アブハズ語とは? わかりやすく解説

アブハズ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/28 09:15 UTC 版)

アブハズ語
Аҧсуа бызшәа
話される国 ジョージア
トルコ
ロシア
シリア
地域 アブハジア
話者数 190,110人
言語系統
コーカサス諸語
表記体系 キリル文字
公的地位
公用語 アブハジア
少数言語として
承認
ジョージア
言語コード
ISO 639-1 ab
ISO 639-2 abk
ISO 639-3 abk
消滅危険度評価
Vulnerable (Moseley 2010)
テンプレートを表示

アブハズ語(アブハズご、アブハズ語: Аҧсуа бызшәа)は、ジョージア国内のアブハジア自治共和国で主にアブハズ人によって話されている言語である。アブハジア内の話者数は約10万人[1][2]

概要

系統的には北西コーカサス語族(アブハズ・アディゲ語族)に属する。この語族に属する言語には、ほかに北コーカサスに分布するアバザ語アディゲ語カバルド語がある。なお、トルコ国内で話されていたウビフ語も同じ語族に属するが、1992年に死滅した。

方言によって異なるが、60前後の子音を持つ。それに対して、母音音素は広母音/a/と狭母音/ə/の二つしかない[3]。ただし実際には異音化で6つの母音が現れる[4]。文法面では能格言語であり、膠着語である。名詞類の形態法が非常に単純であるのと対照的に、動詞は数多くの接頭辞接尾辞によるきわめて複雑な派生屈折を行う複統合的な面もある[2]

歴史

14世紀から15世紀にかけてアブハジアから北へ移動したアブハズ人集団がおり、彼らは今日のアバザ人とされ、タパンタ方言を話す。更に17世紀初頭にも北方へ移動したアブハズ人集団がおり、彼らもアバザ人とされるが、文法面ではアブハズ語寄りのアシュハルワ方言を話す[5]

アブハズ人は歴史的にアブハジア周辺に住んでおり、1864年のコーカサス戦争以降58,697人のアブハズ人がトルコへ追放されるも、歴史的な居住区域であるアブハジアは2020年現在残存している。

アブハズ語の最古の記録として知られているのはエヴリヤ・チェレビによるセイハトナーメ英語版で、「奇妙で独特なアバザ人の言語」[注釈 1]を筆頭に5つのコーカサスの言語を記録している[6]。また、記録された言語の中に「サズ・アバザ語」と記したものがあるが、これはサズ方言ではなくウビフ語である。

近代では1840年、ジェームス・ベル英語版がアブハズ語の単語を記録しており[7]、1887年にはピョートル・ウスラル英語版によってアブハズ語史初となる文法書が出版されている[8]

1989年の話者の分布は以下の通り[5]

方言

おおよそ以下の方言に分類される[4]

  • アブハズ・アバザ語[注釈 2][4]
    • 北部方言 - アバザ語
      • タパンタ方言
    • アシュハルワ方言 - アバザ語の方言とされるが文法面ではアブハズ語寄りである[4][9]
    • 南部方言 - アブハズ語
      • サズ方言 - アブハジア内に話者は現存せず、トルコ国内で話されているアブハズ語[9]。歴史的にはブズィプ川よりもさらに北方の地域で話されていた。
      • アブジュワ方言 - スフミやガルなど、南東部で話される方言。
      • ブズィプ方言 - アブハジアの北部に位置するブズィプ川周辺で話される方言。

アブハジア内では主にブズィプ方言とアブジュワ方言とで方言の区別がある。標準語はアブジュワ方言をもとにしている。

音韻

アブハズ語の子音は非常に多く、アブジュワ方言では58個、ブズィプ方言では67個の子音を持っており、有声、無声、放出と口蓋化、唇音化、平音の区別がある。一方、母音音素は広母音/a/と狭母音/ə/の2つしか持たないが、これらの母音は/j/,/w/との融合などの影響で、音声的には[o, e, u, i]が見られる。また、長母音/aa/と短母音/a/は区別される。

緑色の音素はブズィプ方言とサズ方言に見られるもので、アブジュワ方言には見られない。青色の音素はブズィプ方言でのみ出現する[4]

声門破裂音[ʔ][qʼ]の異音、またはҞаҳ [ʔaħ]などの感嘆詞で出現する[10]

