「DRAGON GATE」の版間の差分
60.38.15.3 (会話) |
|||
496行目: | 496行目: | ||
{{DEFAULTSORT:とらこんけえと}} |
{{DEFAULTSORT:とらこんけえと}} |
||
⚫ | |||
[[Category:DRAGON GATE|*]] |
[[Category:DRAGON GATE|*]] |
||
⚫ | |||
[[Category:中央区 (神戸市)の企業]] |
|||
[[en:Dragon Gate]] |
[[en:Dragon Gate]] |
2012年5月1日 (火) 03:16時点における版
種類 | 株式会社 |
---|---|
略称 | ドラゲー |
本社所在地 |
650-0012 兵庫県神戸市中央区 北長狭通7丁目1-4 サンクチュアリビル |
設立 | 2004年(平成16年)7月5日 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 5140001109482 |
事業内容 | プロレスリングの興行及び関連企画の運営 |
代表者 | 代表取締役社長:岡村隆志 |
外部リンク | http://www.gaora.co.jp/dragongate/ |
DRAGON GATE(ドラゴンゲート)は、兵庫県神戸市に本拠を置く日本のプロレス団体。略称はDG、俗称はドラゲー。興行や興行告知ポスターなどでは、DRAGON GATE PRO-WRESTLING(ドラゴンゲート・プロレスリング)の名称も使用する。
概要
以下の記述の一部は前身の闘龍門JAPAN時代の記述も含む。
2004年(平成16年)7月5日に闘龍門JAPANから名称変更。日本の競技性、アメリカ合衆国のエンターテイメント性、メキシコのスピード感をミックスしたレスリングを展開し、首都圏や本拠地である神戸、大阪、地上波中継枠を持つ福岡などで高い人気を持つ。
闘龍門時代から一貫して黒を団体のイメージカラーとしている。マットカラーは通常は黒で、一部の大規模な興行では白、KING OF GATE 2005ではピンクのマットを使用した。現在は通常興行でも白が使われている。
レスラーの特徴
所属選手の大半が前身の闘龍門JAPANの母体となったプロレスラー養成学校・闘龍門の出身である。所属する全選手が1970年以降の生まれで20代後半〜30代前半の選手の比率が高く、平均年齢は他団体に比べて若い。各レスラーにキャラクター付けがなされており、数年は前座で下積みを行なう既存の団体とは違ってデビュー当時からギミックが確立されている。
体格も身長160 - 170cm台、体重70 - 80kg台と従来のジュニアヘビー級レスラーよりもさらに一回り小柄な選手がほとんどで、従来の「超人」的なプロレスラー像とはかけ離れた等身大のプロレスラー像を掲げている。これは選手を囲んだ食事会や海外旅行ツアーなど身近でファンがレスラーと接する機会を設けたイベントが他団体に比べて多く行なわれることからも窺える。
プロレス関係以外のメディアへの出演として、「踊る!さんま御殿!!」に、CIMAが過去3度、B×Bハルクが2度、マグナムTOKYOが1度出演している。
マッチメイク
ルチャリブレをベースとしたプロレスを行っており、スピード感溢れる試合内容が特徴。特に6人タッグマッチがメインに組まれることが多く「タッグマッチではリング下に転落するとタッチが成立する」というルチャリブレにも取り入れられているルールが存在するため、リング上で選手が次々と入れ替わり立ち替わりする。所属選手のほとんどはユニット(チーム)に所属しており、アングルは主にヒールユニット対各ユニットのユニット間同士の抗争を中心に展開される。
また、ほぼ全興行でマイクパフォーマンスが行なわれるのも特徴である。ほとんどのレスラーがマイクパフォーマンスに特化しており、内容はこれまでのアングル展開の説明、アングルの発展、レスラー弄りと多彩である。マイクパフォーマンスを中心とするアングル展開は闘龍門創設者であるウルティモ・ドラゴンがWCWで学んだノウハウを組み込んだものである。
すぐにユニットのメンバーが入れ替る様は「花いちもんめ状態」と書かれたほど。ヒールユニット以外の各ユニットの関係は比較的良好であるため、Pos.HEARTSやルネッサンスなどユニットの掛け持ちも行われていた。
支持層
上記の要素が相まって旗揚げ以降それまでプロレスを見なかった層を取り込むことに成功し、20代の女性を中心に口コミで人気が広まり、現在では観客の半分強を女性が占める。地道な営業努力とわかりやすいキャラクター性から老若男女問わず支持層は広がっている。他団体・フリーの大物選手のほとんどを「X」扱いにし、客寄せに利用しない姿勢は、看板選手・ファンともに自家製で育ててきた自負に由来する。実際、天龍源一郎が闘龍門に初参戦した際の会場でのアンケートで、半数近くのファンが天龍を知らなかったという結果が出ており、プロレス団体として特異なファン層を築いていることを裏付けている。
運営方針
日本のプロレス団体の中で年間興行数が最も多く、ほぼ毎月全国的に巡業が行われている。あえて大会場での興行はほとんど行わず、後楽園ホール等の中規模会場を中心としている。最大の興行は毎年7月に行われる神戸ワールド記念ホール興行「KOBEプロレスフェスティバル」で大手メジャー団体を上回る観客動員を記録している。また月に1度のペースで「LIVE GATE」として小規模なライブハウスで興行を行う。以前は神戸チキンジョージで行っていたが2006年(平成18年)からはSITE-KOBEを使用している。
旗揚げした2004年(平成16年)と2005年(平成17年)の夏にはフジテレビジョンのイベント『お台場冒険王』に「お台場毎日プロレス」と称して参加し、子供達にもわかりやすいプロレスを提供した。2004年の「お台場毎日プロレス」が開催されていた時は、お台場興行をダブルヘッダーで行なうなど選手の負担が大きかったことから、2006年(平成18年)は開催しなかった。
2005年11月17日、中国河南省で初の海外興行を行った。また、2006年(平成18年)にはROHの3月30日のデトロイト興行、3月31日、4月1日のシカゴ興行にCIMAや斎藤了など計6選手を派遣した。今後の海外活動の拠点としてアメリカ・テキサス州ヒューストンに現地法人と道場を設け、さらに2007年(平成19年)7月にはオーストラリアのプロレス団体AWFと共同でシドニーに道場を設立。2008年(平成20年)にはアメリカでDRAGON GATE USA大会が行われた。
2007年1月14日、プロレス業界初となる団体内レコードレーベルDRAGON GATE RECORDSを設立。
2009年(平成21年)にはDRAGON GATE USAを傘下団体化、2、3か月に一度のペースで定期的にアメリカ興行を開催している。2010年(平成22年)にはイギリスにDRAGON GATE UKを設立し、PAC、マーク・ハスキンスが所属選手となる。
別ブランド興業
DRAGON GATEでは通常のシリーズ巡業とは別に以下のような興業が行われている。
- DRAGON GATE NEX
- CIMAが提案したキャリアの浅い若手選手中心の興業。主に団体事務所併設のDRAGON GATEアリーナで開催され、観戦価格も安め。リングは普通のものより少し小さめである。
- WRESTLE JAM
- 日本(DRAGON GATE)、アメリカ(ROH、PWGなど)、メキシコ(AAAなど)の3か国の団体の選手による合同興業。年に1度のペースで行われる。JAMはJAPAN、AMERICA、MEXICOの頭文字を合わせたもの。
武勇伝
- 望月成晃が企画した自主興行。団体外の選手が数多く参戦しているのが特徴で、かつて袂を分かった闘龍門MEXICO勢も参戦している。現在も不定期に開催される。
主な団体外参加選手
- 菊タロー
- 中嶋勝彦
- 関本大介
- 金本浩二
- 稔(田中稔)
- 佐藤光留
- 澤宗紀(ランジェリー武藤としても出場)
- 野橋真実(新井小一郎として)
- 南野タケシ
- 日高郁人
- フジタ"Jr"ハヤト
- グラン浜田
- ディック東郷
- 宮原健斗
- 佐藤悠己
等
他団体との交流
闘龍門時代から他団体との交流には慎重で、あくまでもカード提供や選手派遣に留めていることがほとんどで、互いのアングルに干渉するような大規模な対抗戦は行っていない。団体が追求しているものがあくまでもプロレスの「面白さ」や「格好よさ」で、大手メジャー団体のような「強さ」ではないためである。特に、他団体のレスラーと強弱の観点で比較されるのを、ギミック上のものと選手の技量両方の意味で極端に嫌う。
しかし、2006年11月24日に団体の開国宣言、積極的に他団体と交流することを発表した。グローバル・レスリング連盟(GPWA)に参加していない立場を利用し全方位での外交を進めている。
- 新日本プロレス
