広固城について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 17:01 UTC 版)
曹嶷が築いた広固城は堯王山の南に位置し、西には繞陽河が流れている。四方を谷に囲まれ、堀は深く水が阻み、守るに易く攻めるに難い地であったことから、兵家必争の地となった。『大きな谷が甚だ広がっており、それによって固を為している』という事から広固城と称されるようになったという。広固城は臨淄城に代わって青州の治所となり、やがて山東における政治の中心となった。また、港湾の発展に伴い、経済においても重要な都市となった。
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