カスタマー‐ハラスメント
カスタマーハラスメント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/05 06:49 UTC 版)
カスタマーハラスメント(和製英語:Customer harassment)とは、暴行・脅迫・暴言・不当な要求といった、顧客(消費者・企業間取引問わず)による理不尽で著しい迷惑行為のことである[1][2]。略してカスハラともいう。
日本では2010年代前半頃から、悪質なクレーマーに対して「カスタマーハラスメント」の名称を用いる動きが見られるようになった[3]。顧客(カスタマー)+嫌がらせ(ハラスメント)を組み合わせた造語である。
概要
定義
厚生労働省は2022年にカスタマーハラスメント対策マニュアルを作成しており、企業が従業員を守るために対応するべき課題の1つとしている[1]。そのマニュアルの中で、厚生労働省はカスタマーハラスメントを以下のように定義している。その解釈や判断基準、具体例などの詳細もマニュアルに記載されている。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・様態が社会通念上不相当なものであって、当該手段・様態により、労働者の就業関係が害されるもの—厚生労働省、『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』
法律・条例
店で大声をあげたり、業務を妨げたり、無理に居座ったりする行為は、威力業務妨害罪や不退去罪に問われる可能性がある。そのほかに関連する条文としては、傷害罪、暴行罪、脅迫罪、恐喝罪、暴力行為処罰法、強要罪、侮辱罪、名誉棄損罪、暴力団対策法、職務強要罪、民法上の人格権やプライバシー侵害が挙げられる。
2024年2月20日、小池百合子東京都知事は東京都議会の施政方針演説で、カスタマーハラスメント防止に関する条例策定の検討を表明した。実現すれば全国初となる[4]。2024年10月4日、カスタマーハラスメントの防止をめざす東京都の条例が東京都議会本会議で可決、成立した。カスハラ防止に焦点を当てた条例は全国初で、カスハラを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と初めて定義。「何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない」と定めた。民間企業だけでなく、公的機関も対象。顧客、働く人、事業者、都のそれぞれに対して防止に向けた責務も盛り込んだ。罰則は盛り込まれず、2025年4月から施行される[5]。
調査・研究
加害
2020年のUAゼンセンの調査によると、カスタマーハラスメントの加害者は以下の通りであり、中高年男性の割合が高かった[6]。
- 男性が74.8%
- 50代が30.8%、60代が28.0%、70代以上が11.5%
被害
2020年の厚生労働省の調査によると、過去3年間にカスタマーハラスメントの相談を受けた企業の割合は19.5%だった[1]。また、カスタマーハラスメントを経験したと回答した労働者の割合は15.0%だった。
この他の調査で判明したカスタマーハラスメントの経験率は、2021年の国公労連の調査によると中央官庁職員で60.3%[7]、2020年のUAゼンセンの調査によるとサービス業従業者で56.7%[6]などが判明している。また、エス・ピー・ネットワークも2019年と2021年に実態調査を行っている[8]。関西大学社会学部の教授である池内裕美の調査によると、百貨店や家電製品関連の店頭でのカスタマーハラスメント遭遇率が高い[9]。
研究
学術的観点からカスタマーハラスメントを捉えた書籍として、桐生正幸著『カスハラの犯罪心理学』がある[10]。東洋大学社会学部教授である桐生は、UAゼンセンのデータや科学研究費による調査で加害者と被害者との関係性を分析しており、「接客対応者におけるカスタマーハラスメント被害経験の分析」などいくつかのカスタマーハラスメントに関する学術論文を執筆している[11]。
分類
カスタマーハラスメントは、次の8パターンに分類されることもある[12]。
- 長期間拘束型 - 客や患者が従業員に対し、長時間クレーム対応を強いる
- リピート型 - 電話などで同じ内容や無意味な質問を繰り返し問い合わせをする
- 暴言型 - 怒鳴り声をあげたり「馬鹿(阿呆)、死ね、あんた、お前、のろま、能無し」などの侮辱的発言や威圧的な口調で従業員を怒鳴りつけて泣かせる
- 暴力型 - 蹴る、殴る、胸倉を掴むなどの身体への接触だけでなく、水をかけたり、物を投げつけたり、机を叩く、椅子や棒を振り回す危険行為や土下座強要も含む
- 威嚇脅迫型 - 従業員に危害を加えることを予告して怖がらせる
- 権威型 - やたらと威張って要求を通そうとする
- 店舗外拘束型 - 客や患者の自宅や特定の喫茶店、ファミレスなどに呼びつけてクレームを言ったり、謝罪を要求し、長時間拘束させる
- ネット中傷型 - 会話をスマホで無断で録音ないし撮影し、写真や音声、動画をSNSなどにアップロードして従業員の名誉やプライバシーを侵害する
事例
- 商品としての機能に問題ない程度の不具合をことさらに指摘する[13]。
- 介護施設において、介護者に暴言を吐いたり、暴力を振るったりする[14]。
- タクシーの車内で、運転中の運転手をスマートフォンで撮影し、中傷の言葉を添えてインターネット上で公開する[15]。
- 医療機関において、医師に暴言を吐いたり、暴力を振るったり、物を投げつけたり、机を叩いたり、土下座を強要する。
対応
行政
