初期の旅客輸送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/13 03:04 UTC 版)
「カナディアン・ナショナル鉄道」の記事における「初期の旅客輸送」の解説
CNR設立時、継承した旅客列車は無数にあったが、次第にそれらは整理されていった。1920年12月3日、CNRはコンチネンタル・リミテッドの運転を開始。これは、以前の鉄道事業者の数でいえば4つの鉄道にまたがる列車であった。1920年代は旅客輸送が増加した時代で、CNRは新たな列車を設定し、また前述のようなラジオ放送などのサービスも展開していった。 旅客輸送の増大は、1929年から1939年まで続いた世界恐慌でいったん途切れるが、第二次世界大戦中から再び増加に転じた。戦争終結時には車両が老朽化し、また疲弊していた。それを象徴する事故が、1947年9月1日にマニトバ州のトゥガルドで起きた事故と、1950年11月21日にブリティッシュコロンビア州のカヌー川で起きた事故である。前者は老朽化した木造車の列車と新しい鋼製車の列車が衝突し、主に木造車が破壊され、31名が死亡する事故であり、後者は朝鮮戦争出兵ために大韓民国へ行く予定の軍隊を乗せた列車が旅客列車と衝突し、21名が死亡する事故であった。これらの事故を鑑みて、1953年、CNRは359両の軽量客車を発注し、幹線に投入した。
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