広島県立大柿高等学校
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広島県立大柿高等学校 | |
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北緯34度10分26.1秒 東経132度27分37秒 / 北緯34.173917度 東経132.46028度座標: 北緯34度10分26.1秒 東経132度27分37秒 / 北緯34.173917度 東経132.46028度 | |
過去の名称 |
大柿高等学校 広島県大柿高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 広島県 |
学区 | 広島県内一円・全国 |
併合学校 |
大柿高等女學校 中村高等女學校 |
校訓 | 克己 |
設立年月日 | 1940年(昭和15年) |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | D134210000257 |
高校コード | 34112G |
所在地 | 〒737-2213 |
広島県江田島市大柿町大原1118-1 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
広島県立大柿高等学校(ひろしまけんりつおおがきこうとうがっこう, Hiroshima Prefectural Ogaki High School)は、広島県江田島市大柿町大原に所在する公立の高等学校。
設置学科
概要
- 歴史
- 1940年(昭和15年)に開校した実科高等女学校2校(大柿・中村)を前身とする。2010年(平成22年)に創立70周年を迎えた。
- 校訓
- 「克己」(こっき)。1964年(昭和39年)に制定。
- 校章
- 1949年(昭和24年)当時に在校していた1年生江木昇の図案により決定。
- 校歌
- 1948年(昭和23年)に制定。作詞は長坂堯雄、作曲は山本秀による。歌詞は3番まであり、校名は歌詞に登場しない。各番とも「いざ共に」で終わる。
- 校地
- 広島湾に浮かぶ能美島の南部(東能美島の中部)にあり、瀬戸内海の温暖な気候と風光明媚な場所にある。その反面、過疎と高齢化の問題が深刻である。
沿革
- 高等女学校時代
- 1940年(昭和15年)3月14日 - 「大柿実科高等女学校」と「中村実科高等女学校」が設置される。
- 1941年(昭和16年)
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 「大柿高等女学校」と「中村高等女学校」に改称(校名から「実科」が除かれる)。
- 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限を3ヶ年に改定。
- 新制高等学校
- 1948年(昭和23年)
- 1949年(昭和24年)
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 生活科を家政科へ改称。
- 1963年(昭和38年)
- 1964年(昭和39年)
- 1966年(昭和41年)3月21日 - 本館教室棟が完成。
- 1967年(昭和42年)
- 1973年(昭和48年)10月 - 早瀬大橋が開通し、音戸大橋経由で広島県本土と結ばれる。
- 1981年(昭和56年)7月 - PTA新聞「陀峯」を創刊。
- 1982年(昭和57年)3月15日 - 特別教室棟(新館)が完成。旧教室を解体し語らいの広場(中庭)が完成。
- 1984年(昭和59年)11月 - 家政科で1日体験入学を開始。
- 1985年(昭和60年)4月1日 - 格技場が完成。
- 1987年(昭和62年)6月 - 進路学習の一環として「いち早く進路見学」を実施。
- 1988年(昭和63年)11月 ~ グラウンドの改修と本館リフレッシュ工事を実施。
- 1989年(平成元年)
- 1990年(平成2年)4月1日 - 家政科の募集を停止。
- 1992年(平成4年)
- 3月31日 - 家政科を廃止。
- 6月20日 - 旧体育館兼講堂とプールが撤去され、体育館が完成。
- 1996年(平成8年)3月20日 - 特別教室棟(新館)にエレベーターを設置。
- 2002年(平成14年)2月25日 - トイレ美化運動の取組みにより、本館トイレを全面改修。
- 2003年(平成15年)1月31日 - 特別教室棟(新館)リフレッシュ工事を実施。情報処理教室を移設。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 大君分校の募集を停止。
- 2009年(平成21年)3月31日 - 大君分校を廃止。
部活動
- 体育部
- 文化部
対外関係・交流協定校
交通アクセス
- 最寄りのバス停
- 最寄りの道路
- 国道487号・広島県道300号深江柿浦線 「大柿町大原」交差点
周辺
- 江田島市立大古保育園
- 江田島市立大古小学校(おおふる)
- 江田島市立大柿中学校
- 江田島市役所大柿支所
- 大柿公民館
- 江田島警察署大柿交番
- 大柿郵便局
出身者
- 田中達美(江田島市長)