イタリア列車衝突事故とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > イタリア列車衝突事故の意味・解説 

イタリア列車衝突事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/09 22:39 UTC 版)

イタリア列車衝突事故
発生日 2016年7月12日
発生時刻 11時6分(中央ヨーロッパ夏時間
イタリア
場所 プッリャ州アンドリア
座標 北緯41度11分51.5秒 東経16度21分36.8秒 / 北緯41.197639度 東経16.360222度 / 41.197639; 16.360222座標: 北緯41度11分51.5秒 東経16度21分36.8秒 / 北緯41.197639度 東経16.360222度 / 41.197639; 16.360222
路線 バーリ-バルレッタ線
運行者 フェロトラムビアーリア
事故種類 列車衝突事故
原因 調査中
統計
列車数 2本
死者 23人
負傷者 54人
テンプレートを表示

イタリア列車衝突事故(イタリアれっしゃしょうとつじこ)は2016年7月12日の昼近くにイタリア南部のプッリャ州で発生した鉄道事故。2本の地域旅客列車がバーリ-バルレッタ線のアンドリア-コラート間の単線区間で正面衝突し、23人が死亡し54人が負傷した[1][2][3]。当該区間は地域鉄道会社フェロトラムビアーリア (Ferrotramviaria) が運営していた[4]

背景

バーリ-バルレッタ線の路線図。矢印の箇所が事故現場

バーリ-バルレッタ線は標準軌であり、直流3,000Vの架空電車線方式で電化されている。1990年代から改良工事を行っており、大半の区間が複線化されている[5]。事故が発生したコラート駅-アンドリア駅間は、ルーヴォ・ディ・プーリア-バルレッタ間で最後の単線区間であった。この区間では、駅長が列車の到着を知らせたり、運転士に出発しても安全かどうかを伝えたりする「電話閉塞」方式を採用していた[6]。2012年4月にEUのファンドから複線化工事のための資金を調達したが、事故当時は入札を開始したばかりであった[7]

事故概要

バーリ-バルレッタ線の時刻表[8]
ET1642 ET1016 ET1021
バーリ中央 10:03 11:54
... ... ... ...
ルーヴォ 10:19 10:41 11:16
コラート 10:27 10:48 11:09
アンドリア 10:37 10:59 10:58
バルレッタ・スカーロ 11:09 10:47
バルレッタ中央 11:11 10:44
フェロトラムビアーリアのETR340形電車

現地時間11時6分[9][10]中央ヨーロッパ夏時間、初期の報告では11時38分)、アンドリア駅から約6キロメートル(バーリからは51キロメートル)離れたオリーブ畑が広がる田園地帯で2本の列車が正面衝突した[11]。一方の列車はFLIRTシリーズのETR340形電車(列車番号ET1016、バーリ発バルレッタ行き、4両編成)で、もう一方はCoradiaのELT200形電車(列車番号ET1021、バルレッタ発バーリ行き、4両編成)であった[12]。ET1021はアンドリアから南東方向に、ET1016はコラートから北西方向に走行中で、衝突時の両列車間の相対速度は時速100キロメートルに達した[4][13]。事故現場はカーブであり、どちらの運転士も他方の列車を停止させたり非常ブレーキを掛けたりするなどの対応をとれなかった[6]。ET1016の1両目および2両目と3両目の前部、そしてET1021の1両目は原形を留めないほど粉砕された。ET1021の2両目は一部が脱線し大破していた。その他の車両は脱線せず、損傷もなかった[14]

当時の天候は晴れで暑く湿気が多く[14]、最高気温は40℃であった[4]

死傷者

23人が死亡し、54人が負傷した。両列車の運転士やどちらかの列車の車掌も死亡した[2]

救助

事故現場に通じる道路がないことや暑さにより救助作業は難航した。

事故現場の隣に野外病院が設営され、一部の負傷者はドクターヘリで病院へ搬送された。地方政府は献血者を募った。救急隊員約200人やイタリア陸軍の軍人ら[15]が救助作業に従事した[4]

反応

イタリアの首相マッテオ・レンツィミラノ訪問を切り上げローマに戻り、夕方に事故現場を視察した[4]。イタリアの大統領セルジョ・マッタレッラ教皇フランシスコと同じく哀悼の意を表した[16]。コラート市長のマッシモ・マジーリは、現場は「飛行機が墜落したかのようだった」と語った[17]

調査

国家鉄道安全局 (ANSF) がイタリアで発生した鉄道事故の調査を行う。鉄道事業者は単線区間の両端駅間のやり取りの記録や駅長と両列車の運転士との通話記録を取得したと語った[6]。また、残骸からどちらかの列車のトレイン・イベント・レコーダーが回収された[15]

