コンテンツにスキップ

ふりむけば愛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Tonuyiet (会話 | 投稿記録) による 2022年3月8日 (火) 22:23個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (ロケ地)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ふりむけば愛
監督 大林宣彦
脚本 ジェームス三木
原案 ジェームス三木
製作 堀威夫
笹井英男
出演者 山口百恵
三浦友和
音楽 宮崎尚志
主題歌 三浦友和「ふりむけば愛」
撮影 萩原憲治
編集 鍋島淳
配給 東宝
公開 日本の旗 1978年7月22日
上映時間 92分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 8億6100万円[1][2][3]
テンプレートを表示

ふりむけば愛』(ふりむけば あい)は、1978年製作の日本映画東宝)。山口百恵三浦友和の主演コンビ8作目で、リメイクや原作を持たないコンビ初のオリジナル作品である。監督はCM撮影を通じて師事していた大林宣彦。海外ロケサンフランシスコ)やコンビ初のベッドシーンも話題になった。公開時の惹句は、「愛はいつも偶然から生まれる。杏子が哲夫に出逢ったように――奔放な愛の嵐に打ちひしがれながらも、求め合い育み合う哀しみのラブストーリー」である[4]

キネマ旬報ベストテンでは圏外の第50位だったが、8億6100万円の配給収入を記録、1978年(昭和53年)の邦画配給収入ランキングの第9位となった[1][2][3]

作品内容

サンフランシスコへ一人旅に来た杏子は、金門橋で凧揚げをしていた哲夫と出会い、恋に落ちる。東京での再会を約束して帰国した杏子だったが、哲夫から手紙は来ず、約束の場所を訪ねたが、それらしい店はなかった。

失意の中、杏子は大河内の乗った車にはねられ怪我を負う。杏子を見舞う大河内は杏子に魅かれ、求婚する。杏子の両親は喜ぶが、杏子は哲夫の真意を確かめるために再びサンフランシスコの哲夫の部屋を訪ねる。そこには別の女がいて、杏子は哲夫を罵り、別の男と結婚すると言い捨てて去る。哲夫は杏子の残していったライターを見て、杏子の愛の強さに気付き後を追うが、杏子は帰国してしまう。哲夫は金を工面してようやく帰国、杏子の前に現れるが、杏子の強い拒絶に合う。ついには痴漢呼ばわりされて、大河内に殴られ、雨の路上に倒されてしまう。

杏子は大河内と結婚し、新婚旅行でサンフランシスコを訪れる。大河内が見つけたガイドは哲夫の親友・松本で。松本は二人を馴染みのディスコへ案内する。ステージには哲夫がいて、「ふりむけば愛」をギターで弾き語る。哲夫を見つめる杏子の熱い視線に気づいた大河内は、ステージの男が雨中の痴漢であることを思い出し、哲夫に歩み寄る。哲夫は杏子を自分に返してくれと大河内に頼み、大河内に一方的に殴られる。杏子は自分の哲夫に対する愛に気づき、大河内に謝りその場を去る。大河内は母に電話して離婚の決意を告げる。哲夫は杏子を探して街に出る。

杏子は金門橋に行き、青空に翻るを見る。「杏子」と書かれた凧を揚げる哲夫に杏子は駆け寄り、二人は強く抱き合うのであった。

製作経緯

企画

大林は『HOUSE』を作る以前に構想段階であった『さびしんぼう』を作ろうとして、当時手掛けていたCMに出演していた誰かを主演にと探していて、見つけ次第具体化しようと計画していた[5][6]。当時仕事をしていたホリプロの笹井英男プロデューサーにもホリプロに入ったばかりの山口百恵を紹介されて会った[5]。1974年に百恵がグリコのCMに起用され大林が百恵のCMを作ることになった[6][7]。このCMシリーズで百恵がお兄ちゃんに対する憧れを持つという企画が上がり、大林がイメージしたお兄ちゃん役に、笹井プロデューサーがホリプロの系列事務所にいた三浦友和を大林に紹介し大林が起用を決めた[5][6][8]。この後、百恵の映画デビュー作も大林が最初に監督をオファーされたが[6]、百恵が忙しすぎて撮影に取れるのは3日しかないと言われ断った[6]。結局百恵のデビュー作『伊豆の踊子』は、西河克己が監督を務め[6][7]、"百恵友和コンビ"でヒットし、以降も二人のコンビで映画は文芸作品のリメイクが続いた[6][9]。しかし友和は本来、萩原健一松田優作のような反体制を引きずる役者に憧れ[10]、同世代の俳優の活動に比べて、"百恵友和コンビ"による文芸路線が続くことに不満を抱えており[11]、友和がふてくされているとホリプロに伝わり本企画が浮上したといわれる[10]

