コンプトン散乱

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現象

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高エネルギーの電子がマイクロ波赤外線といった低エネルギーの光子と衝突し散乱することで、光子をよりエネルギーの高いX線やγ線へ変化させる現象を逆コンプトン効果と呼ぶ。また、その時に起こる散乱を逆コンプトン散乱(: inverse Compton scattering)と呼ぶ。

コンプトン散乱は電子に高エネルギーの光子が衝突する場合である。対して、逆コンプトン散乱は光子に高エネルギーの電子が衝突する場合である。これは電子を静止系としてみれば、後方へのコンプトン散乱にほかならない。     

応用

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宇宙空間では逆コンプトン効果が生じている。星からの光が高エネルギーに加速された電子との逆コンプトン散乱によりエネルギーを得る。その結果、光子はエネルギーのより高い状態であるX線やγ線へと変化する。X線天文学γ線天文学では、地球に降り注ぐX線やγ線を観測し、研究を行っている。

実験室でも逆コンプトン効果を実現することができる。加速器で高エネルギーに加速された電子に、光を照射する。その散乱された光をX線やγ線として得ることができる。γ線ビームの生成に有力な方法である。

脚注

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参考文献

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原論文

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書籍

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  • シュポルスキー 著、玉木英彦他 訳『原子物理学Ⅰ』(増訂新版)東京図書、1996年。 
  • 小出昭一郎『量子力学(Ⅰ)』(改訂版)裳華房、1990年。 
  • 物理学辞典編集委員会『物理学辞典』(三訂版)培風館、2005年。 
  • 原田勇、杉山忠男『量子力学Ⅰ』講談社、2009年。 
  • 大沢文夫林忠四郎『宇宙物理学 現代物理学の基礎 11』(二訂版)岩波書店、1978年。 
  • M. J. Cooper; P. E. Mijnarends; N. Shiotani; N. Sakai; A. Bansil Ed. (2004). X-ray Compton Scattering. Oxford univ. Press 

関連項目

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外部リンク

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