渡仏・ソロアルバム
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加橋かつみは渡仏し、アルバム『パリ1969』を製作。 ザ・タイガース脱退は3月、このアルバムレコーディングは4月に行われている。アルバムでプロデュースのクレジットがある川添象多郎は、著名人とも関わりの深いレストラン「キャンティ」及びブティック「ベビー・ドール」のオーナー・川添浩史の息子・川添象郎であるが、実質的には浩史が、フランスでポップ・ミュージックのレーベル「バークレー・レコード」を経営する友人エディ・バークレーにレコーディングの機会を与えてくれるように依頼したと、『キャンティ物語』に記されている。アルバムの作家も、「キャンティ」の人脈で占められており、安井かずみ、村井邦彦、山上路夫と、ザ・タイガースのレコードに関わっていた面々はもちろん、かまやつひろしも参加し、当時、ザ・スパイダースのファッションや音楽のアドバイザー的存在でもあったレーサー・福沢幸雄の妹・福沢エミの詩も取り上げられ、シングルカットされた「花の世界」、「つばさ」ラストに収録されている「水の輪」など、"加橋かつみ"でしか描き得ない、鮮やかな彩の感受性豊かな心の世界を表現している。しかし、このアルバムは渡辺プロの圧力で、沢田研二のソロ・アルバム発売より約4週間後の12月末になって発売される。
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