荻窪線の建設と向原方面への延伸とは? わかりやすく解説

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荻窪線の建設と向原方面への延伸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 12:36 UTC 版)

東京メトロ丸ノ内線」の記事における「荻窪線の建設と向原方面への延伸」の解説

前述戦災復興院告示第252号東京復興都市計画高速鉄道網」において、新宿以西車庫用地中野車両基地)を確保していた中野富士見町へまっすぐ西進する予定とされ、池袋以西豊島区向原町に至る路線であった都市交通審議会答申第1号基づいて1957年昭和32年6月17日告示され建設省告示第835号では、都市計画第4号線は「荻窪駅 - 馬橋杉並区) - 高円寺 - 本町通 - 柏木 - 新宿駅 - 四ツ谷駅 - 永田町 - 霞ケ関 - 数寄屋橋 - 東京駅 - 御茶ノ水 - 本郷三丁目 - 茗荷谷 - 池袋駅 - 板橋区向原町」間27.4 km本線と「本町通三丁目 - 本郷通二丁目 - 本郷通三丁目 - 富士見町 - 方南町」間2.7 km分岐線とされた。すなわち、国鉄中央線混雑緩和目的として、青梅街道沿って荻窪延伸することとなり、また車庫周辺鉄道空白地帯解消目的に、中野坂上より方南町へ至る分岐線設けることとなった。同区間荻窪線路線名で1962年までに全通当初より丸ノ内線荻窪線一体的運行行っていたが、1972年荻窪線丸ノ内線編入し現在の路線網を形成した銀座線丸ノ内線は共通の運賃であったが、当初荻窪線区間は別料金制(特殊運賃制度)としていた。銀座線丸ノ内線普通運賃25均一であったが、荻窪線普通運賃20均一とし、銀座線丸ノ内線から荻窪線相互に乗車した場合には、均一運賃はならず40円の割高な普通運賃になった定期乗車券同様に割高となっていた)。ただし、後に日比谷線開業するなど路線延長に伴い均一運賃では不合理となることから、1961年昭和36年11月1日から営団地下鉄全線キロ運賃導入された。 一方池袋 - 向原間は長らく手付かずの状態であったが、営団地下鉄1959年昭和34年8月池袋 - 向原間の建設準備着手することとした。1961年昭和36年11月27日第4号池袋 - 向原間の地方鉄道敷設免許申請し、翌1962年昭和37年12月8日に同区間路線免許取得した営団地下鉄1962年昭和37年以降第4号池袋 - 向原間の建設工事着手しようとするが、大蔵省から予算認可下りず、建設工事行われなかった。 1962年昭和37年6月8日都市交通審議会答申第6号、それを踏まえて8月29日告示され建設省告示第2187号により、第4号線は「荻窪及び方南町各方面より中野坂上新宿赤坂見附西銀座現・銀座駅)、春日町池袋及び向原各方面経て成増方面に至る路線」に改訂された。しかし、1968年昭和43年4月10日の同答申第10号、それを踏まえて12月28日告示され建設省告示第3731号により、第4号線の終点成増から池袋へと短縮され池袋以西区間第8号線(有楽町線)として分離された。

※この「荻窪線の建設と向原方面への延伸」の解説は、「東京メトロ丸ノ内線」の解説の一部です。
「荻窪線の建設と向原方面への延伸」を含む「東京メトロ丸ノ内線」の記事については、「東京メトロ丸ノ内線」の概要を参照ください。

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