エジプト数学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/10 06:20 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動エジプト数学(エジプトすうがく、Egyptian mathematics)とは、紀元前3000年から紀元前300年頃の古代エジプトにおいて、主にエジプト語を用いて行われた数学全般を指す。
概要
ナイル河の流域で発達した古代エジプトの王朝は、実用的な数学を用いた。その知識は、灌漑や干拓のための測量、課税のための人口調査、生産物の貯蔵と配分、暦学、ピラミッドをはじめとする建設などに活用された。ナイル河の氾濫により土地の境界を決定する必要があり、縄で測量を行う「縄張り師」と呼ばれる技術者が存在した[1]。その他にも書記の階級を中心に数学が用いられた。
現存する重要な資料として、以下のようなものがある。
- モスクワ・パピルス:紀元前1850年頃。エジプト中王国時代。
- レイズナー・パピルス (Reisner Papyrus) :紀元前1800年頃。
- ラフン・パピルス (Lahun Mathematical Papyri) :紀元前1800年頃。
- アーメス・パピルス:紀元前1600年頃。エジプト第2中間期時代。書記のアーメスによって書かれた。リンド・パピルスまたはリンド数学パピルスとも呼ばれる。
- エジプト数学革巻き:アーメス・パピルスと同時代。
- リンド数学パピルス
- ベルリン・パピルス (Berlin Papyrus) :紀元前1300年頃。エジプト新王国時代。
この他に、ヘロドトスの『歴史』やデモクリトスの著作にも、エジプトの測量についての記述がある。
記数法
古代エジプトには、ヒエログリフ(神聖文字)、ヒエラティック(神官文字)、デモティック(民衆文字)の三種類の文字が存在した。桁は十進法であり、十の累乗数について7乗(一千万)までの絵文字がある。ヒエラティックはより実用的で、符号化された記数法の概念がみられる。ヒエラティックはヒエログリフよりも必要な文字数が少なく、またパピルスの普及もあり、ヒエラティックがヒエログリフに取って代わるようになった。アーメス・パピルスとモスクワ・パピルスでもヒエラティックが使われている。
一 | 十 | 百 | 千 | 一万 | 十万 | 百万 | ||||||||
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