威嚇射撃
威嚇射撃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:41 UTC 版)
「能登半島沖不審船事件」の記事における「威嚇射撃」の解説
海上保安庁は、巡視船艇15隻および航空機12機を動員し、追跡は夜までおよんだが不審船は停船せず、挑発するように逃走を続けた。18時10分には首相官邸別館にある危機管理センターに官邸対策室が設置された。 19時になると不審船は24ノットに増速、19時30分には28ノットとなったため、巡航速度が不審船に比べて遅いPC型の「はまゆき」「なおづき」が引き離され始めた。その報告を受けると、川崎二郎運輸相は威嚇射撃を許可し、第九管区海上保安本部(新潟)に通知した。 20時過ぎ、第九管区海上保安本部長が海上保安庁法第二十条に基づく威嚇射撃を指示。「みょうこう」から照らされたサーチライトが光る中、20時頃より「ちくぜん」が「第二大和丸」の傍の海上に向かって20mm機関砲で曳光弾50発を発砲、1953年のラズエズノイ号事件以来46年ぶりとなる警告射撃を行った。20時24分と21時1分ごろには、「はまゆき」も13mm機銃で計195発を射撃した。また、「第一大西丸」に対しても、「なおづき」が9丁の64式小銃で1,050発(うち曳光弾が500発)もの威嚇射撃を行った。不審船は威嚇射撃に反応したためか、35ノットに増速して逃走。燃料不足もあって「はまゆき」「なおづき」は追跡を断念、また、速力差もあり、20時14分には「第一大西丸」、21時12分には「第二大和丸」が巡視船のレーダー探知距離外に離脱した。 特に「第一大西丸」は護衛艦「はるな」のみの追跡となった。官邸対策室ではこれを受けて海上警備行動発令へと傾いたが、再検討の結果、官邸は追跡打ち切りの方向へと向かっていた。
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