高木顕明
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高木 顕明(たかぎ けんみょう、1864年6月24日(元治元年5月21日) - 1914年(大正3年)6月24日)は、真宗大谷派の僧侶。幸徳事件(大逆事件)の被告の一人である。
来歴
尾張国西春日井郡下小田井村(現・愛知県清須市)生まれ。尾張小教校(のちの旧制尾張中学、現在の名古屋大谷高等学校)修了。和歌山県新宮市浄泉寺12代住職。旧姓は山田、幼名は妻二郎。
日露戦争では日本でも数少ない非戦論者の一人であり、公娼制度にも反対し、次第に社会主義に接近していった。
1910年(明治43年)、幸徳秋水の談話会を浄泉寺で開催したことから幸徳事件(大逆事件)の関与を疑われ逮捕される。当初、死刑判決に処された[1]が、後に無期懲役に減刑された[2]。
1910年(明治43年)、真宗大谷派から除籍(僧籍削除)の処分を付された。この時の処分は家族にも及び、一家が寺から退去させられる重いものであった。1914年、秋田刑務所で服役中に自殺。享年51(満50歳没)。生没同日。
死後80年余を経た1996年(平成8年)4月1日、真宗大谷派から僧籍復帰の名誉回復がなされた。現在、新宮市内に顕彰碑が建つ。
ドキュメンタリー
関連書籍
著作
- 『余が社会主義』(1904年)
高木顕明を扱った書籍
- 玉光順正『高木顕明 大逆事件に連座した念仏者』(真宗ブックレットNo.8、真宗大谷派、2000年)
- 大東 仁 (著) 大逆の僧 高木顕明の真実―真宗僧侶と大逆事件 (出版社: 風媒社 (2011/04))
- 極楽の人数: 高木顕明『余が社会主義』を読む 菱木政晴 白澤社 (2012/1/1)
高木顕明を扱った論文
- 泉恵機「高木顕明の事績について」『身同』第十四号(真宗大谷派宗務所、1995年)
- 泉恵機「高木顕明の行実」『真宗』一九九六年三月号(真宗大谷派宗務所、1996年)
脚注
- ^ 新聞集成明治編年史編纂会 編「幸徳傅次郎等無政府主義者の大逆事件 = 判決下る 大審院の特別裁判◇二十四名死刑〔一・一九、東朝〕」『新聞集成明治編年史』 14巻(3版)、林泉社、1940年6月28日、359-364頁。NDLJP:1920445/202。
- ^ 新聞集成明治編年史編纂会 編「畏し = 大逆の徒に恩命下る 二十四名中十二名は無期懲役〔一・二一、東朝〕」『新聞集成明治編年史』 14巻(3版)、林泉社、1940年6月28日、364頁。NDLJP:1920445/205。
- ^ “シリーズ 歎異抄にであう 無宗教からの扉 (6)「慈悲の実践」”. NHK (2022年9月18日). 2022年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月17日閲覧。