コロナ禍が始まったばかりの頃、20代後半のリアさんは顔ににきびができていることに気づき、皮膚科に行った。医師はマスクが原因だろうと言った。やがて顎にヒゲが生えてきたが、自分の民族的背景のせいだろうと思った。だが、食生活も活動的なライフスタイルも変わっていないのに体重が増え始めると、さすがに不安になってかかりつけ医に相談した。
検査の結果、男性ホルモンの一種であるテストステロンの値が高いことが明らかになった。かかりつけ医は「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」だと診断し、体重を減らすよう助言した。それから3年が過ぎ、複数の医師にかかったリアさんは、ソーシャルメディアに答えを求めるようになった。ところが、そこは誤情報の巣窟だった。
リアさんは、「PCOSTok」(TikTokユーザーがPCOSに関するコンテンツを含む動画に付けるハッシュタグ)の動画を見ることは医師の診察を受けることより楽しいが、そこで見たり読んだりする情報の多くが間違っているように感じると話す。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?
専門家によると、PCOSは顔や体の多毛から不妊までさまざまな症状を引き起こすホルモン疾患で、女性の6~20%がかかると推定されている。米国では、(1)月経異常、(2)男性ホルモン(テストステロンなど)が多い、(3)超音波検査で卵巣に嚢胞(のうほう)と呼ばれる未成熟な卵胞(卵子とそれを取り囲む細胞による構造)が多数確認できる、という3つの症状のうち2つを満たす場合にPCOSと診断される(編注:日本産科婦人科学会による診断基準では、上記(2)が「血中男性ホルモン高値または黄体形成ホルモン(LH)基礎値高値かつ卵胞刺激ホルモン(FSH)基礎値正常」とされ、3つの症状のすべてを満たす場合に診断される)。
PCOSは不妊に悩む女性が診断されることが多いが、妊娠以外にも多くのことに影響する。PCOSのある女性は、心臓病、糖尿病、不安障害、うつ病、不眠症、肥満、子宮体がん、軽度の慢性炎症などのリスクが高い。男性ホルモンはインスリン(血中の糖が細胞に取り込まれるのを助けるホルモン)と相互作用する。PCOSの女性の65~95%にインスリン抵抗性(インスリンの働き具合が悪い状態)があり、米疾病対策センター(CDC)によれば半数以上が40歳までに2型糖尿病を発症するという。
「PCOSを生殖だけの問題だと誤解している人は多く、医師でもそう思っている人が少なくありません」と、PCOSの治療を専門とする総合婦人科医のジェニファー・ローランズ氏は言う。実際には、PCOSは生殖だけでなく代謝にも関わる疾患なのだ。
PCOSの原因や、症状の個人差が大きい理由については、まだ分かっていないことが多い。患者には肥満の人もいれば、やせている人もいる。コレステロール値が非常に高く、ビタミンが不足している人もいれば、そうでない人もいる。簡単に妊娠できる人もいれば、何年も不妊治療を受ける人もいる。
PCOSのある女性の多くが、リアさんのように、自分の症状の原因と結果や、治療の選択肢がはっきりしないことに歯がゆさを感じている。彼女たちの切実な声に応えようと、ソーシャルメディアには、PCOS患者や婦人科医、栄養士、パーソナルトレーナー、自称「ホルモン・ヒーリング」の専門家など、さまざまなインフルエンサーが登場している。けれども彼らは、まだ十分に解明されていないPCOSに関する情報を正しく伝えているとは限らない。
以下では、PCOSに関してソーシャルメディア上でよく見られる5つの誤り、または誤解を招く情報と、それに対する科学的根拠を紹介する。
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