コンテンツにスキップ

「黒瀬珂瀾」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Nureginu (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
編集の要約なし
3行目: 3行目:
[[大阪府]][[豊中市]]生まれ。[[大阪星光学院高等学校]]卒業後、[[大阪大学]]文学部[[比較文学]]専攻卒、同大学院文学研究科修士課程修了。在学中は[[京都大学短歌会]]に参加したほか、阪大下の古書店・太田書店でアルバイトをしていた。
[[大阪府]][[豊中市]]生まれ。[[大阪星光学院高等学校]]卒業後、[[大阪大学]]文学部[[比較文学]]専攻卒、同大学院文学研究科修士課程修了。在学中は[[京都大学短歌会]]に参加したほか、阪大下の古書店・太田書店でアルバイトをしていた。


師・[[春日井建]]の影響を強く受けた[[耽美]]的世界観が特徴的だった初期の歌風から、[[岡井隆]]の影響が濃い[[修辞]]主体の[[写生]]的な作風に変貌しつつある。また、[[オタク]]文化を始めとする[[サブカルチャー]]に造詣が深いことでも知られる。
師・[[春日井建]]の影響を強く受けた[[耽美]]的世界観が特徴的だった初期の歌風から、[[岡井隆]]の影響が濃い[[修辞]]主体の[[写生]]的な作風に変貌しつつある。また、[[オタク]]文化を始めとする[[サブカルチャー]]に造詣が深いことでも知られる。[[浄土真宗本願寺派]]の僧籍を持つ


妻は[[金沢大学]]准教授の[[鈴木暁世]]。[[金沢市]]在住。
妻は[[金沢大学]]准教授の[[鈴木暁世]]。[[金沢市]]在住。
54行目: 54行目:
[[Category:歌人]]
[[Category:歌人]]
[[Category:大阪大学出身の人物]]
[[Category:大阪大学出身の人物]]
[[Category:浄土真宗の僧]]
[[category:大阪府出身の人物]]
[[category:大阪府出身の人物]]
[[Category:1977年生]]
[[Category:1977年生]]

2014年9月2日 (火) 05:36時点における版

黒瀬 珂瀾(くろせ からん、1977年7月22日 - )は歌人

大阪府豊中市生まれ。大阪星光学院高等学校卒業後、大阪大学文学部比較文学専攻卒、同大学院文学研究科修士課程修了。在学中は京都大学短歌会に参加したほか、阪大下の古書店・太田書店でアルバイトをしていた。

師・春日井建の影響を強く受けた耽美的世界観が特徴的だった初期の歌風から、岡井隆の影響が濃い修辞主体の写生的な作風に変貌しつつある。また、オタク文化を始めとするサブカルチャーに造詣が深いことでも知られる。浄土真宗本願寺派の僧籍を持つ。

妻は金沢大学准教授の鈴木暁世金沢市在住。

経歴

  • 13歳より短歌を始める。
  • 1995年:三宅千代が編集する中高生向けの短歌雑誌「白い鳥」に入会。
  • 1996年:中部短歌会に入会。春日井建に師事する。
  • 1997年:歌壇賞候補。
  • 1998年:中部短歌新人賞受賞。
  • 1999年:短歌同人誌「鱧と水仙」同人になる。
  • 2000年:岩波書店の雑誌「へるめす」が主催する詩・短歌・俳句などのジャンル横断研究会「乱詩の会」に参加。
  • 2003年:歌集『黒耀宮』で第11回ながらみ書房出版賞受賞。
  • 2003年:超結社歌会「白の会」を結成。
  • 2004年:中部短歌会を退会。同年から2006年3月まで、読売新聞にて「カラン卿の短歌魔宮」を二年間連載する。
  • 2005年:石川美南今橋愛高島裕正岡豊生沼義朗玲はる名と短歌誌[sai]を創刊。
  • 2006年:未来短歌会に入会。俳句出版のふらんす堂HP上で「街角の一首」を一年間連載する。
  • 2011年:ロンドンに1年間在住する。
  • 2012年:10月より、歌誌「未来」選者に就任。[1]

著書

単著

共著・編著

テレビ

脚注

外部リンク