谷津干潟とは? わかりやすく解説

やつ‐ひがた【谷津干潟】


谷津干潟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/28 13:46 UTC 版)

谷津干潟(やつひがた)は、千葉県習志野市にある干潟。国指定谷津鳥獣保護区ラムサール条約登録地、日本の重要湿地500指定地に含まれる。


  1. ^ 「谷津干がたにつきましては、現にこの数年間参っております鳥類の種類あるいは数、そういうようなものから見ましてかなり相当の収容能力があるのではないかというふうに考えておりますし、当面鳥獣保護区というかっこうで指定をしてまいりましてその保全を図りたいというふうに考えております。」(国会会議録、第80回国会、1977年3月10日、参議院建設委員会、環境庁自然保護局鳥獣保護課長)
  2. ^ 習志野市は、『広報習志野』1976年8月1日号で「習志野市案」として京葉道路以南の埋立地の土地利用計画図を示し、谷津遊園は存続する前提で、谷津干潟部分を埋め立てて住宅などにする案となっている。谷津遊園の閉園方針が明らかになった1981年の時点でも、『広報習志野』1981年11月15日号で「緑のレクリエーション地帯として谷津遊園を守ろう」と谷津遊園閉園反対の考えを示したのに対し、谷津干潟について明確な方針は示されていない。谷津遊園閉園後の1984年の『広報習志野』1984年8月15日号では、谷津遊園跡地を住宅・都市整備公団が開発する案にまとまり、習志野市議会では谷津干潟を県立公園として整備してほしい旨の請願が採択されるなど、谷津干潟を干潟として残す方向が現れる。
  3. ^ 鳥獣保護区(41.1ヘクタール)には、干潟本体・三角干潟・小さい三角干潟が含まれる。このうち干潟本体と三角干潟が特別鳥獣保護区(40.1ヘクタール)で、ラムサール条約の登録地でもある。谷津干潟公園(42.0ヘクタール)は、干潟本体(外周を含む)と谷津干潟自然観察センター付近(谷津干潟公園センターゾーン)が含まれる。(『広報習志野』1993年7月1日号、習志野市)
  4. ^ Yatsu-higata | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (1993年6月10日). 2023年4月3日閲覧。
  5. ^ 環境省関東地方環境事務所 『国指定谷津鳥獣保護区保全事業計画書』 2012年3月、4頁、2021年1月19日閲覧。
  6. ^ 「私も現地に行って説明も聞いたし、目で見てもきましたけれども、こんなに鳥が集まっているんですね、シギが。もう飛んでいる姿なんというのは、これは真っ黒になる、空が隠れるほど飛んでいる。」(国会会議録、第80回国会、1977年3月10日、参議院建設委員会、春日正一参議院議員(日本共産党))
  7. ^ 環境省関東地方環境事務所 『国指定谷津鳥獣保護区保全事業計画書』 2012年3月、6頁、2021年1月19日閲覧。
  8. ^ 石川勉『谷津干潟を楽しむ干潟の鳥ウォッチング』文一総合出版、2001年、62頁。
  9. ^ 習志野市のご当地キャラ「ナラシド♪」習志野市、2021年4月20日閲覧。
  10. ^ 荒尾一樹、馬渡和華、芝原達也、風呂田利夫「東京湾内湾の谷津干潟の魚類相」『神奈川自然誌資料』40号、神奈川県立生命の星・地球博物館、2019年、41-48頁。
  11. ^ 環境省関東地方環境事務所 『谷津干潟保全等推進計画書』、2015年5月22日、2021年1月19日閲覧。
  12. ^ 矢部徹「アオサ類による極端な優占現象は干潟の生態系機能を本当に低下させているのか?」『国立環境研究所ニュース』33巻4号、独立行政法人国立環境研究所、2014年12月、10-12頁。
  13. ^ 平成30年度国指定谷津鳥獣保護区保全事業検討会議事次第・資料、環境省関東地方環境事務所、2019年2月19日、2021年1月19日閲覧。
  14. ^ 茅野恒秀「沿岸域管理における環境政策と環境運動 海の自然保護をめぐる史的考察」『総合政策』第13巻第1号、岩手県立大学総合政策学会、2011年、1-20頁。
  15. ^ 本田カヨ子『わが青春の谷津干潟』(崙書房出版、1993年6月)では、1974年12月13日付『読売新聞』の地方面(京葉読売)に掲載された「消滅間近"旅鳥の宝庫" 習志野の大蔵省水面」と題する記事を読んだのがきっかけとしている。
  16. ^ 本田カヨ子『わが青春の谷津干潟』80-88頁
  17. ^ 本田カヨ子『わが青春の谷津干潟』115-117頁
  18. ^ 「森田三郎さん死去」『朝日新聞』2021年11月11日、東京地方版/千葉(ちば首都圏)
  19. ^ 小木雄太「(惜別2021)森田三郎さん 環境活動家」『朝日新聞』2021年12月24日、東京地方版/千葉(千葉全県)
  20. ^ 松下竜一『どろんこサブウ-谷津干潟を守る闘い』(講談社、1990年5月)
  21. ^ 2009年のテレビ番組をめぐって、千葉の干潟を守る会が作成した冊子『谷津干潟はこうして残った』(「谷津干潟はこうして残った」編集委員会発行、2010年、習志野市立図書館・千葉県立図書館に所蔵)では、「たったひとりの人物による「孤独なたたかい」によって谷津干潟が守られたと描きました。これは事実を歪曲するものです。」「谷津干潟が残ったのは、さまざまな団体や広範な市民による運動の成果です。」としている。
  22. ^ 『干潟を守る』通巻132号、2023年7月11日、千葉の干潟を守る会
  23. ^ 保母哲「習志野で大浜清さんを「偲ぶ会」」『東京新聞』2023年10月3日、朝刊千葉版
  24. ^ 本田カヨ子『わが青春の谷津干潟』の冒頭は、1981年春、著者の息子が谷津干潟に遊びに行って水辺に下りる様子を書いている。
  25. ^ 施設のご案内|谷津干潟自然観察センター(谷津干潟公園センターゾーン)”. www.seibu-la.co.jp. 2019年10月6日閲覧。





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