- 望月成晃とB×Bハルクが新日本のLOCK UPに参戦したことをキッカケに本格的に交流を見せた。DRAGON GATEからは望月成晃やB×Bハルクの他、ドン・フジイや神田裕之、CIMAも新日本のリングに上がり、ハルクはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにもエントリーされた。逆に新日本からは獣神サンダー・ライガーを始めとする元C.T.Uのメンバーの邪道と外道、スポット参戦として金本浩二や永田裕志などがDRAGON GATEに参戦。2009年にはYAMATOがベスト・オブ・ザ・スーパージュニアおよび第5回スーパーJカップへ参戦、2011年にG1タッグリーグにドン・フジイが石井智宏とタッグ結成で出場、2012年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにPACが参戦。
- 全日本プロレス
- 長らく交流のない団体であり、TARUや近藤修司など出身者、元所属が居るため(元所属選手で他団体で活躍の選手と交流・タッグは、日本では同じテレビ画面に映ることはなかったため)交流はないものと思われたが、2011年1月24日JCBホールにて『GAORA開局20周年記念 スーパーファイト2011 〜全日本プロレス・ドラゴンゲート 夢の競演〜』の開催を発表。ZERO1で望月と菅原が顔を合わせたとき同様、土井成樹と元所属の近藤修司がタッグマッチではあるが対決することとなった。
- プロレスリング・ノア
- ディファカップなどでの絡みはあった。2007年にCIMA、横須賀享、ドラゴン・キッド、土井成樹、堀口元気、新井健一郎、岩佐拓などが参戦。特にCIMAと丸藤正道、土井とKENTAの抗争も生まれた。一方のノアからもムシキング・テリーや、闘龍門時代にレギュラー参戦した経験があるリッキー・マルビン、さらにはKENTA、ストーカー市川の対戦相手Xとして秋山準もDRAGON GATEに参戦した。現在は疎遠となっている。
- ZERO1(旧ZERO1-MAX)
- ディファカップにエントリーされたスペル・シーサーがいち早く参戦し、その後は望月成晃と、バトラーツからの友人同士である日高郁人の繋がりから2007年の夏から望月が本格的に参戦。インターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得した他、天下一Jr.や火祭りにも参加している。ちなみに元ドラゴン・ゲートの菅原拓也と6人タッグ戦ながら望月は対戦している。ドラゴン・ゲートと元ドラゴン・ゲートがリングで顔を合わせるのは、望月と菅原が初である。ストーカー市川も大森隆男と対戦している。その後は望月と鷹木信悟が参戦した。大谷もドラゴンゲート・武勇伝に参戦し、武勇伝に至っては橋本大地も参戦(パートナー・横山佳和)している。現在でもトーナメントなどに選手が参加する場合もある。
- NWAライトタッグ王座決定戦の3WAYマッチにてジミー・ススム、ジミー・カゲトラ組が制しベルトを獲得している。
- みちのくプロレス
- 闘龍門旗揚げ戦の前にメキシコから逆上陸し初参戦した団体が、みちのくプロレスである。DRAGON GATEに名称を変更した後もザ・グレート・サスケや新崎人生がゲスト参戦し、さらにはフジタ"Jr"ハヤト、元闘龍門の南野武や野橋真実(新井小一郎)が望月成晃の自主興行“武勇伝”に参加するなど友好的な関係は今でも続いている。
- KAGETORAは同団体の九龍のメンバー(ウルティモ・ドラゴンの代役)でもあった。
- 大日本プロレス
- 「武勇伝」に関本大介やMEN'Sテイオーなどが数回参戦したが、デスマッチが主軸の大日本とルチャが主軸のドラゴン・ゲートが交わることは無かったが、2012年に新井健一郎が佐々木貴と組んで有刺鉄線デスマッチに参戦した。谷嵜なおきが過去に継続参戦していた。
- 大阪プロレス
- 同じ関西に地盤を持つ大阪プロレスとは闘龍門時代から犬猿の仲と言われており、初めて接点を持ったのは2004年の大阪プロレス主催のスーパーJカップだったが、ギリギリまで参戦を渋っていた。元所属選手のマグニチュード岸和田、Gammaが参戦していることから繋がりを持つ可能性は低いと思われていたが、スペル・デルフィンが大阪プロレスから離れたことにより状況は一変。VKFのマットでシーサーズが大阪プロレスの選手と対戦。2008年(平成20年)11月にはストーカー市川がデルフィンアリーナに乗り込み、闘龍門出身の松山勘十郎とタイトルマッチをおこなった。その後、望月成晃やドン・フジイも参戦し、秀吉の正体とされる人物が過去に旧闘龍門JAPANに参戦していたことを明かした。また、CIMAはテッド・タナベ追悼興行に単発参戦。2010年、CIMAが週刊プロレスのコラム上で大阪プロレスを批判する内容を記載したことから、DRAGON GATEの大阪大会にタイガースマスクとブラックバファローが乱入し抗争が勃発。2010年4月18日にスペル・シーサーがタイガースマスクに敗北しオープン・ザ・ブレイブゲート王座が流出。6月18日に両団体のエースであるCIMAとビリーケン・キッドのシングルマッチを含む全面対抗戦の開催が決定した。6月にはスタジオマッチにタイガースマスク、ブラックバファロー、THE BODYGURDの新生LOVが乱入。