唇音 歯茎音 後部歯茎音 歯茎硬口蓋音 そり舌音 軟口蓋音 口蓋垂音 咽頭音
平音 唇音 平音 唇音 平音 唇音 口蓋 平音 唇音 口蓋 平音 唇音 咽頭 唇音+咽頭 平音 唇音
鼻音 [m] [n] ([ʔ])
破裂音 無声音 [p] [t] [t͡p] [kʲ] [k] [kʷ]
有声音 [b] [d] [d͡b] [ɡʲ] [ɡ] [ɡʷ]
放出音 [pʼ] [tʼ] [t͡pʼ] [kʲʼ] [kʼ] [kʷʼ] [qʲʼ] [qʼ] [qʷʼ]
破擦音 無声音 [t͡s] [t͡ʃ] [t͡ɕ] [t͡ɕᶠ] [ʈ͡ʂ]
有声音 [d͡z] [d͡ʒ] [d͡ʑ] [d͡ʑᵛ] [ɖ͡ʐ]
放出音 [t͡sʼ] [t͡ʃʼ] [t͡ɕʼ] [t͡ɕᶠʼ] [ʈ͡ʂʼ]
摩擦音 無声音 [f] [s] [ʃ] [ʃᶣ] [ɕ] [ɕᶠ] [ʂ] [χʲ] [χ] [χʷ] [χˤ] [χˤʷ] [ħ] [ħᶣ]
有声音 [v] [z] [ʒ] [ʒᶣ] [ʑ] [ʑᵛ] [ʐ] [ʁʲ] [ʁ] [ʁʷ]
接近音 [l] [j] [ɥˤ] [w]
ふるえ音 [r]

アブハズ語では特定の条件下で無声音が有声音に変化する。基本的に子音表で対立している無声音と有声音同士で変化するが、いくつか例外がある。

  • 無声咽頭摩擦音[ħ]と対立する有声音は、アバザ語タパンタ方言では有声咽頭摩擦音[ʕ]が存在し対立をなしているが、アブハズ語では[ʕ]が存在しない。無声音[ħ]と対立する有声音は[aa]である[4][注釈 3]
  • 唇音化無声咽頭摩擦音[ħᶣ]と対立する有声音は、アバザ語タパンタ方言では唇音化有声咽頭摩擦音[ʕʷ]が存在し対立をなしているが、アブハズ語では咽頭化有声両唇硬口蓋接近音[ɥˤ]である[11]
  • [qʼ] [qʲʼ] [qʷʼ]は有声音に変化しない[11]

正書法

ウスラルが提唱した正書法の筆記体。主にキリル文字ベースだがグルジア文字წやラテン文字qに似た文字が見られる。
Абхазскій языкъ 1862/5/25?
グリアらが提唱した正書法のブロック体。今日用いられるアブハズ語の文字はこの文字が改良されたものである。
Абхазская азубука 1892/9/18

長く文字を持たない言語であったが、1862年にピョートル・ウスラルがキリル文字ベースの正書法を提唱して以降、様々な正書法が提唱された[12]。1926年から1938年まではニコライ・マルによるラテン文字ベースの正書法、1938年から1954年まではアカキ・シャニゼらによるグルジア文字ベースの正書法が用いられていたが、1954年以降は現在に至るまでコンスタンティン・マチャヴァリアニとドミトリー・グリアが1892年に提唱した正書法をもとにしたキリル文字アルファベットによって表記されている[13]

現在の正書法

А а
[ɑ]
Б б
[b]
В в
[v]
Г г
[ɡ]
Гь гь
[ɡʲ]
Гә гә
[ɡʷ]
Ӷ ӷ
[ʁ/ɣ]
Ӷь ӷь
[ʁʲ/ɣʲ]
Ӷә ӷә
[ʁʷ/ɣʷ]
Д д
[d]
Дә дә
[d͡b]
Е е
[ɛ]
Ж ж
[ʐ]
Жь жь
[ʒ]
Жә жә
[ʒᶣ]
З з
[z]
Ӡ ӡ
[d͡z]
Ӡә ӡә
[d͡ʑᵛ]
И и
[j/jɨ/ɨj]
К к
[kʼ]
Кь кь
[kʲʼ]
Кә кә
[kʷʼ]
Қ қ
[kʰ]
Қь қь
[kʲʰ]
Қә қә
[kʷʰ]
Ҟ ҟ
[qʼ/ʔ]
Ҟь ҟь
[qʲʼ]
Ҟә ҟә
[qʷʼ]
Л л
[l]
М м
[m]
Н н
[n]
О о
[ɔ]
П п
[pʼ]
Ҧ ҧ
[pʰ]
Р р
[r]
С с
[s]
Т т
[tʼ]
Тә тә
[t͡pʼ]
Ҭ ҭ
[tʰ]
Ҭә ҭә
[t͡pʰ]
У у
[w/wɨ/ɨw]
Ф ф
[f]
Х х
[x/χ]
Хь хь
[xʲ/χʲ]
Хә хә
[xʷ/χʷ]
Ҳ ҳ
[ħ]
Ҳә ҳә
[ħᶣ]
Ц ц
[t͡sʰ]
Цә цә
[t͡ɕᶠ]
Ҵ ҵ
[t͡sʼ]
Ҵә ҵә
[t͡ɕᶠʼ]
Ч ч
[t͡ʃʰ]
Ҷ ҷ
[t͡ʃʼ]
Ҽ ҽ
[t͡ʂʰ]
Ҿ ҿ
[t͡ʂʼ]
Ш ш
[ʂ]
Шь шь
[ʃ]
Шә шә
[ʃᶣ]
Ы ы
[ɨ]
Ҩ ҩ
[ɥˤ]
Џ џ
[d͡ʐ]
Џь џь
[d͡ʒ]
Ь ь
[ʲ]
Ә ә
[ʷ,ᶣ,ᵛ]