2019年6月、国際労働機関は総会で、カスタマーハラスメントを含む暴力やハラスメントの廃絶を目指すハラスメント禁止条約を採択した。日本も賛成したが、批准は見送っている。
2022年2月25日、厚生労働省はカスタマーハラスメント防止対策の一環として「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」やそのリーフレット・ポスターを作成した[16]。
企業
2022年頃から、カスタマーハラスメントへの対応を取る企業も増えてきている[17]。例えば、任天堂は2022年10月、製品の修理サービス・保証規定にカスタマーハラスメントの項目を追加し、交換や修理を断る可能性を明記した[17]。この他にも、髙島屋、リーガロイヤルホテル、ホテルグランヴィア大阪、JR西日本など、カスタマーハラスメントが発生しやすい業種の企業は、マニュアル作成などの対応を取り始めている[17]。
医療機関においても、患者やその家族からのカスタマーハラスメントに対しては、対応の打ち切りや診療拒否、警察への通報や弁護士への相談などの対応を行う方針を掲げるなどして、対応を進めている[18]。医療機関におけるカスタマーハラスメントは、患者 (patient) からのハラスメントであることから「ペイシェントハラスメント」と呼ばれることもある[19]。
大手のコンビニチェーンでは悪質なカスハラを行った者は入店を拒否するなどの対応を行うところがある。
公共交通機関の例では、2023年には秋田県の第一観光バスが、地方紙『北羽新報』に「その苦情、行き過ぎじゃありませんか?(カスタマーハラスメントについて)」と題した意見広告を掲載し、これがTwitterで取り上げられたことから大きな話題を呼び、全国紙などでも広く報道された[20][21][22]。
脚注
- ^ a b c “カスタマーハラスメント対策企業マニュアル” (PDF). 厚生労働省. 2022年9月12日閲覧。
- ^ “クレーム電話、AIで「怖くない声」に ソフトバンクがカスハラ対策”. 朝日新聞DIGITAL. (2024年6月9日) 2024年6月9日閲覧。
- ^ お客様は神様?カスタマーハラスメント産業保険新聞 2014年7月4日
- ^ “小池百合子都知事、全国初の「カスハラ条例検討」 都議会で施政方針 [東京都:朝日新聞デジタル]”. 朝日新聞. 2024年2月21日閲覧。
- ^ “カスハラ防止、全国初の条例 東京都、罰則なし:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. 2024年10月5日閲覧。
- ^ a b “カスハラの7割以上が男性、年代は中高年が大半 コロナ禍で急増した原因は?”. デイリー新潮. 新潮社. 2022年9月14日閲覧。
- ^ “カスタマーハラスメント実態調査 2021 の分析結果”. 日本国家公務員労働組合連合会. 2022年9月14日閲覧。
- ^ “カスタマーハラスメント実態調査 (2021年)”. エス・ピー・ネットワーク. 2022年9月14日閲覧。
- ^ 『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK "Kurōzu Appu Gendai +" Shuzaihan, NHK「クローズアップ現代 +」取材班.Tōkyō、2019年、70頁。ISBN 978-4-16-391081-9。OCLC 1115104526 。
- ^ 桐生正幸『カスハラの犯罪心理学』集英社インターナショナル, 集英社 (発売)〈インターナショナル新書〉、2023年。ISBN 9784797681239 。
- ^ 桐生正幸, 島田恭子「接客対応者におけるカスタマーハラスメント被害経験の分析」『現代社会研究』第2021巻第19号、東洋大学現代社会総合研究所、2021年、47-53頁、doi:10.34375/gensoken.2021.19_47、2024年1月13日閲覧。
古屋健, 桐生正幸, 阿部光弘, 近藤修, 安藤賢太, 島田恭子, 宮中大介, 上市秀雄, 小嶋理江「カスタマーハラスメント―心理学的アプローチの可能性を探る―」『応用心理学研究』第48巻第1号、日本応用心理学会、2022年7月、38-65頁、CRID 1390575418093610368、doi:10.24651/oushinken.48.1_38、ISSN 0387-4605。
“桐生 正幸 (Masayuki Kiriu) - マイポータル - researchmap”. researchmap.jp. 2023年12月9日閲覧。 - ^ “カスタマーハラスメントって何?マスク不足でトラブルも:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. 2024年2月21日閲覧。
- ^ NHK「クローズアップ現代+」取材班『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』文藝春秋、2019年8月30日、20-21頁。ISBN 9784163910819。
- ^ 『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK "Kurōzu Appu Gendai +" Shuzaihan, NHK「クローズアップ現代 +」取材班.Tōkyō、2019年、36-42頁。ISBN 978-4-16-391081-9。OCLC 1115104526 。
