「野田城 (陸奥国)」の版間の差分
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== 歴史・沿革 == |
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中世の城郭。築城年代など詳細不明であるが、[[南部氏|南部]][[一戸氏]]一門の野田氏の居城と伝わる。 |
中世の城郭。[[築城]]年代など詳細不明であるが、[[南部氏|南部]][[一戸氏]]一門の野田氏の居城と伝わる。 |
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天正20年([[1592年]])の[[南部大膳大夫分国之内諸城破却共書上|諸城破却書上]]には、「乙部 山城 破 一戸 掃部助 持分」とあり、破却されたあとに野田氏は宇部館(現 久慈市宇部)に住した<ref name = "城郭">(日本城郭大系 第2巻)</ref>。 |
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== 脚注 == |
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2013年7月19日 (金) 15:20時点における版
概要
野田城は陸奥国糠部郡野田村に所在し、野田村の平野部丘陵地に位置した。
歴史・沿革
中世の城郭。築城年代など詳細不明であるが、南部一戸氏一門の野田氏の居城と伝わる。
天正20年(1592年)の諸城破却書上には、「乙部 山城 破 一戸 掃部助 持分」とあり、破却されたあとに野田氏は宇部館(現 久慈市宇部)に住した[1]。
脚注
- ^ (日本城郭大系 第2巻)
参考資料
- (有)平凡社地方資料センター『日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名』平凡社、1990年7月13日。ISBN 4-582-91022-X。
- 菅英志『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』新人物往来社、1980年7月15日。