ジャッカルの日
『ジャッカルの日』(ジャッカルのひ、The Day of the Jackal)は、フレデリック・フォーサイスの小説。1971年に出版された。
作品概要
1960年代始めのフランスを舞台に、シャルル・ド・ゴール大統領暗殺を企てる武装組織「秘密軍事組織(OAS)」が雇ったプロの暗殺者「ジャッカル」と、大統領暗殺を阻止しようとするフランス官憲の追跡を描いたスリラー小説である。
ジャーナリストとして既に「ビアフラ物語」などのノンフィクションを手掛けていたフォーサイスの、小説家としての処女作となった。フォーサイスは1960年代初頭にフランスに特派員として駐在しており、多くの情報源から様々な情報を得てこの小説を執筆したとされる。
日本でも人気の高い作品であり、早川書房の『ミステリマガジン』1992年5月号誌上で行われたアンケートを基に、1992年10月に発行された書籍『冒険・スパイ小説ハンドブック』で発表された人気投票の集計結果[1]では、本作が謀略・情報小説部門における第1位、他に3つのジャンルを含めた総合ベスト100で第2位の人気を獲得し、好きな脇役部門においても本作の登場人物であるジャッカルが第9位にランクインしている。
一方で、後年の暗殺者の中にもこの小説を愛読したものも多い。1970年代から1980年代にかけて活動した実在のテロリスト「カルロス」は、遺留品の中に『ジャッカルの日』があったことから、マスコミにより「ジャッカル」のあだ名で呼ばれるようになった[2]。イスラエルのイツハク・ラビン首相を1995年に暗殺したイガール・アミル、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領を2005年にグルジアで暗殺しようとしたウラジミール・アルチュニアンらもこの小説を愛読していた。
ストーリー
1954年に始まったアルジェリア戦争は泥沼状態に陥った。「フランスのアルジェリア」を信じて戦う現地駐留軍やフランス人入植者の末裔(コロン、またはピエ・ノワール)らは、フランスの栄光を願う右派世論を味方に付けてアルジェリア民族解放戦線(FLN)やアルジェリア人の村落を殲滅するが、当時のフランス本国は第二次世界大戦の傷も癒えぬまま第一次インドシナ戦争にも敗退した惨状にあり、また相次ぐFLNの爆弾テロや残虐になる一方の戦争で厭戦世論も広がり世論は分裂した。1958年、本国政府の弱腰に業を煮やした現地駐留軍の決起によって第四共和政は崩壊、フランスの栄光を体現するシャルル・ド・ゴール(以下、ド・ゴール)が大統領に就任したことにより第五共和政が開始された。アルジェリアの軍人やコロンたちは、ド・ゴールが「フランス固有の国土」のための戦争に一層力を入れてくれると期待したが、ド・ゴールは戦費拡大による破綻寸前の財政などを鑑み9月にアルジェリアの民族自決の支持を発表した。1961年の国民投票の過半数もそれを支持し、1962年に戦争は終結してしまった。
現地軍人やコロンらは大混乱のうちにフランスに引き揚げた。彼らは戦争中にOASを結成してアルジェリアでテロ活動を続けており、フランスでも政府転覆を狙ってド・ゴールへのテロ活動を行ったが、ジャン=マリー・バスティアン=ティリーなど現役のエリート軍人らによる暗殺計画はことごとく失敗し、組織の優秀な軍人達は逮捕され銃殺刑に処された。彼らは自分たちを愛国者であると信じ、処刑の場で兵士が自分に銃を向けることはないと自信たっぷりの態度を示したが、実際には兵士たちは迷わず命令に従って処刑してしまい、その思惑は外れた。組織にはフランス官憲のスパイが浸透した上、コルシカマフィア(ユニオン・コルス)まで投入した捜査の結果、秘密だった筈のメンバーや活動もほとんど判明してしまい、表の政治組織も官憲の実行部隊により容赦なく壊滅させられるに至って、支援者だった企業オーナーらも離れていった。
以後、OASの主要メンバーたちは国外逃亡して雌伏と屈辱の日々を送るが、1968年の五月革命の際に、軍部がド・ゴールに協力する代償として彼らへの恩赦を取り付けた。
ここまでは史実であり、舞台背景を説明する冒頭部分に当たる。
1963年、バスティアン=ティリー中佐の処刑の報を聞いたOAS幹部たちの一部は、オーストリアの潜伏先で、もはや組織は壊滅状態となり、内部の動きは全て察知されてしまうことから、組織外のプロ暗殺者を雇うことを決め、目的遂行に最適の人物として一人の男性が選ばれる。本名、年齢共に不詳だが若々しく、狙撃が超一流、要人暗殺の依頼もビジネスとして請け負い、実績を積んでいる男。彼は「ジャッカル」のコードネームで呼ばれることを望み、プロとして法外な報酬を要求した。
