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常総学院中学校・高等学校

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常総学院中学校・高等学校
地図北緯36度3分26秒 東経140度9分49.8秒 / 北緯36.05722度 東経140.163833度 / 36.05722; 140.163833座標: 北緯36度3分26秒 東経140度9分49.8秒 / 北緯36.05722度 東経140.163833度 / 36.05722; 140.163833
過去の名称 常総学院中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人常総学院
設立年月日 1905年
創立記念日 10月1日
創立者 渡辺嘉重
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
学校コード D108320300039 ウィキデータを編集(高等学校)
C108320300013 ウィキデータを編集(中学校)
高校コード 08517A
所在地 300-0849
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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常総学院中学校・高等学校(じょうそうがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、茨城県土浦市中村西根に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校高等学校。通称は「常総」もしくは「常総学院」

概要

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常総学院中学校は原則として常総学院高等学校に進学する中高一貫教育を実施している。常総学院高等学校は中学校からの進学のほかに入学者を募集している。それぞれの就学年数は3年。学校所在地は土浦市であるが、その位置は、つくば市との市境であり、野球部の寮もつくば市に位置する[1]

沿革

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常総学院中学

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1905年神奈川県小田原小学校長、大分県大分小学校長を歴任していた渡辺嘉重によって中家村下高津台の常福寺境内に常総学院中学として創立された[2]。第一回の卒業生は5名、第二回は17名、第三回から第七回までは大体数十名くらいの卒業生を送り出した。 大正時代に入り、渡辺嘉重の自宅のあった土浦の鷹匠町(現在の土浦市中央)に校舎一棟を建築し、1913年3月20日 に完成。入学生徒も一挙に倍近く増加し、県知事の臨時視察を受けた。1921年4月からは、普通科三ヶ年の外、新たに中学部五ヶ年制を敷く[3]1938年には土浦の水害が発生したが、入学生は増加。しかし、戦時体制の強化による生徒要因の必要度増加によって修業年限を短縮する非常措置が取られ、1943年の卒業式を以って閉鎖された[4]

年表

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校訓・校歌

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アクセス

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部活動

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常総学院高等学校の部活動においては野球部、吹奏楽部の活躍が著名である[6]

野球部は選抜高等学校野球大会(春の甲子園)10回、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)16回(ただし春の甲子園のうち1987年春〈第59回〉のみ辞退校の代替として急遽出場したもの)出場しており、春夏を通じて優勝2回、準優勝2回の成績を残している。(甲子園通算成績:選手権28勝15敗/選抜14勝9敗)

吹奏楽部は規定による欠場はあるが、ほぼ毎年全日本吹奏楽コンクールに出場し、2021年までに金賞を14回、銀賞を5回、銅賞を3回受賞している。

野球部・剣道部・水泳部・ラグビー部・バレーボール部・サッカー部・駅伝部・バドミントン部・吹奏楽部は強化部に指定されている。

著名な出身者

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財界

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文化・芸術

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芸能

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スポーツ

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野球 

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サッカー

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バドミントン

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ラグビー

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その他のスポーツ

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その他

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著名な教職員・関係者

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脚注

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参考文献

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  • 土浦市史編さん委員会 編『土浦市史』土浦市史刊行会、昭和50年、1156pp.

関連項目

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外部リンク

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