その後は両団体のベルトがそれぞれの場所に戻った時点で、交流はストップした。
- KAIENTAI-DOJO
- K-DOJO旗揚げとT2Pの旗揚げが、ほぼ同時期。両団体の選手の平均体重が近い、小柄なレスラーが多いという共通点があるなどで、2005年の半ばから交流を持ち、主に旭志織と大石真翔の2名が定期的に参戦した。それ以外にもPSYCHO、アップルみゆき、SUPER-X(現:円華)、火野裕士、TAKAみちのくが数回参戦した。DRAGON GATEから参戦した選手は望月成晃、フロリダ・ブラザーズ、鷹木信悟である。特に鷹木と火野の抗争もあったが、大きな対抗戦には発展していない。
- その後は、「武勇伝」や年末のインディーサミットで顔を合わせる程度になり、しだいに疎遠になってしまった。しかし、2008年にTAKAみちのくが久しぶりに参戦。円華もK-DOJOを離れる前にWORLD-1の助っ人やKING OF GATEに出場している。
- 時折TAKAみちのくが本体の興行に参戦する場合もある
- DDTプロレスリング
- 2007年4月18日にはDDTプロレスリングとの合同特別興業DDGを開催。2008年にも同じくDDGを成功させたが、武勇伝などでも交流があり、戸澤アキラvs男色ディーノの試合はある意味話題に上がった。一時期、伊伏幸太の参戦もあったが、その後交流が一時途絶えた。しかし2012年、CIMAのTwitterが縁で高木三四郎が初参戦し、2012年6月5日に大阪にて合同特別興行DDGが開催される。
- 健介office
- 健介オフィス旗揚げ前に佐々木健介、中嶋勝彦、北斗晶が頻繁に参戦し、佐々木はフロリダ・ブラザーズのメンバー“ケンスキー佐々木”として、中嶋はFinal M2Kの助っ人として、北斗晶は佐々木のセコンドやストーカー市川とのコメディマッチが定番だった。
- 健介オフィスを立ち上げてからは特に関わっていなかったが、武勇伝で再び急接近し交流が再開している。ちなみに、現在は引退しているが、元DRAGON GATEの三島来夢は、退団後に健介オフィスに所属した。
- 健介Office興行の際には単発ではあるが、横須賀享や新井健一郎などが参戦している
- ROH
- CIMAが最初にROHに参戦し大成功を収めたことから交流を持ち始め、ROHのリングには鷹木信悟、斎藤了、ドラゴン・キッド、堀口元気、土井成樹、吉野正人など数多く参戦。逆にROHからもマット・サイダル、ジャック・エヴァンスがDRAGON GATEにレギュラー参戦しており、その他オースティン・エイリース、ロデリック・ストロング、デリリアス、ジミー・レイブなどが続々参戦。さらにROHジャパン・ツアーをDRAGON GATEとプロレスリング・ノアが全面協力し、ROH日本興行を成功させた。その後、金銭トラブルによって関係が悪化したため、提携を破棄している。
- その他
- 提携関係はないが土井成樹と吉野正人がTNAからのオファーを受け参戦、その時ミラノコレクションA.T.とチーム結成したが、全日本プロレスの近藤とかと同じ理由で日本では写真などの記録が無かった(しかしYoutubeなどでは入場シーンや試合は確認できる) WWEにはCIMAがトライアウトという形でダーク・マッチに出場。なおWWEはECWの放送の中で、かつて参戦していたマット・サイダル(エヴァン・ボーン)について、解説のマット・ストライカーが「彼はDRAGON GATEで磨かれた」と実際に団体名を挙げて評価した。
- アメリカだけではなく、斎藤了はイギリス遠征、新井健一郎・KAGETORAはドイツ遠征に行き、DRAGON GATEの本隊も中国で興行を一度行った。その際に現地のマスクマン(という触れ込みで)超神龍(初代・正体は忍)がデビュー(ドラゴン・キッドが怪我での代役)
- ストーカー市川は豊田真奈美の自主興行やアジャ・コングの自主興行、いわゆる女子プロレスにも参加。プロレスだけでなく、格闘技イベント「HEAT」で戸澤塾のメンバーが提供試合をしている他、ストーカー市川も選手として格闘技イベント「DEEP」に参加した。
- 現在、新井健一郎がドラゴンゲート所属として鬼神道やSTYLE-E、西口プロレスなどに参加して王座に絡むなど活躍を見せている
テレビ中継
テレビ中継はGAORA「DRAGON GATE 無限大 〜infinity〜」(旧・VAMONOS AMIGOS 闘龍門)で週1回、テレビ西日本「DRAGON GATE〜龍の扉〜」(旧・UNO DOS TRES 闘龍門)で月1回行われている。JAMや海外遠征試合などがある場合は月2回の場合もある。主要会場でのビッグマッチはペイ・パー・ビューで生中継される。関西テレビもなんでもアリーナにリングを設営しスタジオマッチの放送やワールド記念ホール興行など関西でのビッグマッチのみ不定期に中継を行なう。東海地区では東海テレビが不定期で深夜に「無限大プロレスドラゴンゲート」という番組名で1時間枠にて放送している。
GAORAはかつては月1回2時間の中継とミニ情報番組「どらげー通信」を週1回30分を並行して放送していたが、それらを事実上統合する形で現在の週1回1時間の放送となった。TNCの中継は深夜放送ながら瞬間最高視聴率5パーセントを超える高視聴率を記録、ソフトとしての良質さから他のフジテレビ系列局にも不定期に分配され上記のお台場毎日プロレスの契機にもなった。 2009年には3.22両国大会が3月29日深夜にテレビ東京で放送された。
特殊な試合形式
DRAGON GATEで行われる他団体にはない試合形式
- オープン・ザ・ドリームゲート次期挑戦者決定キーハンティング3WAY(または4WAY)マッチ
- 挑戦者が3人以上名乗り出た場合の挑戦者決定戦。リングのコーナーにある全12個のコーナーマットの裏に隠されているカギを見つけるか、フォール、ギブアップで勝ち残った者が勝者。
- ルールは、試合開始5分までは通常の3WAYまたは4WAYマッチ。5分経過後にコーナーマットを外すことが出来るようになる。コーナーマットは3WAYマッチの時は一人4個まで、4WAYマッチの時は一人3個まで外すことができ、4個または3個外した時点でカギが見つからなかった選手は失格になる。しかし退場者が出て、最後の二人になった時点ではその制限がなくなる。
- DRAGON GATEのコーナーマットは他団体と違って、マジックテープで固定されているので簡単に外すことができる。また試合が進むにつれてどんどんとコーナーの金具がむき出しになっていくので、コーナーの危険度があがっていくようになっている。
- 吉田式イリミネーションマッチ
- ユニット同士の決着戦用に、吉野正人が考案し「なにわ式イリミネーションマッチ」と命名、その後サイバー・コングが名称を「吉田式」に変えた試合形式。時間差バトルロイヤルとイリミネーションタッグマッチを合わせたもの。
- ルールは、まず試合前に先攻と後攻を決めておく。最初はシングルマッチで始まり、残りの選手は90秒毎にテーマ曲と共に入場する。フォール、ギブアップの他にオーバーザトップロープでも退場になり、最終的に相手ユニットの選手を全て倒した陣営の勝利。
- 先攻、後攻の順番で入場していくので、先攻のユニットが早く全員揃うことから先攻有利と言われている。
- 「なにわ式」の時代は、先攻後攻の決め方はジャンケンやクジ等で決められていた。
- 現在は腕相撲での先攻後攻決定に決められている。
- 大江戸式カウントダウンイリミネーションマッチ
- ルールが「なにわ式」と若干異なり、くじ引き・先攻・後攻がないフェアなルール。最初はシングルマッチで始まり、90秒毎にリング外に用意されたケージから両チームの選手をそれぞれ任意で1名投入出来る。フォールまたはギブアップで退場する。
- 名古屋式イリミネーションマッチ
- ドラゴン・キッドが考えたルール。最初はシングルマッチで始まり、残りの選手は数字が書かれた紙が入っている封筒をくじ引きし、90秒毎に若い数字を引いた選手から入場していく。全員揃うまではフォール・ギブアップ・オーバーザトップロープで退場する。全員揃うとオ-バーザトップロープが退場条件から外される。くじの結果いかんによっては、序盤にかなり戦力差がついてしまうルールであり、初めてこの形式での試合が行われたときに、ドラゴン・キッドは3対1という劣勢に立たされてしまった。
テーマ曲
- 「DRAGON STORM」(2003年 - 2007年)
- 闘龍門JAPAN時代から会場で使用。DRAGON GATEに社名変更に伴い、ボーカル入りバージョンが制作され、マグナムTOKYOが作詞を担当。プロモーションアニメも制作された。作曲は音響スタッフの中澤矢束が担当。
- 「DRAGON STORM 2007」JAM Project(2007年6月5日 - )
- DRAGON GATE RECORDS設立に伴い、DRAGON STORMの歌詞・アレンジをリニューアル。作詞・作曲中澤矢束。
- 「カーテンコール」ハヤブサ(2008年3月20日 - )
- エンディングテーマ。作詞を音響スタッフの中澤矢束(DRAGON GATE RECORDS)、作曲をハヤブサが担当。
- 「NEW GENERATION! 〜KOBE to the WORLD〜」JAM Project(2008年7月 - )
- 公式応援ソング。作詞を音響スタッフの中澤矢束(DRAGON GATE RECORDS)、作曲を 影山ヒロノブが担当。
- 「願い星 〜SSS〜スモールスターズソング」ドラゴンゲートオールスターズ(2010年7月 - )
- 公式応援ソング。作詞を326(元19 ジューク)、作曲を音響スタッフの中澤矢束(DRAGON GATE RECORDS)が担当。
タイトルホルダー
王座
タイトル | 保持者 | 歴代 | 防衛回数 | 次期挑戦者 |
---|---|---|---|---|
オープン・ザ・ドリームゲート王座 | CIMA | 第14代 | 2 | サイバー・コング |
オープン・ザ・トライアングル・ゲート王座 | 堀口元気H.A.Gee.Mee!!&斎藤“ジミー”了&ジミー・神田 | 第34代 | 1 | 土井成樹&吉野正人&PAC |
オープン・ザ・ブレイブゲート王座 | リコシェ | 第21代 | 3 | ドラゴン・キッド |
オープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座 | ジミー・ススム&ジミー・カゲトラ | 第19代 | 1 | 望月成晃&ドン・フジイ |
オープン・ザ・フリーダムゲート王座 | ジョニー・ガルガノ | 第3代 | 2 | |
オープン・ザ・ユナイテッドゲート王座 | 吉野正人&リコシェ | 第3代 | ||
オープン・ザ・お笑いゲート王座 | リッチ・スワン | 第16代 | 0 |
ほとんどのベルトに何らかの仕掛けがあるのが特徴である。
リーグ戦
タイトル | 覇者 | 年度 |
---|---|---|
KING OF GATE | B×Bハルク | 2011年度 |
Summer Adventure Tag League | B×Bハルク & 戸澤陽 | 2011年度 |
他団体管轄の王座
DRAGON GATEが関わる他団体管轄の王座と保持者(2010年(平成22年)5月1日現在)
- IJ(インターナショナル・ジュニアヘビー)選手権…望月成晃(第12代)
- 2007年1月26日、望月(第10代・12代王者)と外道(初代・4代王者)による封印試合を最後にこのタイトルは封印されることになったが、2010年4月19日に開催された『天龍プロジェクト』にて王座が復活されることになり、12代王者であった望月成晃が3WAY戦を制し、再び王座に就いている。
- IJ(インターナショナル・ジュニアヘビー)タッグ選手権…土井成樹&吉野正人(第15代)
- WARが管轄していた日本初のジュニアタッグ王座。1996年(平成8年)2月創設、その後紆余曲折を経てドラゴンゲートが管理することになる。2007年10月12日に行われたダブルタイトルマッチにて、王者だった新井健一郎&岩佐拓組が土井成樹&吉野正人組に負けたため封印。オープン・ザ・ツインゲート王座に吸収、統一される形になった。
所属・参戦選手
その他
- 無所属
- DRAGON GATE NEX
- 主な他団体参戦選手
- 矢郷良明(フリー、富山大会限定参戦)
- 過去に参戦・スポット参戦経験のある他団体・フリー選手
- 曙(チームヨコヅナ)
- TAKAみちのく(K-DOJO)
- 高木三四郎(DDT)
- 金本浩二
- 獣神サンダーライガー
- KENTA
- 青木篤志
- 金丸義信
- 天龍源一郎
- 鈴木みのる
- 高山善博
- 永田裕志
- 川田利明
- 大仁田厚
- ディアブロ
- 主な外国人選手
- スタッフ
- 岡村隆志(代表取締役社長)
- 木戸亨(専務取締役)
- 中澤矢束(音響兼DRAGON GATE RECORDS代表/プロデューサー)
- 八木隆行(本部長兼レフェリー)
- 菊池直人(リングアナウンサー)
- SAITO(インストラクター)
- 森隆行(スタッフ)
- 松谷圭(スタッフ)
退団した選手
- SUWA
- TARU
- 近藤修司
- "brother"YASSHI
- 大鷲透
- 高木省吾
- 菅原拓也
- ミラノコレクションA.T.
- 三島来夢
- マグナムTOKYO
- マグニチュード岸和田(フリー転向後も不定期参戦)
- 大野勇樹
- RYOMA
- 近野剣心
- 大宅龍則(レフェリー)
- 玉岡金太(レフェリー)
- 宍戸幸之(販売部スタッフ)
- ジャクソン・フロリダ
ユニット勢力図変遷
●結成~在籍中または解散まで在籍▲途中加入~在籍中または解散まで在籍、▼結成~途中離脱、◆途中加入~途中離脱、△再加入、★実質的なリーダー。活動期間はDRAGON GATE及び闘龍門JAPAN在籍時のもの。
1999年 | 正規軍 (1999年1月-2002年12月) ★▼マグナムTOKYO ●ドラゴン・キッド ▼SAITO ●新井健一郎 ▼堀口元気 ▲斎藤了 ▲スペル・シーサー ★△望月成晃 ▲三島来夢 |
CRAZY-MAX (1999年1月-2004年12月) ●★CIMA ●ドン・フジイ ▼SUWA ◆TARU ◆MAKOTO ◆チョコボールKOBE ◆TARUシート ◆JUN ◆ストーカー市川 |
- | - | - | - |
2000年 | M2K (2000年4月-2002年10月) ★▼望月成晃 ▼神田裕之 ●横須賀享(望月享) ▲ダークネス・ドラゴン ▲チョコフレークK-ICHI ▲堀口元気 ★▲マグナムTOKYO | |||||
2001年 | ||||||
2002年前期 | イタリアン・コネクション (2002年3月-2005年3月) ★●ミラノコレクションA.T. ●YOSSINO ▼"brother"YASSINI ▼コンドッティ修司 ▼ベーカリー八木(ペスカトーレ八木) ◆ベルリネッタ・ボクサー ▲アンソニー・W・森 | |||||
2002年後期 | Do FIXER (第1次、2002年10月-2004年7月) ★▼マグナムTOKYO ●堀口元気 ▼横須賀享 ▼K-ness. ▲斎藤了 | |||||
2003年前期 | 新M2K (2003年1月-2003年12月) ★●望月成晃 ●ドラゴン・キッド ●新井健一郎 ●セカンド土井 ▼三島来夢 | |||||
2003年後期 | はぐれ軍団(仮) ●大鷲透 ●"brother"YASSHI ●ドッティ修司 ▲高木省吾 | |||||
2004年前期 | - | 悪冠一色 ★▼望月成晃 ●大鷲透 ●"brother"YASSHI ●近藤修司 ●高木省吾 ▲菅原拓也 | ||||
2004年後期 | Final M2K (2004年7月-2007年1月) ★●望月成晃 ●新井健一郎 ★●横須賀享 ●K-ness. ▼セカンド土井 ▲小野寺大和 |
Do FIXER (第2次、2004年7月-2007年1月) ★斎藤了 ▼マグナムTOKYO ●ドラゴン・キッド ▼堀口元気 ◆谷嵜なおき | ||||
2005年前期 | Blood Generation (第1次、2005年1月-2006年4月) ★●CIMA ●ドン・フジイ ▼土井成樹 ▼吉野正人 ●鷹木信悟 ◆マグニチュード岸和田 ◆谷嵜なおき ◆Gamma |
Pos.HEARTS (2005年3月-2007年2月) ★●アンソニー・W・森 ●B×Bハルク ●スペル・シーサー ●マグナムTOKYO |
- | |||
2005年後期 | ||||||
2006年前期 | Blood Generation (第2次、2006年4月-2007年1月) ★●CIMA ●ドン・フジイ ●鷹木信悟 ▲ジャック・エバンス ▲マット・サイダル ◆ロデリック・ストロング |
マッスル・アウトローズ (2006年4月-2008年5月) ★●Gamma ●マグニチュード岸和田 ▼土井成樹 ▼吉野正人 ▼谷嵜なおき ◆玉岡金太 ▲堀口元気 ◆サイバー・コング ▲Dr.マッスル ▲神田裕之 ▲YAMATO |
戸澤塾 (2006年4月-2008年11月) ★●戸澤アキラ ●岩佐拓 ▲新井健一郎 ◆森隆行 ▼大野勇樹 ▲宍戸幸之 ▲忍 ▲エル・ジェネリコ | |||
2006年後期 | ||||||
2007年前期 | Typhoon (2007年1月-2008年12月) ★●斎藤了 ★●CIMA ●ドラゴン・キッド ●横須賀享 ●アンソニー・W・森 ▼B×Bハルク ▲PAC ◆鷹木信悟 |
NEW HAZARD (2007年4月-2008年5月) ★●鷹木信悟 ●B×Bハルク ▼YAMATO ●サイバー・コング |
- | |||
2007年後期 | ||||||
