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デヤン・スタンコビッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
デヤン・スタンコヴィッチ
2022年
名前
愛称 デキ(Деки, Deki)
ラテン文字 Dejan Stanković
キリル文字 Дејан Станковић
基本情報
国籍 セルビアの旗 セルビア
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1978-09-11) 1978年9月11日(46歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ベオグラード
身長 181cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1985-1992 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 テレオプティク
1992-1995 ユーゴスラビアの旗 レッドスター・ベオグラード
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995-1998 ユーゴスラビアの旗 レッドスター・ベオグラード 85 (29)
1998-2004 イタリアの旗 ラツィオ 137 (22)
2004-2013 イタリアの旗 インテル 231 (29)
通算 453 (80)
代表歴
1998-2003 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア 40 (8)
2003-2006 セルビア・モンテネグロの旗 セルビア・モンテネグロ 21 (4)
2006-2013 セルビアの旗 セルビア 42 (3)
監督歴
2014-2015 イタリアの旗 ウディネーゼ(アシスタント)
2019-2022 セルビアの旗 レッドスター・ベオグラード
2022-2023 イタリアの旗 サンプドリア
2023- ハンガリーの旗 フェレンツヴァーロシュ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

デヤン・スタンコヴィッチセルビア語: Дејан Станковић, ラテン文字転写: Dejan Stanković1978年9月11日 - )は、セルビア(旧ユーゴスラビア)の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダーフェレンツヴァーロシュTC監督。

来歴

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クラブ

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レッドスター・ベオグラード

1992年にレッドスター・ベオグラードのユースに入団。1995年2月11日のOFKベオグラード戦で当時のクラブ史上最年少デビューを果たし[1]、1997年5月17日のFKブドゥチノスト・ポドゴリツァ戦では18歳6ヶ月6日で当時のクラブ史上最年少ハットトリックを達成(2023年12月16日のFKスパルタク・スボティツァ戦でヨヴァン・ミヤトヴィッチが18歳5ヶ月5日に更新[2])、1997-98シーズンには19歳にしてキャプテンを任された。

ラツィオ

1998年夏、セリエASSラツィオへ移籍。同年9月13日のピアチェンツァ戦でセリエA初ゴールを記録。中盤の一角としてロベルト・マンチーニパベル・ネドベドフアン・セバスティアン・ベロンらとプレーし、2年目の1999-2000シーズンにはセリエA優勝を経験。ラツィオでは在籍5シーズン半でリーグ戦137試合に出場し、22ゴールを挙げた。

インテル

2004年1月、インテルへ移籍。移籍金400万ユーロに加えゴラン・パンデフがトレード要員となった。翌2004-05シーズンにはラツィオ時代の同僚のマンチーニが監督に就任。再建を図るチームの一員としてコッパ・イタリアを皮切りにタイトル獲得に貢献し、スクデット6連覇を達成。2009-10シーズンはジョゼ・モウリーニョ監督の下で主要タイトル3冠(チャンピオンズ・リーグ、セリエA、コッパ・イタリアでの優勝)を経験した。 2013年7月6日、インテル退団が決定。

代表

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1998年ユーゴスラビア代表に招集され、4月22日韓国戦で初出場。この試合で2得点を挙げた。2ヵ月後のフランスW杯のメンバーにも選出され、ベスト16入りを経験した。

国際情勢の変化により2006 FIFAワールドカップ・予選からセルビア・モンテネグロ代表の一員となる。2006 FIFAワールドカップでは背番号10を背負ったが、グループステージ敗退。

2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選からはセルビア代表となり、キャプテンを任された。予選を突破し、ユーゴスラビア、セルビア・モンテネグロ、セルビア代表と3国の代表としてワールドカップに出場した初めての選手となるも、本大会ではまたしてもグループステージ最下位に終わった。

2011年10月12日、セルビア代表からの引退を表明した[3]

2013年10月11日日本代表との試合を最後に現役を引退した[4]

引退後

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2014年7月4日、インテル時代に師事したアンドレア・ストラマッチョーニが監督に就任したウディネーゼ・カルチョのアシスタントコーチに就任した[5]

2015年インテルのアシスタントコーチに就任した。

2019年12月19日、レッドスター・ベオグラードの監督に2年半の契約で就任[6]。このシーズンは優勝を果たし、スタンコビッチは監督として初のタイトルを獲得した[7][8]

2020-21シーズンは、38試合中無敗のまま35試合で勝利し、リーグ新記録の114得点を記録し優勝した[9]

2022年8月26日、レッドスターの監督を辞任した[10]。10月6日、サンプドリアの監督に就任した[11][12]

エピソード

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  • 2009年10月17日ジェノアCFC戦で相手キーパーのマルコ・アメリアのミスキックを見逃さず、センターライン付近(ゴールより約54mの位置)からダイレクトでゴールに蹴りこんだ[13]。試合後にこのゴールを振り返って「10年から15年後になっても、子供たちに聞かせられるゴールだ」と語った[14]