- ^ 『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK "Kurōzu Appu Gendai +" Shuzaihan, NHK「クローズアップ現代 +」取材班.Tōkyō、2019年、60-65頁。ISBN 978-4-16-391081-9。OCLC 1115104526 。
- ^ “「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!”. 厚生労働省 (2022年2月25日). 2022年9月12日閲覧。
- ^ a b c “「カスハラ」対応、各社急ぐ 任天堂は規定に明記”. 産経新聞. 産業経済新聞社 (2022年10月18日). 2022年10月18日閲覧。
- ^ カスタマーハラスメントに対する基本方針 日本赤十字社長野赤十字病院
- ^ 新潟 NEWS WEB 患者や家族からのハラスメントの対応策で県病院局が新たな指針 NHK新潟放送局、2024年5月21日
- ^ “「お客様と社員は対等」広告話題 理不尽な「カスハラ」に悲痛な叫び”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2023年4月5日). 2023年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月9日閲覧。
- ^ “「お客様は神様ではない」 反発覚悟の広告、社長が守りたかったもの”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2023年4月5日). 2023年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月9日閲覧。
- ^ “「お客様は神様ではない」 反発覚悟の広告、社長が守りたかったもの - 写真・図版:秋田県能代市の地元紙「北羽新報」に載った広告。許可を得て紹介”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2023年4月5日). 2023年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月9日閲覧。
関連項目
- クレーム / ハラスメント
- 企業コンプライアンス
- 行政対象暴力 / 民事介入暴力
- 民事不介入
- コールセンター - 電話によるクレームやカスタマーハラスメントに遭遇しやすい。
- 土下座 - カスタマーハラスメントで強要されることがある。
- 名札 – カスタマーハラスメント防止のため、店員や乗務員、行政機関職員の名札着用を廃止する動きもある。
- モンスターペアレント
- モンスターペイシェント
関連事件
- ふじみ野市散弾銃男立てこもり事件 - 医療の場におけるカスタマーハラスメントの一例。
- 品川医師射殺事件
- ロボトミー殺人事件 - 患者が担当の医師とトラブルになった一例。
- スシロー迷惑動画事件 / 外食テロ
関連作品
- 夢の豪邸づくり - 2007年3月3日に発表されたトムとジェリー テイルズ作品。トムとジェリーが宝くじに高額当選し、その賞金を山分けして豪邸を建てるが、トムはジェリーに勝ちたい野望を抱くあまり、雇った業者へカスハラ(当初の施行指示書に無い理不尽な設計変更要求)を繰り返す。その上、作業の邪魔をして建設途上の豪邸を壊し、追加工費の支払いで賞金を使い果たしたため、結局豪邸を持てずじまいとなる。逆に最後までカスハラをせず黙って作業を見守ったジェリーは無事に豪邸を持つことができた。
- ミンボーの女 – 暴力団員からの不当要求をテーマにした映画作品。民事介入暴力(民暴)を専門とする女性弁護士の井上まひるが、ホテルをゆするヤクザを追い払う。
カスタマーハラスメント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 03:04 UTC 版)
日本では2010年代前半頃から、悪質クレーマーに対して和製英語の「カスタマーハラスメント(略称カスハラ)」の名称を用いる動きが見られるようになった。ただし、対象となる悪質クレームの範囲の解釈はまちまちであり、さらに「店舗と客」のトラブルに限定する場合や企業間の取引を含む場合があるなど定義は曖昧である。店で大声をあげたり業務を妨げたり、無理に居座ったりする行為は、威力業務妨害罪や不退去罪に問われる可能性がある。 2018年11月12日の日本放送協会「クローズアップ現代」でも「暴言に土下座!深刻化するカスタマーハラスメント」の副題で取り上げられた。 2019年6月、国際労働機関は総会で、カスタマーハラスメントを含む暴力やハラスメントを禁じる条約を採択し、日本は賛成したが、批准は見送っている。 カスタマーハラスメントは、次の8パターンに分類されることもある。すなわち、 長期間拘束型 - 客が従業員に対し、長時間クレーム対応を強いる リピート型 - 電話などで同じ内容や無意味な質問を繰り返し問い合わせをする 暴言型 - 怒鳴り声をあげたり、馬鹿(阿呆)、死ねなどの侮辱的発言をしたりする 暴力型 - 蹴る、殴る、胸倉を掴むなどの身体への接触だけでなく、椅子や棒を振り回す危険行為を含む 威嚇脅迫型 - 従業員に危害を加えることを予告して怖がらせる 権威型 - やたらと威張って要求を通そうとする 店舗外拘束型 - 客の自宅や特定の喫茶店などに呼びつけてクレームを言う ネット中傷型 - SNSを使い、名誉を傷つけたり、プライバシーを侵害したりする
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