WHO必須医薬品モデル・リスト
WHO必須医薬品モデル・リスト(ダブリュー・エイチ・オーひっすいやくひんモデル・リスト、英語: WHO Model List of Essential Medicines , EML)とは、世界保健機関 (WHO) が策定した、現代的な医療水準を維持するために必須と考えられる医薬品類(essential medicines , E-Drug)のことである。重要な医薬品を取り揃える際の選定例として活用されており、リストには約300品目の医薬品が収載されている。このリストは医薬品の入手が困難な開発途上国において、入手しやすいことも考慮して選定されており、医療援助の際に、最小限必要な医薬品選定の際の指標ともされている[1]。「WHOエッセンシャル・ドラッグ」とも呼ばれる。
概要
[編集]世界保健機関 (WHO) は、1975年の第28回総会において必須医薬品(essential drugs)というコンセプトを採択した。これは
人口の大部分におけるヘルスケア上のニーズを満たすものである; そのために、適切な量・適切な剤形で個人やコミュニティが入手しうる価格であるべきだ — WHO、The Use of Essential Drugs: Ninth Report of the WHO Expert Committee[2]
とされており、各国が必要と国情に応じて策定することとされた。同総会において、WHA 28.66 (必須医薬品活動に関する決議) を採択し、WHOは加盟各国における必須医薬品の策定に関して助言していくこととなった。その一環として、各国の必須医薬品リストのモデルとなるリストとして策定されたのが、本リストである。なお必須医薬品は、1978年のアルマ・アタ宣言において、プライマリ・ヘルス・ケア (PHC) の8要素の1つとして数えられている[3]。
当初は「WHO Model List of Essential Drugs」と称されており、初版は1977年に、208種類の医薬品を収載して、必須医薬品の選択に関する専門委員会(WHO Expert Committee on the Selection of Essential Drugs)第1回報告に掲載された。モデル・リストは当初2年から3年の1回改訂されていたものの、1987年以降は2年毎に改訂されており、2021年現在、2019年に改訂された第21版が最新である。初版以後、しばらく収載品目数は増加してきたのに対して、近年は削除品目も検討されて整理が進み、320品目前後で推移している。また2007年10月より小児版(12歳以下のための必須医薬品リスト)もリリースされており、こちらは2021年現在、第7版が最新である。なお同委員会は、1982年に開催された3回目の委員会でWHO Expert Committee on the Use of Essential Drugsと改名され、その後も改称された結果、2003年以降はWHO Expert Committee on the Selection and Use of Essential Medicinesと称されている[4]。
なお、必須医薬品というコンセプトの創出に当たっては、当時、薬剤政策管理部門のチーフであった中嶋宏が中心的な役割を果たしたことが知られている。ただし先進国においては、その国で既に一般的に用いられている医薬品が充実しているため、敢えて必須医薬品リストが策定されていないことも多い[5]。
大人用薬品リスト 第17版
[編集]麻酔関連
[編集]鎮痛薬・NSAIDs・DMARDs
[編集]- アセトアミノフェン
- 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)
- オピオイド
- 抗痛風薬
- アロプリノール - キサンチンオキシダーゼ阻害薬
- 抗リウマチ薬 (DMARDs)
抗アレルギー薬
[編集]- クロルフェニラミン - 抗ヒスタミン薬
- アドレナリン - カテコールアミン
- 副腎皮質ホルモン薬
- コルチゾール - ステロイドホルモン (糖質コルチコイド)
- プレドニゾロン - ステロイド系抗炎症薬 (中時間作用型)
- デキサメタゾン - ステロイド系抗炎症薬 (長時間作用型; リン酸エステル型)
抗体および抗毒物療法
[編集]- 活性炭
- アセチルシステイン (NAC) - 去痰薬 (粘液溶解剤)
- アトロピン - 有機リン化合物中毒治療薬。
- ナロキソン - オピオイド拮抗薬。
- グルコン酸カルシウム - 低カルシウム血症治療薬。