2008年前期 | REAL HAZARD (2008年5月-2010年3月) ★▼鷹木信悟 ★▼Gamma ●神田裕之 ▼堀口元気 ★▼YAMATO ▼サイバー・コング ◆サイバー・コング・シート ◆KAGETORA ▲新井健一郎 ◆斎藤了 ▲Kzy ◆横須賀享 ◆K-ness. ▲菅原拓也 |
WORLD-1 (2008年5月-2011年4月) ★▼土井成樹 ★●吉野正人 ●B×Bハルク ▼谷嵜なおき ▼m.c.KZ. ▲PAC ▲琴香 ▲K-ness. ▲横須賀享 |
- | |||
2008年後期 | ||||||
2009年前期 | WARRIORS-5 (2009年3月-2010年2月) ★●CIMA ●Gamma ▼横須賀享 ▼KAGETORA ◆RYOMA ▲ドラゴン・キッド |
KAMIKAZE (2009年1月-2011年4月) ★●鷹木信悟 ▼ドラゴン・キッド ●岩佐拓 ●戸澤陽 ◆近野剣心 ▲YAMATO ▲エル・ジェネリコ ▲KAGETORA ▲サイバー・コング |
- | |||
2009年後期 | ||||||
2010年前期 | WARRIORS (2010年2月-2011年1月) ★●CIMA ▼Gamma ●ドラゴン・キッド ●堀口元気 ▲斎藤了 ▲リコシェ ▲ブロディ・リー |
ディープ・ドランカーズ (2010年3月-2010年10月) ●新井健一郎 ●神田裕之 ●Kzy ●菅原拓也 ▲谷嵜なおき | ||||
2010年後期 | 土井軍(仮) (2010年10月-2011年1月) ★●土井成樹 ●神田裕之 ●Kzy ●菅原拓也 ●谷嵜なおき ▲Gamma | |||||
2011年前期 | Blood WARRIORS (2011年1月-2012年3月) ★▼CIMA ★●土井成樹 ▼Gamma ▼ドラゴン・キッド ▼堀口元気 ▼斎藤了 ▼神田裕之 ●谷嵜なおき ▼リコシェ ●ブロディ・リー ◆△サイバー・コング ▲トマホークT.T ▲Kzy ▲B×Bハルク ★▲戸澤陽 ▲ウーハー・ネーション |
望月軍(仮) (2011年4月-2011年6月) ★●望月成晃 ●吉野正人 ●B×Bハルク ●横須賀享 ●PAC ▲鷹木信悟 ▲YAMATO ▲スペル・シーサー ▲ドラゴン・キッド ▲KAGETORA ▲リッチ・スワン | ||||
2011年後期 | JUNCTION THREE (2011年6月-2012年2月) ★●望月成晃 ●吉野正人 ▼B×Bハルク ●横須賀享 →ジミー・ススム ●PAC ●鷹木信悟 ●YAMATO ●スペル・シーサー ●ドラゴン・キッド ●KAGETORA →ジミー・カゲトラ ●リッチ・スワン ◆Gamma | |||||
2012年前期 | MAD BLANKEY (2012年3月-) ★●戸澤陽 ●B×Bハルク ▼土井成樹 ●サイバー・コング ●Kzy ●トマホークT.T (谷崎なおき) ▲問題龍 |
WORLD-1 INTERNATIONAL (2012年3月-) ★●土井成樹 ★●吉野正人 ●PAC ●リコシェ ●リッチ・スワン |
帰ってきたベテラン軍 (2012年2月-) ★●CIMA ★●望月成晃 ●ドン・フジイ ●Gamma ●ドラゴン・キッド ▼堀口元気 ▼斎藤了 ▼神田裕之 ●ハリウッド”ストーカー市川 |
ジミーズ (2011年12月<結成> 2012年2月<独立>-) ●ジミー・ススム ●ジミー・カゲトラ ▲堀口元気H.A.Gee.Mee!! ▲斎藤“ジミー”了 ▲ジミー・神田 |
暁-akatsuki- (2012年4月-) ★●鷹木信悟 ●YAMATO ●富永千浩 ●超神龍 |
- その他、過去に活動していたユニット
- 自転車兄弟(ドン・フジイ、斎藤了)
- ロイヤル・ブラザーズ(アンソニー・W・森、フィリップ・J・福政、ヘンリーIII世・菅原)
- 岩佐軍団(岩佐卓典、三島来夢)
- フロリダ・エクスプレス(マイケル岩佐、ダニエル三島、ジョンソン・フロリダ、ジャクソン・フロリダ)
- フロリダ・ブラザーズ(マイケル岩佐、ダニエル三島、ケンスキー佐々木)
- アイパーズ(ドン・フジイ、セカンド土井、谷嵜なおき)
- ルネッサンス(マグナムTOKYO、望月成晃、神田裕之、ドン・フジイ)
- 絶倫ズ(望月成晃、ドン・フジイ、マグニチュード岸和田)
- ベテラン軍(CIMA、Gamma、望月成晃、ドン・フジイ、スペル・シーサー、マグニチュード岸和田、菅原拓也、NOSAWA論外、MAZADA、ドラゴン・キッド、堀口元気、斎藤了)
脚注
- ^ “DRAGON GATE:ドラゴンゲート公式サイト 試合結果”. 2010年10月13日閲覧。