ブズィプ方言を記載する際は以下の表記が用いられる事が多い[4]

Ц' ц'
[t͡ɕ]
Ӡ' ӡ'
[dʑ]
Ҵ' ҵ'
[t͡ɕʼ]
Ҫ ҫ
[ɕ]
Ҫә Ш'ә
[ɕᶠ]
Ҙ ҙ
[ʑ]
Ҙә,Ж'ә
[ʑᵛ]
Х' х'
[χˤ]
Х'ә х'ә
[χˤʷ]

脚注

注釈

  1. ^ 中身はアバザ語ではなくアブハズ語。
  2. ^ アバズギ語として1つの言語と考える事もある。
  3. ^ 例: aʕba (アバザ語) ⇔ aaba (アブハズ語) - 8。

出典

  1. ^ Abkhaz Ethnologue, 2019年1月15日閲覧
  2. ^ a b 町田健監修 『ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語』柳沢民雄他編、白水社、2010年、10-27頁
  3. ^ Dumézil, G. 1975 "Le verbe oubykh" Imprimerie Nationale. p17.
  4. ^ a b c d e f g Chirikba, V.A. 2003 Abkhaz. Lincom Europe.
  5. ^ a b Chirikba, V.A. 1996 Common west caucasian.
  6. ^ Gippert, J. 1990 The Caucasian language material in Evliya Celebi's "Travel book". George Hewitt(ed.) 1992 Caucasian Perspectives.
  7. ^ Bell, J. 1840 Journal of a Residence in Circassia: during the Years 1837, 1838 and 1839; in 2 Volumes. Volume 2, p.482
  8. ^ Uslar, P.K. 1887 Абхазскій языкъ.
  9. ^ a b Aronson,H.I.(ed.) 1996 Linguistic Studies in the Non-Slavic Language of the commonwealth of independent states and the Baltic Republics. Chicago University. p67-81.
  10. ^ 柳沢民雄 2010 Analytic dictionary of ABKHAZ. ひつじ書房.
  11. ^ a b А.Шь.Шьынқәба他 2008 Аҧсуа бызшәа. アブハジア大学.
  12. ^ К.Мачавариани. и Д.Гулиа. 1892 Абхазская азбука. Tbilisi.
  13. ^ Х.С.Бгажба 1967 Из истории письменности в абхазии. Tbilisi. «Мецниереба». (Unicode webpageにて閲覧可能)

関連項目


アブハズ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/29 17:19 UTC 版)

フックつき文字」の記事における「アブハズ語」の解説

ҕ, ҽ, ҿ を使用するそれぞれ /ɣ/, /tʂ/, /tʂ'/ を表す。かつてはほかに ҧ を /pʰ/ を表す文字として使用していたが、現在は ԥ にかわっている

※この「アブハズ語」の解説は、「フックつき文字」の解説の一部です。
「アブハズ語」を含む「フックつき文字」の記事については、「フックつき文字」の概要を参照ください。


アブハズ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 22:28 UTC 版)

ストローク符号」の記事における「アブハズ語」の解説

ҟ を用いる。/q'/ を表す。

※この「アブハズ語」の解説は、「ストローク符号」の解説の一部です。
「アブハズ語」を含む「ストローク符号」の記事については、「ストローク符号」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「アブハズ語」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

アブハズ語

出典:『Wiktionary』 (2021/07/22 12:39 UTC 版)

言語コード
ISO639-1 ab
ISO639-2 abk
ISO639-3 abk
SIL -

名詞

アブハズ (アブハズご)

  1. ジョージア共和国旧称:グルジア)のアブハジア自治共和国話されている北西コーカサス語族アブハズ・アディゲ語族)に属す言語

翻訳




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アブハズ語」の関連用語

アブハズ語のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アブハズ語のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアブハズ語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのフックつき文字 (改訂履歴)、ストローク符号 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA) and/or GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblioに掲載されている「Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ)」の記事は、Wiktionaryのアブハズ語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA)もしくはGNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS