映画製作のスタイル
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「サタジット・レイ」の記事における「映画製作のスタイル」の解説
サタジット・レイは自身のキャリアを通して、映画監督になるきっかけを作ったジャン・ルノワールに敬意を表し、その作品とスタイルから大きな影響を受けた。また、イタリアのネオレアリズモの代表的監督であるヴィットリオ・デ・シーカの影響も受けており、彼の代表作『自転車泥棒』からは低予算で映画を作る方法や、アマチュアの俳優を起用すること、そして現実的なテーマに目を向けることを学んだ。さらにジョン・フォード、ビリー・ワイルダー、エルンスト・ルビッチなどの古典的ハリウッド映画(英語版)の監督から映画技術を学んだことを認め、自身が巨匠と見なした同時代の監督の黒澤明とイングマール・ベルイマンに深い敬意と称賛を示した。黒澤からは『羅生門』(1950年)の光の使い方に影響を受けたことを明らかにしている。ほかにもサタジットはロバート・フラハティとマルク・ドンスコイ(ロシア語版)を自身の作品に最も影響を与えた監督に挙げており、またモンタージュ理論の提唱者セルゲイ・エイゼンシュテインのスタイルに影響を受けたことも指摘されている。 サタジットの長編劇映画29本のほとんどは、既存の物語を映画化した文芸映画であり、オリジナル脚本による作品は6本しかない。原作ものを脚色する時は、自分が原作で不満に思うところに手を加えたため、しばしば原作のストーリーと大きく異なるところがあり、そのために原作と比較され、批判にさらされることがあった。脚本を書く時は、自身がよく知るキャラクターや環境を選ぶことが多く、オリジナル作品では『カンチェンジュンガ』や『英雄』のように、限られた時空間の中で密度の濃い物語を書くことが多かった。サタジットの作品はリアリズムを基調とし、19世紀または20世紀のベンガル人の生活と社会的問題を題材に扱い、主人公の社会的アイデンティティ(英語版)に深い関心を持っている。例えば、オプー三部作や『遠い雷鳴』ではバラモンの清貧の生活、『チャルラータ』や『家と世界』では封建的大家族制や階級社会の中で自由に目覚める女性、『音楽ホール』『チェスをする人』などでは古い社会のあり方が崩れ、近代化へと変化する社会に取り残され、苦悩する上流階級の姿を描いている。 撮影は、『大地のうた』以来コンビを組んだカメラマンのスブラタ・ミットラ(英語版)の貢献度が大きかった。ミットラは『大河のうた』の撮影で「バウンスライティング(英語版)」という、照明の光を天井や壁、または布に当て、その反射光でリアルな照明効果を生み出すテクニックを開発し、世界中の撮影技師に影響を与えた。『チャルラータ』以降はサタジットが自分でカメラを回すようになり、『英雄』を最後にミットラとのコンビを解消したが、多くの批評家はミットラが去ったことで、その後のサタジットの作品は撮影の質が低下したと指摘している。編集は通常、ドゥラル・ドット(英語版)が担当したが、ほとんどの作品ではカメラ撮影そのものでカットを施し、そのうえカットになるのが分かりきっている部分を撮らないようにしたため、実際の編集作業はドットよりもサタジットが多くを担った。 映画音楽では、キャリア初期はオプー三部作でシタール奏者のラヴィ・シャンカルを起用したのをはじめ、ウスタッド・ヴィラヤット・カーン(英語版)やアリ・アクバル・カーン(英語版)といったインドの伝統音楽の作曲家を起用した。しかし、やがて彼らの音楽がその伝統に忠実なあまり自身の映画に馴染まないと気づき、スケジュールを合わせてもらうのが難しかったこともあり、『三人の娘』からはサタジット自身が映画音楽を作曲するようになった。サタジットは正式な音楽教育を受けていなかったが、インドの伝統音楽だけでなく西洋のクラシック音楽にも造詣が深く、ベートーヴェンをお気に入りの作曲家とした。都会を舞台にした作品では西洋クラシック音楽を使用したが、『家と世界』などではスコアに西洋音楽とインド伝統音楽を混ぜる実験を行っている。サタジットの音楽のアイデアは閃くように浮かび、時にはシナリオの段階でアイデアをメモすることがあった。実際にスコアを書き下ろすのは編集をすべて終えてからで、演奏者に応じてインドもしくは西洋の記譜法でスコアを書いた。 キャスティングでは、有名な映画スターから無名の素人俳優まで、さまざまな俳優を起用した。一部の作品のシナリオは、有名俳優のために書くことがあり、その例として『哲学者の石』のトゥルシー・チャクラボルティ(英語版)、『英雄』のウッタム・クマール(英語版)、『音楽ホール』『女神』『カンチェンジュンガ』のチャビ・ビスワース(英語版)が挙げられる。サタジットの基本的な演技指導の方法は、リハーサルの回数を最小限に抑え、俳優に短い指示を出し、あとは俳優が自分の解釈で演じるようにするというものである。俳優の技量や経験に応じて指示の度合いを変えており、例えばウタパル・ダットのような俳優にはほとんど指示をせず、逆に『大地のうた』でオプーを演じたスビル・バネルジー(英語版)や『大樹のうた』でアパルナを演じたシャルミラ・タゴール(英語版)などの俳優には、操り人形のように扱うことがあった。サタジットの映画に出演した俳優たちは、サタジットが変わらず信頼を寄せてくれることを賞賛したが、その一方で無能のように扱われて軽蔑されたことについても言及している。
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