機動部隊とは? わかりやすく解説

きどう‐ぶたい【機動部隊】


機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/09 01:51 UTC 版)

機動部隊(きどうぶたい)とは、機動性の高い部隊。陸軍では、戦車装甲車などを装備した部隊を、海軍では、航空母艦を中心に巡洋艦駆逐艦で編制された部隊を意味する[1]城砦陣地、洋上戦における泊地などの「機動出来ない戦闘部隊」である守備兵力の対語である[2]


  1. ^ デジタル大辞泉
  2. ^ 松村劭 2007, p. [要ページ番号].
  3. ^ a b c 松村劭 2006, p. [要ページ番号].
  4. ^ a b 戦記シリーズ & 72, p. 74.
  5. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 69.
  6. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 67.
  7. ^ 提督小沢治三郎伝刊行会 編『提督小沢治三郎伝』原書房、1994年、41頁。ISBN 978-4562025671 
  8. ^ 防衛庁防衛研修所戦史室 編『大本営海軍部・聯合艦隊(3)昭和十八年二月まで』 77巻、朝雲新聞社〈戦史叢書〉、1974年、318頁。 
  9. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 113.
  10. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 98.
  11. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 99.
  12. ^ 戦記シリーズ & 72, pp. 101–102.
  13. ^ 戦記シリーズ & 72, p. 25.


「機動部隊」の続きの解説一覧

機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/16 16:24 UTC 版)

霜月 (駆逐艦)」の記事における「機動部隊」の解説

詳細は「マリアナ沖海戦」を参照 霜月6月6日付で第一機動艦隊司令長官小沢治三郎海軍中将海兵37期)に編入され次いで6月10日付で第十戦隊司令官木村進海軍少将海兵40期)に編入される佐世保回航され、第一機動艦隊宛の機銃その他の物件搭載し同地出撃する6月14日、ギマラスへ進出途上第一機動艦隊合流しマリアナ沖海戦参加する6月19日小沢長官直率の甲部隊では第一航空戦隊空母大鳳アメリカ潜水艦アルバコア雷撃により、空母翔鶴アメリカ潜水艦カヴァラ雷撃により沈没した海戦第二日目6月20日小沢長官直率の甲部隊空母瑞鶴〉、第五戦隊妙高羽黒〉、第十戦隊軽巡矢矧駆逐艦磯風浦風初月若月秋月霜月朝雲〉)は輪形陣形成する霜月は2機撃墜報じ被害なく切り抜けた6月22日中城湾寄港の後、6月24日柱島泊地帰投する。6月28日霜月若月軽巡大淀聯合艦隊旗艦)を護衛して横須賀向かった横須賀到着後、横須賀海軍工廠機銃増備13号電探設置工事が行われた。 7月5日若月霜月横須賀出港して呉に移動した。呉に到着後は遊撃部隊乙部隊に加わり第十戦隊旗艦矢矧〉、第17駆逐隊磯風浜風〉、秋月型若月霜月〉)は軍艦3隻(戦艦金剛戦艦長門重巡最上)を護衛して7月8日に呉を出撃する乙部隊は沖縄本島配備される陸軍部隊中城湾降ろす。次いでマニラ軍需品陸揚げしたあと、7月20日リンガ泊地到着した霜月マニラ停泊中の7月15日日本海軍霜月冬月で第41駆逐隊編成する。「霜月」はリンガ泊地訓練行っていたが、連合艦隊より輸送船団護衛して内地帰投命じられる8月4日昭南シンガポール)を出港する70船団加わって日本本土向かった8月4日8月5日)、ヒ70船団護衛艦練習巡洋艦香椎〉、空母神鷹〉、駆逐艦霜月〉、海防艦千振佐渡第十三号、十九号〉)とタンカーおよび貨物船8隻でシンガポール出発した途中でマニラから来た球磨型軽巡洋艦北上船団加え海防艦佐渡ヒ71船団護衛のため分離する8月15日、ヒ70船団門司戻った香椎ひきつづき船団護衛任務続行神鷹は呉へ、北上佐世保へ、霜月横須賀へ、それぞれ回航された。 同時期、アメリカ軍機動部隊が硫黄島小笠原諸島空襲敢行していた。これに対処するため連合艦隊空母雲龍」を基幹とする急襲部隊指揮官小西要人雲龍艦長)を編成した空母雲龍長良型軽巡五十鈴、第41駆逐隊霜月冬月)という戦力であった急襲部隊第三航空艦隊司令長官吉良俊一中将)の指揮下に入り雲龍東京湾進出した。第41駆逐隊は、すみやかに雲龍合流するよう命じられていた。霜月直ち横須賀移動した当時連合艦隊旗艦軽巡大淀東京湾におり、大淀水上偵察機雲龍以下急襲部隊対空射撃訓練協力した雲龍出動する事態生起せず、9月下旬には機動部隊に復帰命令出される9月26日横須賀出発瀬戸内海回航される。翌日、3隻(雲龍霜月冬月)は呉に到着した10月9日、第41駆逐隊冬月霜月)は内海西部から横須賀移動する同地軽巡大淀合流した大淀横須賀海軍工廠での修理整備終え第三艦隊小沢機動部隊)に編入されていた。10月12日、第41駆逐隊大淀護衛して横須賀出港し、大分に向かう。同日夕刻御前崎17380海里遠州灘差し掛かったところでアメリカ潜水艦トレパン雷撃受けた魚雷命中により、冬月艦首部位を失った冬月呉海軍工廠にて修理実施レイテ沖海戦参加できなくなる。脇田喜一大佐41司令)は司令駆逐艦冬月から霜月変更した

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 17:21 UTC 版)

早霜 (駆逐艦)」の記事における「機動部隊」の解説

5月10日駆逐艦4隻(秋霜早霜、響、電)は機動部隊(司令長官小沢治三郎中将)に編入される5月11日駆逐艦複数隻(夕雲型〈秋霜早霜玉波〉、第27駆逐隊時雨〉、第4駆逐隊満潮野分山雲〉)は大和型戦艦武蔵空母6隻(第二航空戦隊隼鷹飛鷹龍鳳〉、第三航空戦隊千歳千代田瑞鳳〉)を護衛して佐伯出撃し、タウイタウイに向かう。5月16日艦隊タウイタウイ泊地到着した早霜は同泊地待機する日本海軍機動部隊が待機地点としたタウイタウイ泊地周辺には、アメリカ海軍潜水艦頻繁に出没していた。機動部隊の駆逐艦対潜哨戒従事するが、逆に複数隻(風雲6月8日渾作戦従事中〕、水無月6月6日〕、早波6月7日〕)を喪失する6月9日泊地外に敵潜水艦出現報告により、早霜は第17駆逐隊2隻(磯風谷風)、二水僚艦島風に従って出動する横列陣で対潜掃蕩中の夜、谷風が米潜水艦ハーダー」の雷撃により、僚艦3隻(磯風早霜島風)の目前轟沈した。残存3隻(磯風早霜島風)は、応援にきた夕雲型駆逐艦沖波第31駆逐隊と共に谷風生存者救助した詳細は「マリアナ沖海戦」を参照 6月19日マリアナ沖海戦では、機動部隊乙部隊(第二航空戦隊隼鷹飛鷹龍鳳〉、戦艦長門〉、重巡洋艦最上〉、護衛艦〔第4駆逐隊満潮野分山雲〉、第27駆逐隊時雨五月雨〉、第17駆逐隊浜風〉、夕雲型駆逐艦秋霜早霜〉〕、指揮官城島高次少将第二航空戦隊司令官)に編入された。6月20日対空戦闘において、乙部隊では空母飛鷹沈没する(他に空母隼鷹等が損傷)。早霜以下各艦は共同飛鷹乗組員救助あたった海戦後燃料不足となった駆逐艦部隊早霜時雨浜風満潮秋霜)は機動部隊本隊から分離22日には早霜満潮時雨対し燃料補給実施する6月22日夜、沖縄中城湾到着した第一機動艦隊大部分同地集結する。6月23日午後駆逐艦5隻(浜風早霜秋霜時雨五月雨)は第七戦隊司令官白石万隆少将)の重巡洋艦4隻(熊野鈴谷利根筑摩)を護衛して日本本土へ向かった6月24日柱島泊地帰投した。 6月29日-30日夕雲型2隻(早霜秋霜)は第五戦隊司令官橋本信太郎中将海兵41期)の指揮下、妙高型重巡洋艦2隻(妙高羽黒)を護衛して内海西部出発したシンガポール向かったマニラ経由して7月12日シンガポール到着した同地修理整備おこないリンガ泊地移動した

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 06:51 UTC 版)

磯風 (陽炎型駆逐艦)」の記事における「機動部隊」の解説

第十七駆逐隊は「浦風」、「磯風」、「浜風」、「谷風」の4隻で太平洋戦争臨んだ開戦時第十七駆逐隊司令杉浦嘉十大佐司令谷風)は第一水雷戦隊所属。機動部隊に加わり真珠湾攻撃参加した12月8日第一次攻撃発艦時、機動部隊は第六警戒航行序列をとっており、「磯風」は空母「瑞鶴」後方航行していた。その後も機動部隊と共にラバウル攻略ダーウィン空襲ジャワ島攻略セイロン沖海戦の各作戦従事する1942年2月25日、機動部隊はスラウェシ島スターリング湾を出発ジャワ島南方進出する。 「蘭印作戦」も参照 3月1日ジャワ海方面活動中の機動部隊はオランダ武装商船「モッドヨカード」(8000トン級)と遭遇。「磯風」は駆逐艦不知火」、「有明」、「夕暮」等と協力して「モッドヨカード」を撃沈した3月6日第二航空戦隊空母飛龍蒼龍)、第三戦第二小隊榛名金剛)、第十七駆逐隊谷風浦風浜風磯風)は機動部隊主隊から分離翌日、「浜風」、「磯風」が第二航空戦隊護衛となり、他4隻がクリスマス島砲撃行った守備隊白旗掲げたため、同島攻略は容易と判断され、のちに攻略作戦実施された(日本軍のクリスマス島占領)。3月9日第二航空戦隊第三戦第二小隊第十七駆逐隊は主隊に合同した3月28日午前3時過ぎ、敵掃海艇らしき艦が機動部隊に対して航しているのが確認され軽巡洋艦阿武隈」は「磯風」に確認命じた出向いた「磯風」が確認したところ、それは駆逐艦秋風であった4月4日インド洋方面行動中、連合国軍飛行艇が機動部隊に触接したため零戦隊がこれを撃墜し、「磯風」は搭乗員6名を救助した勝ち戦なので余裕があり、また「磯風」初の捕虜ということ待遇良くして豪華な食事出していた。それから捕虜空母「赤城」移送されたが、のちに同艦砲術長から「磯風甘やかしたから(赤城でも)捕虜が贅沢を云って困る」と苦情言われたという。 1942年4月第十戦隊旗艦軽巡洋艦長良新設に伴い第十七駆逐隊もこれに所属し引き続き機動部隊を護衛した4月16日、「磯風」は補給部隊東栄丸、日本丸、国洋丸、神国丸)の護衛艦として機動部隊主隊と分離し、呉へ向かった4月20日兵力部署改定正式に下令されて第十七駆逐隊第一水雷戦隊阿武隈)の指揮下を離れた。 「蒼龍 (空母)#ミッドウェー海戦」も参照 6月上旬第十七駆逐隊ミッドウェー作戦参加6月5日ミッドウェー海戦ではアメリカ軍空母艦載機SBDドーントレス攻撃を受け、至近弾で一時的に航行不能になるも復旧成功一方で速力低下起こしたため水戦隊随伴できず、被弾炎上する第二航空戦隊空母蒼龍救援命じられた。「蒼龍」が沈没すると、「磯風」は「浜風と共に蒼龍乗組員救助したまた、重巡洋艦筑摩」が「蒼龍救援のため残置した短艇乗組員も「磯風」が回収している(カッター放棄)。戦闘後、「磯風」は「蒼龍」の救助者を水上機母艦「千代田」引き渡した。この戦闘で「磯風」、「谷風」、「荒潮」は入渠修理要する被害受けた

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 09:19 UTC 版)

ブラック・ウィドウ (映画)」の記事における「機動部隊」の解説

男性兵士たち構成される戦闘部隊

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 23:54 UTC 版)

マーベル・シネマティック・ユニバースの設定・用語一覧」の記事における「機動部隊」の解説

男性兵士たち構成される戦闘部隊赤外線付きフルフェイスヘルメットプロテクター各種CZ スコーピオンEVO3 A1で武装し本部内の警備現場で実戦兼務するが、単身エレーナメリーナ容易くあしらわれていることから、兵士一人ひとりの実戦能力ウィドウズ及ばない様子である。

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 20:26 UTC 版)

ジブチ陸軍」の記事における「機動部隊」の解説

計6個連隊、1個大隊ジブチ市機甲連隊砲兵連隊アルタ市に即応機動連隊ディキルアリ・サビエタジュラオボック混成歩兵連隊配備されている。 機甲連隊(RégimentBlindé)×1(ジブチ)(1偵察中隊、3機甲中隊、および密輸防止中隊を含む) 歩兵連隊×4 - それぞれ3~4歩兵中隊と1支援中隊から成るディキル混成歩兵連隊(Régiment interarmes de Dikhil) - ディキル駐屯 アリ・サビエ混成歩兵連隊(Bataillon interarmes d'Ali Sabieh) - アリ・サビエ駐屯 タジュラ混成歩兵連隊(Régiment interarmes de Tadjourah) - タジュラ駐屯 オボック混成歩兵連隊(Régiment interarmes d'Obock) - オボック駐屯 即応機動連隊(Régiment d'action rapide)×1 - アルタ駐屯 、4歩兵中隊と1支援中隊構成 共和国親衛隊連隊×1 砲兵連隊(Régiment d'artillerie)×1 - ジブチ駐屯 地除去中隊×1 通信連隊×1 コンピューター及び情報システム分隊×1 後方支援連隊×1t 整備連隊×1

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機動部隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 14:23 UTC 版)

秋霜 (駆逐艦)」の記事における「機動部隊」の解説

5月10日駆逐艦4隻(秋霜早霜、響、電)は第一機動艦隊司令長官小沢治三郎中将)に編入される出撃前に高間少将十一水戦司令官)は連合艦隊第二艦隊小沢機動部隊、第二水雷戦隊第十戦隊など各方面対し秋霜霜月訓練が十分ではないから、今度指導関し配慮してほしい」と要望している。 5月11日護衛艦艇(夕雲型駆逐艦秋霜早霜玉波〉、第27駆逐隊時雨〉、第4駆逐隊満潮野分山雲〉)は戦艦武蔵と、空母6隻(第二航空戦隊司令官城島高次少将隼鷹飛鷹龍鳳〉、第三航空戦隊司令官大林末雄少将千歳千代田瑞鳳〉)と共に佐伯出撃し、タウイタウイ向かった5月16日空母部隊タウイタウイ到着した5月19日附で機動部隊第一補給部隊油槽船4隻〈日栄丸、建川丸、国洋丸、清洋丸〉、護衛艦〈響、秋霜浜風満珠〉)が編成される22日23日第一補給部隊満珠欠)は第三補給部隊油槽船2隻、駆逐艦谷風と共にタウイタウイ出発する第三補給部隊分離後5月24日護衛中油槽船建川丸が米潜水艦ガーナードの雷撃撃沈された。5月25日第一補給部隊ダバオ到着したその後駆逐艦3隻(響、浜風秋霜)はダバオ湾(英語版口の警戒下令され、ダバオ待機した第一次渾作戦従事していた第五戦隊妙高羽黒)と扶桑型戦艦扶桑ダバオ帰港の際には、同部隊護衛にも従事した6月8日第10駆逐隊風雲朝雲第五戦隊妙高羽黒)を護衛中アメリカ潜水艦ヘイク雷撃風雲沈没した救援要請があり、響と秋霜はただちに出動する救援艦は朝雲と共に救助活動従事したのち、秋霜風雲乗員136名をダバオ送り届けた6月11日内地からきた特務艦速吸および護衛駆逐艦初霜ダバオ到着する6月12日駆逐艦白露の第一補給部隊編入秋霜の機動部隊乙部編入発令される。だが秋霜時雨はしばらく第一補給部隊護衛続けることになった6月14日3時30分、第一補給部隊油槽船日栄丸、国洋丸、清洋丸〉、護衛艦浜風、響、白露時雨秋霜〉)はダバオ出撃した。6月15日未明駆逐艦白露不用意に補給船団内を横切ったためタンカー清洋丸と衝突する白露時雨目の前で爆沈した。白露生存者は、救助向かった浜風収容された。 6月15日第一補給部隊渾作戦参加部隊合流する6月16日特設給油船日栄丸(日東汽船10,020トン)から燃料補給受けた後、6月17日に機動部隊と合流し乙部隊(第二航空戦隊隼鷹飛鷹龍鳳〉、戦艦長門〉、重巡洋艦最上〉、護衛艦〔第4駆逐隊満潮野分山雲〉、第27駆逐隊時雨五月雨〉、第17駆逐隊浜風〉、夕雲型駆逐艦秋霜早霜〉〕 指揮官城島高次少将第二航空戦隊司令官)に編入された。 詳細は「マリアナ沖海戦」を参照 6月19日-20日マリアナ沖海戦日本海軍大敗した6月20日対空戦闘では、乙部隊より空母隼鷹損傷姉妹艦飛鷹沈没する乙部所属駆逐艦は、飛鷹乗組員救助にあたる。飛鷹御真影勅諭は「秋霜」に奉移された。このあと燃料不足陥った駆逐艦5隻(浜風早霜時雨満潮秋霜)は6月22日-23日沖縄中城湾到着する第一機動艦隊大部分同地集結した6月23日午後駆逐艦5隻は第七戦隊司令官白石万隆少将重巡熊野鈴谷利根筑摩)を護衛して日本本土へ向かった6月24日柱島泊地帰投した。 6月29日-30日早霜秋霜第五戦隊司令官橋本信太郎少将指揮下、重巡洋艦妙高羽黒護衛して内海西部出発する。4隻はシンガポール向かったマニラ経由して7月12日シンガポール到着した同地修理整備おこないリンガ泊地移動した第一遊撃部隊各部隊・各艦も順次リンガ泊地進出し訓練おこなった8月8日には、補給船団護衛してリンガ泊地進出していた睦月型駆逐艦3隻(卯月皐月夕月)の関係者が、秋霜訓練見学している。 8月15日日本海軍秋霜早霜清霜浦賀船渠建造艦1944年5月15日竣工)により、第2駆逐隊新編する。第2駆逐隊司令には、陽炎型駆逐艦浦風初代艦長等歴任した白石長義大佐任命された。第2駆逐隊第二水雷戦隊司令官早川幹夫少将海兵44期)に編入される。なお、夕雲型3隻(秋霜早霜清霜)の第2駆逐隊は、太平洋戦争における二代目の第2駆逐隊である。

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機動部隊(第一機動艦隊)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 13:09 UTC 版)

捷号作戦」の記事における「機動部隊(第一機動艦隊)」の解説

小沢長官は機動部隊指揮官として、3個艦隊指揮するとされたが、指揮下の第一遊撃部隊が、艦隊主力遠く離れた海域活動する本作戦には、作戦指揮に無理があること、個有の航空戦力持たない第一遊撃部隊が、友軍航空支援があるとはいえ単独行動するのは危険ではないか、と懸念抱き9月10日に以下の点を意見具申し、連合艦隊変更求めた広域での作戦の為、第一機動艦隊第一遊撃部隊指揮するのは難しい。機動部隊本隊第一遊撃部隊第二遊撃部隊とに区分し連合艦隊指揮統率するのが妥当 機動部隊(本隊第二遊撃部隊)の作戦は、現状航空戦力再建状況では、所望時期機動作戦成果上げれるほどに回復する見込みがない。 第一遊撃部隊突入成功させるためには同部隊水上戦強化直接協力するべき航空戦力確保が必要 そのため機動部隊本隊牽制行動主任務とし、第一遊撃部隊には航空戦隊を1個、及び第二第十戦隊早急に配属すべき 第一航空戦隊再編間に合えば機動部隊本隊兵力充実し南北からの二個機動部隊の作戦とするべき しかし連合艦隊側はこの具申対し第一遊撃部隊第二第十戦隊増強認めたが、直協航空戦隊の配備指揮連合艦隊直轄にすることは反対した。豊田長官参謀高田利種派遣し小沢長官統一指揮重ねて要望したが、小沢長官賛同せず議論平行線となった。この問題結局後に起こった台湾沖航空戦空母航空兵力を陸上基地転用してすり潰し機動部隊本隊航空兵力が120機ほどしかない状態で捷号作戦挑む羽目になったことで第一遊撃部隊連合艦隊直率となり、指揮権に関して小沢進言通りになることとなった

※この「機動部隊(第一機動艦隊)」の解説は、「捷号作戦」の解説の一部です。
「機動部隊(第一機動艦隊)」を含む「捷号作戦」の記事については、「捷号作戦」の概要を参照ください。

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