OASが組織を挙げてフランス各地で銀行などを襲い資金を集める間、ジャッカルは図書館でド・ゴールの資料を徹底的に調査し、一年のうちに一度だけ、ド・ゴールが絶対に群衆の前に姿を見せる日があることを発見してそれを依頼決行日と決めた。ジャッカルはパリのいくつかの候補地から決行地点を選び、全ヨーロッパを移動しながら必要な特注の狙撃銃、偽造の身分、偽パスポート、衣装や小道具、入出国経路などを抜かりなく用意する。
一方、OASの銀行連続襲撃や、ローマに移動し籠城して動きを全く見せないOAS幹部たちに不審な気配を感じたフランス官憲は、実行部隊を使いローマからOAS幹部のボディガードを拉致し拷問、不明瞭なあえぎ声の中からOASが外部の暗殺者を雇ったこと、その人物が「ジャッカル」と呼ばれていることを知る。ド・ゴールの死は第五共和政とフランスの崩壊を意味する。内務大臣をはじめとするフランス各治安組織の官僚のトップ達が対策会議を開き、捜査は実績の豊富なルベル警視という老刑事に一任された。ルベル警視には与えられる限りの権限が与えられたが、定期的に治安組織の官僚たちに捜査報告を行うことを求められ、権力者達の政治的思惑の波をかぶりつつも、ジャッカルを追い始める。
ルベル警視は、その個人的な伝手も用いて、ジャッカルの正体を洗うべく世界中の警察に問い合わせを行い、どうやらあるイギリス人らしいことを知った。イギリス警察は怪しい偽造戸籍を発見し、そこから捜査で容貌や暮らしぶりなどが判明。その情報を元に、ルベル警視はフランス全土の警察・憲兵らを指揮し不審者の入国を阻止しようとするが、ジャッカルはイタリアで調達したレンタカーのアルファ・ロメオの床下シャーシ隙間に分解した銃を隠し、偽造パスポートで南仏から侵入したあとだった。
全国の国境やホテルから毎日届けられる入国者・宿泊者リストを洗い、南仏一帯で何度もジャッカルらしき者を追い詰めるが、そのたびに彼は寸前で逃げ、何度も偽造パスポートを取り替えて変装を変え、その途上においては、ホテル以外の宿泊場所を巧みに得るなどして、時間を稼ぎながらパリを目指す。ルベル警視は、ジャッカルがOASの極秘の連絡網を利用して、治安トップの報告会の内容や警察による捜査の進捗、規模が事前に把握しているのではと疑い、治安官僚の中から内通者を調べ始め、官僚の中にOASのスパイの女性とそれとは知らずに愛人関係を持った人間を突き止め、ド・ゴール暗殺の決行日がいつであるかを直感する。
大規模捜査の甲斐無くジャッカルはオステルリッツ駅からパリに入り、再び容姿を変えて潜伏。パリでは全国の警察力とユニオン・コルスまで総動員し、裏町の隅から隅まで徹底した大ローラー作戦を行い、平行して人相を公表しての公開捜査に踏み切るが、なおもジャッカルは見つからない。ド・ゴール大統領は、暗殺の危険を訴える側近の声に耳を貸さず、例年通りパリ市内で行われるある式典に出発した。ジャッカルとルベル警視の対決は、ド・ゴールが姿を現すその時間、その場所にまでもつれこむ。
市内各所で行われる8月25日のパリ解放記念式典。ジャッカルは老いた片足の傷痍軍人を装い、アパートに帰宅すると偽って警官の目を欺いて非常線を通り抜け、式典会場のひとつであるモンパルナス駅前の1940年6月18日広場を見渡せるアパートに侵入、管理人の老婆を気絶させ、狙撃の場を確保。ジャッカルは松葉杖に偽装した狙撃銃を組み立て、大統領を暗殺すべく狙撃を行うも、勲章の授与とキスのために屈んだ瞬間であった為に、弾丸はド・ゴールの頭に命中する事無く路上に着弾(フランスの慣例に疎かったのか、パブリックな式典の場で相手にキスをする習慣に馴染みが無い人物、と推測される)。想定外の事態にジャッカルは再度狙撃を敢行すべくライフルに弾丸を再装填するが、傷痍軍人が非常線を通ってアパートに入ったことを聞きつけたルベル警視は彼こそジャッカルだと踏み最上階の部屋に突入。同行した警らの警官がジャッカルに撃たれ倒れるも、咄嗟に警官のサブマシンガンを取ったルベル警視は三発目の装填を試みるジャッカルに銃弾を浴びせ、暗殺の実行を阻止する事に成功する。
ド・ゴールが自身の後頭部をかすめた弾丸に気付いたかどうかは、本人が何も語らなかったので分からない。銃声がしたようだと警察に問い合わせがあったが、回答は「エンジンがバックファイアした爆音らしい」であった。
対テロリスト警備班からジャッカルと名付けられた射殺体はパリ市内の墓地に埋葬された。狙撃犯がイギリス人であることは政治的判断から公には伏されるも、そのイギリスにて、かねてより容疑者ジャッカルと目された人物はアリバイがある実在の別男性と判明。狙撃犯”ジャッカル”の本性や経歴は謎のまま、物語は終わる。
映画
ジャッカルの日 | |
---|---|
The Day of the Jackal | |
監督 | フレッド・ジンネマン |
脚本 | ケネス・ロス |
原作 | フレデリック・フォーサイス |
製作 | ジョン・ウォルフ |
出演者 |
