ラバウル航空隊
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ラバウル航空隊(ラバウルこうくうたい)とは、第二次世界大戦時、ニューブリテン島(現在のパプアニューギニア)のラバウル基地に集結してこの空域に展開して戦闘に参加した、日本海軍・陸軍の各航空隊(航空部隊)の総称である。
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- ^ 回想のラバウル航空隊(海軍短現主計科士官の太平洋戦争)
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- ^ 『太平洋戦争海戦全史』学研134頁
- 1 ラバウル航空隊とは
- 2 ラバウル航空隊の概要
- 3 評価
- 4 参加兵力
ラバウル航空隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/18 16:19 UTC 版)
坂井三郎などの腕利きのエースパイロットが揃っている。史実と違いニューギニアより早々に転進したため、マリアナ諸島に配備される。
※この「ラバウル航空隊」の解説は、「夢幻の軍艦大和」の解説の一部です。
「ラバウル航空隊」を含む「夢幻の軍艦大和」の記事については、「夢幻の軍艦大和」の概要を参照ください。
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