個人成績

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三冠を達成したシーズンのスタンコヴィッチ(2009年)
クラブ シーズン リーグ カップ 国際大会 その他 通算
ディビジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
レッドスター・ベオグラード 1994-95 プルヴァ・リーガ 7 0 0 0 0 0 0 0 7 0
1995-96 プルヴァ・リーガ 24 4 4 1 2 0 0 0 30 5
1996-97 プルヴァ・リーガ 26 10 6 1 5 2 0 0 37 13
1997-98 プルヴァ・リーガ 28 15 7 3 4 3 0 0 39 21
通算 85 29 17 5 11 5 0 0 113 39
ラツィオ 1998-99 セリエA 29 4 5 1 7 4 1 0 42 9
1999-00 セリエA 16 3 4 0 11 2 1 0 32 5
2000-01 セリエA 21 0 2 1 9 0 1 0 33 1
2001-02 セリエA 27 7 4 0 5 1 0 0 36 8
2002-03 セリエA 29 6 2 0 7 0 0 0 38 6
2003-04 セリエA 15 2 4 2 8 0 0 0 27 4
通算 137 22 21 4 47 7 3 0 208 33
インテル 2003-04 セリエA 14 4 2 0 0 0 0 0 16 4
2004-05 セリエA 31 3 6 0 10 3 0 0 47 6
2005-06 セリエA 23 2 7 2 8 2 0 0 38 6
2006-07 セリエA 34 6 3 0 7 0 1 0 45 6
2007-08 セリエA 21 1 3 0 6 0 1 0 31 1
2008-09 セリエA 31 5 1 0 5 0 1 0 38 5
2009-10 セリエA 29 3 1 0 12 2 1 0 43 5
2010-11 セリエA 26 5 3 1 7 2 4 1 40 9
2011-12 セリエA 19 0 0 0 5 0 1 0 25 0
2012-13 セリエA 3 0 0 0 0 0 0 0 3 0
通算 231 29 26 3 60 9 9 1 326 42
総通算 453 80 64 12 118 21 12 1 647 114

代表数

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国際Aマッチ 103試合 15得点(1998年-2013年)

ユーゴスラビア
セルビア・モンテネグロ
セルビア
出場 得点
1998 10 3
1999 7 3
2000 8 0
2001 6 2
2002 8 0
2003 4 1
2004 6 2
2005 7 0
2006 11 2
2007 5 0
2008 6 0
2009 7 0
2010 10 2
2011 7 0
2012 0 0
2013 1 0
通算 103 15

監督成績

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2022年10月20日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
ツルヴェナ・ズヴェズダ セルビアの旗 2019年12月21日 2022年8月26日 134 105 20 9 334 79 +255 078.36
サンプドリア イタリアの旗 2022年10月6日 現在 3 0 2 1 3 4 −1 000.00
合計 137 105 22 10 337 83 +254 076.64

タイトル

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選手時代

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レッドスター・ベオグラード
SSラツィオ
インテルナツィオナーレ・ミラノ
個人

指導者時代

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レッドスター・ベオグラード

脚注

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  1. ^ UEFA.com (2 October 2015). “Ambassador: Dejan Stanković” (英語). UEFA.com. 4 May 2021時点のオリジナルよりアーカイブ4 May 2021閲覧。
  2. ^ Мијатовић најмлађи Звездин стрелац хет-трика”. FK Crvena zvezda (2023年12月17日). 2023年12月25日閲覧。
  3. ^ インテルのスタンコビッチ セルビア代表からの引退を表明”. スポーツナビ (2011年10月13日). 2011年10月25日閲覧。
  4. ^ スタンコビッチ引退試合飾る “おじぎポーズ”で別れ”. スポーツニッポン (2013年10月12日). 2013年10月12日閲覧。
  5. ^ スタンコヴィッチ氏がウディネーゼに入閣「新しい冒険の始まり」”. サッカーキング (2014年7月6日). 2014年11月29日閲覧。
  6. ^ Dejan Stanković is the one!” (英語). FK Crvena zvezda (21 December 2019). 18 August 2021閲覧。
  7. ^ Champions!” (English). FK Crvena zvezda (29 May 2020). 13 June 2021閲覧。
  8. ^ Super Liga 2019/2020 - 30. Round” (英語). WorldFootball.net. 18 August 2021閲覧。
  9. ^ Ovo su Zvezdini šampioni” (Serbian). FK Crvena zvezda (19 May 2021). 13 June 2021閲覧。
  10. ^ Дејан Станковић поднео оставку”. FK Crvena zvezda (2022年8月26日). 2022年8月26日閲覧。
  11. ^ Benvenuto mister: Stankovic è l’allenatore della Sampdoria” (イタリア語). U.C. Sampdoria (6 October 2022). 6 October 2022閲覧。
  12. ^ Heyes, Apollo (6 October 2022). “Official: Sampdoria appoint new head coach Stankovic”. Football Italia. 6 October 2022閲覧。
  13. ^ UEFA.com 2009年10月18日
  14. ^ スタンコビッチ:「CLでも勝利を」 goal.com 2009年10月19日
  15. ^ goal.com 2011年4月6日

外部リンク

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