- メチレンブルー - メトヘモグロビン血症治療薬。
- プルシアンブルー - タリウム中毒治療薬、鉄染色剤。
- 亜硝酸ナトリウム - シアン化物中毒治療薬。
- チオ硫酸ナトリウム - シアン化物中毒治療薬。
- キレート薬
抗痙攣薬・抗てんかん薬
[編集]- カルバマゼピン (CBZ) - イミノスチルベン系抗てんかん薬・向精神薬
- ジアゼパム - ベンゾジアゼピン系抗不安薬、抗痙攣薬、鎮静薬
- ロラゼパム - ベンゾジアゼピン系抗不安薬・催眠/鎮静剤
- 硫酸マグネシウム - 便秘・子癇治療薬。
- フェノバルビタール - バルビツール系催眠・抗不安・抗てんかん薬。
- フェニトイン - ヒダントイン系抗てんかん薬。
- バルプロ酸ナトリウム - 抗痙攣薬・気分安定薬。
- エトスクシミド (ESM) - スクシミド系抗痙攣薬。
抗感染症薬
[編集]駆虫薬
[編集]- 腸管駆虫薬
- フィラリア駆除薬
- アルベンダゾール
- ジエチルカルバマジンクエン酸塩
- イベルメクチン - マクロライド系。
- 住血吸虫駆除薬
- プラジカンテル - 吸虫駆除薬。
- トリクラベンダゾール - ベンゾイミダゾール系。
- オキサムニキン - マンソン住血吸虫駆除薬。
抗菌薬
[編集]- 細胞壁合成阻害剤
- バンコマイシン (VCM)
- β-ラクタム系抗生物質
- ペニシリン系
- ベンジルペニシリン (PCG)
- ベンジルペニシリン・ベンザチン (DBECPCG) - 耐酸性ペニシリン
- プロカインベンジルペニシリン
- フェノキシメチルペニシリン (ペニシリンV: PCV) - 耐酸性ペニシリン。日本未承認
- クロキサシリン (MCIPC) - ペニシリナーゼ耐性ペニシリン。日本未承認
- アンピシリン (ABPC) - アミノペニシリン
- アモキシシリン (AMPC) - 耐酸性アミノペニシリン
- アモキシシリン・クラブラン酸 (AMPC/CVA) - βラクタマーゼ阻害剤・ペニシリン合剤
- セフェム系
- カルバペネム系
- イミペネム・シラスタチン (IMP/CS)
- ペニシリン系
- タンパク質合成阻害剤 (リボソーム阻害剤)
- DNA阻害剤
- その他抗菌剤
- 抗らい菌薬
- クロファジミン
- ジアフェニルスルホン (DDS)
- リファンピシン (RFP)
- 抗結核薬
抗真菌薬
[編集]抗ウイルス薬
[編集]抗原虫薬
[編集]- 抗アメーバ・鞭毛虫薬
- 抗リーシュマニア薬
- 抗マラリア薬
- 抗ニューモシスティス・トキソプラズマ薬
- ピリメタミン
- スルファジアジン
- ST合剤 (スルファメトキサゾール+トリメトプリム)
- ペンタミジン
- 抗トリパノソーマ薬
抗片頭痛薬
[編集]化学療法薬
[編集]抗パーキンソン病薬
[編集]血液及び造血器系に作用する薬
[編集]- 貧血治療薬
- 凝固線溶系薬
- 異常ヘモグロビン症治療薬
血液製剤と代用血漿
[編集]心血管系に作用する薬
[編集]- 抗狭心症薬
- 抗不整脈薬
- 高血圧治療薬
- アムロジピン - Ca拮抗薬 (ジヒドロピリジン系)
- ビソプロロール - β遮断薬 (β1選択性、ISA(-))
- エナラプリル - ACE阻害薬
- ヒドララジン - 血管拡張薬
- ニトロプルシド - 血管拡張薬
- ヒドロクロロチアジド (HCTZ) - サイアザイド系利尿薬
- メチルドパ - 中枢性α2作動薬
- 心不全治療薬
- 抗血栓薬
- 脂質異常症治療薬
皮膚に作用する薬
[編集]診断試薬
[編集]- 眼科領域
- 造影剤
- アミドトリゾ酸 - 水溶性・イオン性造影剤。尿路・肝胆膵管・関節・唾液腺造影に用いる。
- 硫酸バリウム - 経口・注腸で消化管X線造影に用いる。
- イオヘキソール - 水溶性・非イオン性造影剤。尿路・血管撮影,CTにおける脳槽・脊髄造影に用いる。
- イオトロクス酸メグルミン - 水溶性・イオン性造影剤。胆嚢・胆管撮影に用いる。
殺菌消毒薬
[編集]利尿剤
[編集]- アミロライド - カリウム保持性利尿薬。日本では臨床使用されていない。
- フロセミド - ループ利尿薬
- ヒドロクロロチアジド - サイアザイド系 (チアジド系) 利尿薬
- マンニトール - 浸透圧性利尿剤
- スピロノラクトン - 抗アルドステロン薬 (カリウム保持性利尿薬)。
消化器系に作用する薬
[編集]- 消化酵素剤
- 潰瘍治療薬
- オメプラゾール (OPZ) - プロトンポンプ阻害薬
