柳津町 (岐阜県)
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やないづちょう 柳津町 | |||||
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廃止日 | 2006年1月1日 | ||||
廃止理由 |
編入合併 柳津町→岐阜市 | ||||
現在の自治体 | 岐阜市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
都道府県 | 岐阜県 | ||||
郡 | 羽島郡 | ||||
市町村コード | 21304-7 | ||||
面積 | 7.77 km2 | ||||
総人口 |
13,424人 (推計人口、2005年12月1日) | ||||
隣接自治体 | 岐阜市、羽島市、羽島郡笠松町 | ||||
町の木 | やなぎ | ||||
町の花 | むらさきはなな | ||||
町の色 町のキャラクター |
萌黄色 やなちゃん | ||||
柳津町役場 | |||||
所在地 |
〒501-6180 岐阜県羽島郡柳津町宮東1丁目1番地 | ||||
外部リンク | 柳津町 (Internet Archive) | ||||
座標 | 北緯35度21分58秒 東経136度44分17秒 / 北緯35.366度 東経136.738度座標: 北緯35度21分58秒 東経136度44分17秒 / 北緯35.366度 東経136.738度 | ||||
特記事項 | |||||
ウィキプロジェクト |
柳津町(やないづちょう)は、かつて岐阜県羽島郡にあった町である。2005年(平成17年)国勢調査における岐阜市への通勤率は24.0%だった。2006年(平成18年)1月1日、隣接する岐阜市に編入合併された。合併後は岐阜市の地域自治区として柳津町が設置された。
地理
岐阜県南部にあり、濃尾平野に位置していた。木曽川の西側、長良川の東側に位置し、町の中央部を境川が流れていた。古くは水害に悩まされ、松枝輪中という輪中に属していた。
河川
歴史
戦国時代末期まで現在の境川が木曽川であり、当時の木曽川より南側は尾張国葉栗郡であった。しかし1586年(天正14年)に木曽川が大洪水を起こして流れが変わり、南方へ移動した。豊臣秀吉は新たな流れを美濃尾張の境とし、尾張国の葉栗郡と中島郡の一部を美濃国に編入した。羽島郡は尾張の葉栗郡と中島郡の一部が美濃国へ移った地域である。
年表
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制施行により羽栗郡柳津村が成立する。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 羽栗郡から羽島郡に移る[1]。
- 1956年(昭和31年)9月26日 - 稲葉郡佐波村を編入。町制を施行して柳津町となる[2]。
- 1973年(昭和48年)4月1日 - 羽島郡笠松町と境界変更。笠松町の一部を編入[2]。
- 1992年(平成4年)11月1日 - 羽島市と境界変更。
- 2006年(平成18年)1月1日 - 岐阜市に編入される[2]。
人口
- 1980(昭和55)年 - 9,874人(15歳未満23.8%・15〜64歳68.1%・65歳以上8.1%)
- 1985(昭和60)年 - 10,431人(15歳未満20.9%・15〜64歳70.7%・65歳以上8.5%)
- 1990(平成2)年 - 10,825人(15歳未満17.1%・15〜64歳73.6%・65歳以上9.3%)
- 1995(平成7)年 - 11,440人(15歳未満15.7%・15〜64歳73.1%・65歳以上11.2%)
- 2000(平成12)年 - 12,334人(15歳未満16.0%・15〜64歳70.3%・65歳以上13.7%)
- 2005(平成17)年 - 13,436人(15歳未満16.3%・15〜64歳68.0%・65歳以上15.7%)
※人口は各年の10月1日現在(国勢調査による)
行政
町長
- 初代:伊藤千代太郎
- 2代目:水野周一
- 3代目:伊藤千代太郎
- 4代目:竹市鼎
- 5代目:速水仙一
- 6代目:伊藤利昭
- 7代目:伊藤郁雄
- 8代目:広瀬昇
経済
教育
高等学校
中学校
- 公立
- 私立
小学校
- 公立
- 私立
2006年以前に廃校となった学校
- 岐阜県立羽島高等学校柳津分校(1981年廃校)
- 柳津町立蘇西中学校(1963年廃校)
- 柳津町立佐波小学校(1960年廃校)
交通
鉄道
路線バス
道路
名所・旧跡・観光スポット
出身有名人
脚注
関連項目
外部リンク
- 柳津地域事務所 - 岐阜市
- 柳津町商工会
- 岐阜市・柳津町合併協議会
- 柳津町ホームページ(2005/12/26アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project