トラーニの検察官が率いる公開調査の初期の調査によると、ET1016がすでに同じ線路上を走行していたため、アンドリア駅からET1021へ出発の許可を出してはならなかった。調査官らはなぜET1016(対向列車)がアンドリア駅に到着する前にET1021が出発したのか調査している。2016年7月14日、アンドリア駅とコラート駅の両駅長が取り調べを受けた[18]

時刻表によれば、両列車は10時58分から10時59分にかけてアンドリア駅で行き違いを行うことになっていた。アンドリア駅の駅長がコラートからアンドリアに向けて遅れて走行していた別の列車をその後続のET1016と混同し、遅れていた列車がバルレッタに向けて出発したのでアンドリア-コラート間は開通していると思い込んだ可能性もある[19][9][10]

脚注

  1. ^ Italy train crash probe examines delays, antiquated control” (2016年7月12日). 2016年7月14日閲覧。
  2. ^ a b Scontro fra treni in Puglia, identificate le 23 vittime. Mattarella visiterà la camera ardente” [Clash of trains in Puglia, identified 23 victims. Mattarella will visit the funeral home] (イタリア語). ラ・レプッブリカ (2016年7月13日). 2016年7月20日閲覧。
  3. ^ “The Latest: At Least a Dozen Dead in Italy Train Crash”. ニューヨーク・タイムズ. (2016年7月12日). http://www.lastampa.it/2016/07/13/italia/cronache/tragedia-in-puglia-almeno-morti-e-feriti-si-continua-a-scavare-tra-i-rottami-dei-treni-Xd2AmXtUDvm2BcCzH2HsZL/pagina.html 2016年7月12日閲覧。 
  4. ^ a b c d e Italy train crash: 'Twenty-three killed' near Bari in collision”. BBC (2016年7月12日). 2016年7月12日閲覧。
  5. ^ Rosenberger, Hans Jürgen; Turchi, Gian Guido (June 2007). “Puglia: lavori da Nord a Sud-Est” (イタリア語). I Treni (Editrice Trasporti su Rotaie) (294): 27. 
  6. ^ a b c “Puglia, scontro fra treni tra Andria e Corato: 23 morti fra macchinisti e pendolari, 50 feriti”. ラ・レプッブリカ. (2016年7月12日). http://bari.repubblica.it/cronaca/2016/07/12/news/puglia_scontro_fra_treni_tra_andria_e_corato_morti_e_decine_di_feriti-143896174/ 2016年7月12日閲覧。 
  7. ^ Massiot, Aude (July 2016). “Collision en Italie : un retard dans les travaux mis en cause” (フランス語). リベラシオン. http://www.liberation.fr/planete/2016/07/13/collision-en-italie-un-retard-dans-les-travaux-mis-en-cause_1465937. 
  8. ^ Summer timetable”. 2016年7月15日閲覧。
  9. ^ a b repubblica.it - 15 July 2016”. 2016年7月20日閲覧。
  10. ^ a b nextquotidiano.it - 17 July 2016”. 2016年7月20日閲覧。
  11. ^ Ferrovie.it - Informativa di Delrio alla Camera sull'incidente ferroviario in Puglia”. 2016年7月14日閲覧。
  12. ^ Scontro tra due treni Ferrotramviaria, numerose vittime” [Collision between two Ferrotramviaria trains, many victims] (イタリア語). Gazzetta dei Trasporti (2016年7月12日). 2016年7月12日閲覧。
  13. ^ Italian head-on collision leaves 23 dead”. インターナショナル・レールウェイ・ジャーナル (2016年7月12日). 2016年7月13日閲覧。
  14. ^ a b At least 20 killed as two trains collide in southern Italy”. ガーディアン. 2016年7月12日閲覧。
  15. ^ a b Italy Apulia train crash rescue continues near Bari”. BBC News Online. 2016年7月13日閲覧。
  16. ^ “Scontro fra due treni in Puglia, 27 morti e 50 feriti. “Forse un errore umano”. Trovata la scatola nera” (イタリア語). ラ・スタンパ. (2016年7月12日). http://www.lastampa.it/2016/07/12/italia/cronache/scontro-tra-due-treni-in-puglia-n4c9cDrBjeUaq7x0NUMxIJ/pagina.html 2016年7月12日閲覧。 
  17. ^ At least 25 killed in Italy train crash”. ITN. 2016年7月12日閲覧。
  18. ^ Scontro treni Puglia, indagati due capistazione. Pm: "Riduttivo dire solo errore umano" - Puglia” (2016年7月13日). 2016年7月14日閲覧。
  19. ^ Incidente ferroviario in Puglia: i giorni della verità - Panorama” (イタリア語) (2016年7月14日). 2016年7月15日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「イタリア列車衝突事故」の関連用語

イタリア列車衝突事故のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



イタリア列車衝突事故のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのイタリア列車衝突事故 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS