穴穂部皇子とは? わかりやすく解説

穴穂部皇子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/30 19:55 UTC 版)

穴穂部皇子(あなほべのみこ、生年不詳 - 用明天皇2年6月7日587年7月17日))は、飛鳥時代皇族欽明天皇皇子聖徳太子の叔父でもある。表記は『日本書紀』によるが、『古事記』では三枝部穴太部王(さきくさべのあなほべのみこ)、別名を須売伊呂杼(すめいろど(皇后の同母弟か))とする。『日本書紀』欽明天皇紀では住迹(すみと(天皇の弟か))皇子、用明天皇紀では皇弟(すめいろど)皇子とも記している。


  1. ^ 『日本書紀』敏達天皇14年8月15日条
  2. ^ 『日本書紀』用明天皇元年5月条
  3. ^ 『日本書紀』ではこの場面のみ穴穂部皇子を「皇弟(すめいろど)皇子」と記している。同じ名前は孝徳天皇の時代、皇后間人皇女の同母弟だった大海人皇子(後の天武天皇)にも用いられている。法師については「名をもらせり」と注しており、人名ではなく豊国の法師の意と見られる。
  4. ^ 『日本書紀』用明天皇2年4月9日条
  5. ^ 『日本書紀』用明天皇2年5月条
  6. ^ 『日本書紀』用明天皇2年6月7日条
  7. ^ 『日本書紀』用明天皇2年6月8日条
  8. ^ 『日本書紀』用明天皇2年7月条


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