エドワード・フォックス マイケル・ロンズデール |
音楽 | ジョルジュ・ドルリュー |
撮影 | ジャン・トゥルニエ |
編集 | ラルフ・ケンプレン |
製作会社 |
ユニバーサル・ピクチャーズ Warwick Film Productions Limited Universal Productions France S.A. |
配給 |
ユニバーサル CIC |
公開 |
1973年5月18日 1973年6月 1973年9月14日 1973年9月15日 |
上映時間 | 143分 |
製作国 |
イギリス フランス |
言語 |
英語 イタリア語 フランス語 |
興行収入 | $16,056,255[3] |
1973年にユニヴァーサル映画製作、フレッド・ジンネマン監督、エドワード・フォックス主演で映画化された。パリを含むヨーロッパ各地でのロケ撮影が多用され、ドキュメンタリータッチな作風や特注狙撃銃などの演出により、原作の雰囲気が忠実に再現されている。長身で物静かな容貌のフォックスが寡黙で鋭い眼差しの殺し屋「ジャッカル」を、また英仏のハーフでもあるロンズデールが、一見凡庸げながら粘り強くジャッカルを追い詰めてゆく老練なルベル警視をそれぞれ好演。本作はフォックスの出世作ともなった。
1997年にリチャード・ギア、ブルース・ウィリス主演で『ジャッカル』としてリメイクされた。ただし本作のケネス・ロスによる初期稿に基づいた脚色であり、フォーサイスの原作とは無関係で舞台もアメリカで、時代背景も異なる。
キャスト
役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | ||
---|---|---|---|---|
日本テレビ版 | テレビ朝日版 | テレビ東京版 | ||
ジャッカル | エドワード・フォックス | 山本圭 | 前田昌明 | 野沢那智 |
クロード・ルベル警視 | マイケル・ロンズデール | ハナ肇 | 高木均 | 稲垣隆史 |
モンペリエ男爵夫人 | デルフィーヌ・セイリグ | 水城蘭子 | 鈴木弘子 | |
内務大臣 | アラン・バデル | 小林修 | 家弓家正 | |
コルベール将軍 | モーリス・デナム | 北村弘一 | 大木民夫 | |
ローラン大佐 | ミシェル・オークレール | 仁内建之 | 菅生隆之 | |
デニース | オルガ・ジョルジュ=ピコ | 平井道子 | 小谷野美智子 | 日野由利加 |
キャロン | デレク・ジャコビ | 牛山茂 | ||
トーマス警視 | トニー・ブリットン | 富田耕生 | ||
サンクレール | バリー・インガム | 北村弘一 | ||
ベルティエ刑事局長 | ティモシー・ウェスト | 村松康雄 | 池田勝 | |
マリンソン | ドナルド・シンデン | 宮川洋一 | 阪脩 | |
連絡員ヴァルミ | ヴァーノン・ドブチェフ | 塚田正昭 | ||
ガンスミス | シリル・キューザック | |||
ロダン大佐 | エリック・ポーター | 杉田俊也 | 麦人 | |
バスティアン=ティリー中佐 | ジャン・ソレル | |||
ナレーター | 伊藤惣一 | 小林清志 | 中江真司 |
- テレビ東京版 - 初放送1998年3月26日 『木曜洋画劇場』(本編約115分)
- 演出:小林守夫、翻訳:平田勝茂、調整:高久孝雄、効果:リレーション、制作:東北新社
スタッフ
- 製作;ジョン・ウォルフ
- 監督:フレッド・ジンネマン
- 原作:フレデリック・フォーサイス
- 脚色:ケネス・ロス
- 音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出典
- ^ 早川書房編集部(編) 編『冒険・スパイ小説ハンドブック』早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1992年10月31日。ISBN 4-15-040674-X。
- ^ Steve Rose (October 23, 2010). “Carlos director Olivier Assayas on the terrorist who became a pop culture icon”. The Guardian (London) May 12, 2011閲覧。
- ^ “The Day of the Jackal” (英語). The Numbers. 2013年12月31日閲覧。
関連項目
外部リンク
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- The Day of the Jackal - TCM Movie Database
- The Day of the Jackal - Rotten Tomatoes