脚本・撮影

大林と脚本のジェームス三木は古典的なアイドル映画作り、その原点たるスター映画の構造を焙り出したいと、敢えて陳腐な話を考えた[6]。評論家筋からも酷評されている[6]。大林演出による"百恵友和コンビ"のグリコCMシリーズも映画と同様に続き、結局二人の出会いから結婚までの7年間続いた[8]。この間、演出側に興味を持っていた友和は大林の横に常に立ち、技術的な質問をしたりし、大林が百恵に友和を見て演技するよう指示した[6]。2~3年たつと百恵の視線が"カット"後も友和から離れなくなった[7]。幼い憧れが恋となり、やがて愛にまで育っていくというCMの企画が、そのまま二人の現実と一体化してしまった[5]。スタッフの間でも百恵が友和に好意を持っていると話題になり[6]、大林もカット尻に百恵の恋心を発見したため、この感情を引用し、カット尻が虚構ではなく、虚構が現実になりつつあるその過程を捉えるという「カット尻の映画」にしてやろうと考えた[5][6]。シナリオにあるセリフ、動きが終わっても、大林はカットをかけず黙っていた。すると二人はまだ何かをやらなければならない。本作のセリフがないシーンや、何か情景だけのシーンは、シナリオに書かれていることの後のカットを繋いだもの。ラストシーンは最後までカットをかけず、フィルムが無くなって映画が終わる[6]

ホリプロがせっかくオリジナルでやるのだからと海外ロケを提案し、サンフランシスコだけという条件を出した[6]。このため東京とサンフランシスコを行きつ戻りつしながら撮影が行われ、本作を切っ掛けに山口百恵と三浦友和は結婚にふみきることを決意したといわれる[12]

山口百恵は本作で初めて上半身のみ、何も纏わず撮影した[13]

タイトル

「ふりむけば愛」という題名は、大林が「この二人は、僕と5年近くコマーシャルをやっているうちに、幼なじみだったのがいつの間にか気がついたら恋人になっていたんだよな、フッと振り向いたらそこに恋人がいたんだよ」と言ったら、三木が「ああ、ふりむけば愛ですね、それで行きましょう」という会話から付けた[6][9][14]。しばらくして「○○すれば○○」といういい方が広告業界に流行した[14]

キャスト

スタッフ

ロケ地


同時上映

お嫁にゆきます

脚注

  1. ^ a b 全回史 2003, pp. 230–231
  2. ^ a b 「昭和53年」(80回史 2007, pp. 248–255)
  3. ^ a b 「1978年」(85回史 2012, pp. 362–370)
  4. ^ 「山口百恵――ふりむけば愛」(なつかし2 1990, p. 142)
  5. ^ a b c d e #この指、12-19頁
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o #体験的仕事論、242-243、252-260頁
  7. ^ a b c 紙面復刻:山口百恵伝説ここに(4)- 日刊スポーツ” (2010年3月10日). 2010年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月18日閲覧。
  8. ^ a b 大林宣彦監督 旭日小綬章受章祝賀会 三浦友和さん祝辞 -山陽日日新聞
  9. ^ a b #ワンダーランド、118-123頁
  10. ^ a b 三浦友和 2011, pp. 70–71.
  11. ^ 三浦友和「追悼 西河克己監督 僕の原点を作ってくださった恩人」『キネマ旬報』2010年(平成22年)6月下旬号 155頁、キネマ旬報社。 
  12. ^ #ワールド、17頁
  13. ^ #蒼い時、45-46頁
  14. ^ a b #むうびい、209頁

参考文献

  • 山口百恵『蒼い時』集英社、1980年。 
  • 大林宣彦『むうびい・こんさあと』音楽之友社、1987年。ISBN 4-276-21121-2 
  • A MOVIE・大林宣彦(芳賀書店、1987)
  • 大林宣彦『映画、この指とまれ』徳間書店アニメージュ#レーベルアニメージュ文庫〉、1990年。ISBN 4-1966-9627-9 
  • 『映画監督 さびしんぼうのワンダーランド』実業之日本社〈仕事-発見シリーズ(26)〉、1992年。ISBN 4-408-41071-3 
  • 大林宣彦/PSC監修『大林宣彦ワールド 時を超えた少女たち』近代映画社、1998年。ISBN 4-7648-1865-5 
  • 三浦友和『相性』小学館、2011年。ISBN 978-4093882125 
  • 大林宣彦・中川右介『大林宣彦の体験的仕事論 人生を豊かに生き抜くための哲学と技術』PHP研究所、2015年。ISBN 978-4569825939 
  • 日高靖一ポスター提供・監修『なつかしの日本映画ポスターコレクション PART2』(永久保存)近代映画社、1990年2月。ISBN 978-4764816404 
  • 『キネマ旬報ベスト・テン全史 1946-2002』キネマ旬報社キネマ旬報ムック〉、2003年4月。ISBN 978-4873765952 
  • 『キネマ旬報ベスト・テン80回全史 1924-2006』キネマ旬報社〈キネマ旬報ムック〉、2007年7月。ISBN 978-4873766560 
  • 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』キネマ旬報社〈キネマ旬報ムック〉、2012年5月。ISBN 978-4873767550 

外部リンク