RISC設計思想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 07:19 UTC 版)
1970年代後半、IBMなどの研究で、実際に使用されているプログラムを解析したところ、複数の処理を一気に行う高機能な命令や、いわゆる直交性のある、命令とアドレッシングモードの組み合わせの大部分は実際のプログラムでは使われていないことが判明した。これは、プログラミング技法が、従来のバイナリコードを意識したアセンブリ言語の記述による低レベルのプログラミング形態から、高級言語で記述してコンパイラを使ってバイナリコードを得る形態に移り変わったことの副産物である。それまでに設計されたCPUの命令セットには、当初アセンブリ言語でプログラムを記述するうえで便利な命令が含まれ、やがてコンパイラでコード生成を行う前提で、高級言語の制御構文をそのまま実行できるように、複雑な機械語の命令も実装される様になった。だが、当時のコンパイラはCPUが持つ利点をあまり生かせていなかった。というのもコンパイラの開発は非常に高度な技術を要し、困難を伴うことだったからである。市場にはそれでもコンパイラが浸透していき、直交性の利点や、複雑な命令の利点は薄められていった。 もうひとつの発見は、複雑な処理を行う命令の所要時間と、単純な命令を組み合わせて同等の処理を行わせる場合の所要時間を比較したとき、しばしば前者が遅いということである。このパラドックスは、CPUの設計に許容される期間の制限から生じた。設計者は十分な時間を与えられず、全ての命令の処理を最適化することができずに、結果としてよく使われる命令の処理時間だけを最適化したのである。有名な例としてVAXのINDEX命令がある。この命令はループを使った同等機能のプログラムコードよりも遅かった。 一方で、メモリの速度よりもCPUの速度の向上が著しくなってきていた。1970年後半の時点でも、以後、CPUの演算速度が向上し続けるのに対してメモリアクセスの速度の向上は限定的であり、以後も速度差が拡大することが明らかだった。すなわち、今後10年の間にCPUの演算速度は相対的にメモリアクセスの10倍、100倍となってゆくのである。こうしてより高速化していくCPUの演算速度を維持するためにはアクセスまでの時間が短いレジスタを増やさなければならず、また、高速化するCPUと速度の上がらないメモリシステムの速度差を埋めるためにキャッシュを拡充しなければならないことは明らかだった。これら多数のレジスタやキャッシュを実装するための面積をシリコン上に確保する必要が生じた。これについてはCPUのアーキテクチャを単純にしてその面積を削減することで、レジスタやキャッシュの為の面積を確保できた。 さらにRISCアーキテクチャの別の優位性が、実際に使われているプログラムの解析結果からも明らかになった。アンドリュー・タネンバウムは様々なプログラムを集めて計測結果をまとめ、多くのプロセッサの備える仕様は、実際のプログラムで要求されるものより過剰であることを立証した。例えば、プログラム内の定数値のうち98%が13ビットに収まることを示したが、一方で既存のCPUのほとんどは定数値を格納するエリアのサイズとして8ビットの倍数にあたるサイズを用意していた。典型的には8ビット、16ビット、32ビットである。これが意味するのは、命令のビット・フィールド構成を適切に設計することで、命令に使用する定数を命令のオペランド・フィールドに格納し、メモリアクセスを減らすことができるということである。定数をメモリやレジスタから取ってくるのではなく、当該命令の中に格納することで速度を向上させることができる。一方で、これを実現するためには命令を表現するビット・フィールド幅を小さくする必要がある。さもなければ命令の中にそれなりのサイズの定数を埋め込むことができないからである。 これらの要素を背景に、アドレッシングモードと命令数を削減する、縮小命令セット (Reduced Instruction Set) という用語が生まれた。従来のアーキテクチャとRISCの本質的な違いは、全ての演算をレジスタ間で行い、メモリへの読み書きをレジスタとメモリの間の転送命令に限る点である。このためRISCはロード/ストア・アーキテクチャとも呼ばれる。RISCアーキテクチャの概念と対比して、従来の設計手法はComplex Instruction Set Computer (CISC) として知られるようになった。ただし、これはあくまでもRISCと対立する概念として捉えるときに使う用語である。また、RISCアーキテクチャと言われるCPUであっても、機種によっては巨大な命令セットを持つこともある。 RISCの設計思想は命令セットを縮小することにある。この副作用として、命令を識別するのに必要なビットフィールド幅が小さくできるため、命令内にオペランドデータを直接含ませる余地が生じ、レジスタやメモリを使わずに済む場面が多くなった。同時にメモリへのインタフェースが単純化され(メモリにアクセスするタイミングが単純化され)、最適化できるようになった。 しかし、RISCにも欠点があった。単純な命令を組み合わせてプログラムを書くため、複雑な命令を持つCISCに比べて同じ処理を実現する場合に必要な命令数が増えた。加えて初期のRISCは命令語長が32ビット幅であり、プログラムサイズが大きくなり、コード密度が低くなると指摘された。当時、利点と欠点のどちらが性能にインパクトがあるかは議論の的となった。
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