- ラニチジン - ヒスタミンH2受容体拮抗薬
- 制吐薬
- 消炎薬
- サラゾスルファピリジン (SASP、SSZ)
- コルチゾール (CORT)
- 瀉下薬
- センノシド
- 下痢症治療薬
内分泌に作用する薬
[編集]- 副腎皮質ホルモン薬
- アンドロゲン
- 避妊薬
- 経口避妊薬
- エチニルエストラジオール+レボノルゲストレル
- エチニルエストラジオール+ノルエチステロン
- レボノルゲストレル
- 静注避妊薬
- シピオン酸エストラジオール+メドロキシプロゲステロン酢酸エステル
- メドロキシプロゲステロン酢酸エステル
- ノルエチステロンエナント酸
- 子宮内避妊器具
- ペッサリー
- コンドーム
- ミレーナ
- 経口避妊薬
- エストロゲン
- インスリン・経口血糖降下薬
- 排卵誘発剤
- 黄体ホルモン
- 甲状腺ホルモン・抗甲状腺薬
- チロキシン (T4)
- ヨウ化カリウム (KI)
- プロピルチオウラシル
- 複方ヨード・グリセリン
免疫学的製剤
[編集]筋弛緩剤・コリンエステラーゼ阻害剤
[編集]眼科領域の薬
[編集]- 抗感染症薬
- 抗炎症薬
- プレドニゾロン (PSL)
- 局所麻酔薬
- 縮瞳薬・緑内障治療薬
- ピロカルピン - 非選択的ムスカリン受容体刺激薬
- アセタゾラミド - 炭酸脱水酵素阻害薬
- チモロール - 交感神経β受容体遮断薬
- 散瞳薬
- アトロピン
- アドレナリン
子宮収縮・収縮抑制剤
[編集]腹膜透析液
[編集]- 腹膜透析液
精神科領域の薬
[編集]- 抗精神病薬
- クロルプロマジン - フェノチアジン系定型抗精神病薬
- フルフェナジン - フェノチアジン系定型抗精神病薬
- ハロペリドール - ブチロフェノン系定型抗精神病薬
- 気分障害治療薬
- 抗うつ薬
- 双極性障害治療薬
- カルバマゼピン (CBZ)
- 炭酸リチウム
- バルプロ酸ナトリウム
- 不安障害治療薬
- 強迫性障害治療薬
- 向精神薬中毒治療薬
呼吸器系に作用する薬
[編集]- 気管支喘息および慢性閉塞性肺疾患の治療薬
- ベクロメタゾン - ステロイド系抗炎症薬
- ブデソニド - 糖質コルチコイド
- アドレナリン
- イプラトロピウム臭化物
- サルブタモール - 短時間作用性交感神経β2受容体作動薬 (SABA)
電解質・酸塩基平衡補正薬
[編集]ビタミン・ミネラル
[編集]- レチノール - ビタミンAの一種
- チアミン - ビタミンB1
- リボフラビン - ビタミンB2
- ニコチンアミド - ビタミンB3
- ピリドキシン - ビタミンB6
- アスコルビン酸 - ビタミンC
- エルゴカルシフェロール - ビタミンD2
- コレカルシフェロール - ビタミンD3
- グルコン酸カルシウム
- フッ化ナトリウム (NaF)
- ヨウ素 (I)
小児耳鼻咽喉科領域の薬剤
[編集]- 酢酸
- ブデソニド
- シプロフロキサシン (CPFX)
- キシロメタゾリン - アドレナリンα受容体作動薬
新生児医療領域の薬剤
[編集]出典
[編集]- ^ 荒川博之『図解入門業界研究最新医薬品業界の動向とカラクリがよーくわかる本』秀和システム、2008年。ISBN 9784798021058 。
- ^ “The Use of Essential Drugs: Ninth Report of the WHO Expert Committee” (英語). WHO. 2012年12月12日閲覧。
- ^ 斉尾武郎、栗原千絵子、松本佳代子、丁元鎮「必須医薬品の歴史と医薬品の合理的使用の今日的課題」(PDF)『臨床と薬物治療』第20巻第1号、2001年、85-89頁、2012年12月12日閲覧。
- ^ WHO (2003年). “THE SELECTION AND USE OF ESSENTIAL MEDICINES” (PDF) (英語). 2012年12月12日閲覧。
- ^ 福井次矢「WHO必須医薬品モデルリストの選定―専門家委員会のセクレタリアートとして―」『臨床評価』第28巻第3号、2001年、499-504頁。
参考文献
[編集]- 世界保健機関 (2011年3月). “WHO Model List of Essential Medicines - 17th edition” (PDF) (英語). 2012年12月12日閲覧。
- “WHO Model Lists of Essential Medicines” (英語). 世界保健機関 (2021年9月). 2023年6月26日閲覧。