丈六寺
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丈六寺(じょうろくじ)は徳島県徳島市丈六町丈領に所在する曹洞宗の寺院。正式には瑞麟山 慈雲院 丈六寺という。
- ^ 『全国寺院名鑑 中国・四国・九州・海外』(史学センター、1969)には、本尊は「釈迦牟尼 聖観世音菩薩」とある。
- ^ 仏の身長が一丈六尺(約4.8メートル)あったとの伝承により、立像で法量4.8メートル、坐像ではその半分の2.4メートルの像を丈六仏と称する。
- ^ a b 米山 勇「増上寺三解脱門の建立年代に関する一考察」『東京都江戸東京博物館紀要』第3号、東京都江戸東京博物館、2013年3月、1-15頁。
- ^ 「新指定の文化財」『月刊文化財』424、第一法規、1999
- ^ 現地案内板の説明には「江戸時代中期の享保12年(1727年)に奥行きを一間(約1.8m)縮小し、二間(約3.6m)後方に移動した」とあるが、重要文化財指定時の文化庁の説明には「改造はほとんどなく旧状を維持している」とある。
- ^ 金岡用兼禅師伝(2021年5月12日閲覧)
- ^ 「丈六寺歴代住職継席・示寂年表」による。
丈六寺(徳島市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 17:28 UTC 版)
天正9年(1581年)、長宗我部元親の策略によって新開実綱は配下の者とともに丈六寺で暗殺された。
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丈六寺
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丈六寺(徳島市) 天正9年(1581年)、長宗我部元親の策略によって新開実綱は配下の者とともに丈六寺で暗殺された。 丈六寺の床に染み付いた彼と従者の血はいくら拭いても落ちないため、床板を外して境内にある徳雲院の天井板にしたといわれる。
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