ドイツ連邦議会
ドイツ連邦議会 Deutscher Bundestag | |
---|---|
種類 | |
種類 | |
任期制限 | 4年 |
沿革 | |
前身 | 国会 (ナチス・ドイツ) 人民議会 |
役職 | |
副議長 | |
構成 | |
定数 | 734[1] |
院内勢力 | 与党 (416)
社会民主党 (207)
同盟90/緑の党 (117)
自由民主党 (91)
野党 (318) CDU・CSU議員団 (196)
ドイツのための選択肢 (77)
左翼党 (28)
ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(10)
その他 (7)
|
選挙 | |
小選挙区比例代表併用制 | |
前回選挙 | 2021年9月26日 |
議事堂 | |
ドイツ、 ベルリン市ミッテ区 国会議事堂 | |
ウェブサイト | |
Deutscher Bundestag | |
脚注 | |
|
ドイツ連邦議会(ドイツれんぽうぎかい、ドイツ語: Deutscher Bundestag)は、国民から選挙される議員から構成されるドイツ連邦共和国の議会。ドイツにおける下院に相当する。
概要
[編集]任期4年。ドイツではこの連邦議会と各州政府の代表から構成される連邦参議院の二院制をとっている。立法機関としては地位も権能も国民の直接選挙で選ばれる連邦議会に優位がおかれ、このためにドイツの国会は一院制と見ることもできる。国会議事堂内は連邦議会の議場のみ存在し、上院に相当する連邦参議院の議場は、この国会議事堂になく、旧プロイセン貴族院に置かれている。
議会の沿革
[編集]- 神聖ローマ帝国時代に諸侯会議(Reichstag、ライヒスターク)が設置される。これは現在の意味の議会の機能を有するものではなかった。
- 1815年に創設されたドイツ連邦で初めて連邦議会 (Bundestag des Deutschen Bundes、ブンデスターク・デス・ドイチェン・ブンデス。直訳すれば「ドイツ連邦の連邦議会」) という名称が使われた。
- 1867年に始まる北ドイツ連邦では神聖ローマ帝国と同じ国会(Reichstag、ライヒスターク)と称した。
- 1871年にドイツ国(Reich)が成立すると「国会」(Reichstag)の名称がそのまま継承されて、ヴァイマル共和政、ナチス・ドイツ時代までこの名称が存続した。
- 1949年にドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立すると、同年の9月7日にドイツ連邦議会(Deutscher Bundestag)という名称が採用された。議事堂は臨時首都のボンに置かれた。
- 1990年の再統一後、1999年に、ベルリンの国会議事堂の大改修が完了し、ドイツ連邦議会はベルリンへ移転した。
権限
[編集]- 法案の先議権は連邦議会にある。
- 連邦首相を選出する。
- 議会の解散権は連邦大統領にある。ただし要件は連邦政府信任決議の否決及び連邦議会による連邦首相の指名が3回に及んでも統一見解を得ない場合に限られており、容易には解散できないようになっている。連邦議会解散は過去に3回ある(1972年、1983年、2005年)。なお、連邦政府不信任決議の可決は、後継の連邦首相の指名とセットである(建設的不信任制度)ため、この方法で連邦議会を解散することはできない。
選挙制度
[編集]沿革
[編集]初期議会の選挙制度
[編集]1949年の第1回連邦議会議員選挙(定数400議席(表決権のない西ベルリン選出議員を除く。))においては、「第1期連邦議会及び第1期連邦集会に関する1949年6月15日の選挙法」(BGBl. I S.21)に基づき、242議席(うち2議席が超過議席)が選挙区から選出され、160議席が州名簿から選出された[1]。この選挙は、1票制であり、定数の割り当て、政党への議席配分、阻止条項の適用は、いずれも州ごとに実施された[1]。その結果、各州において有効投票総数の5%以上の得票があるか、又は選挙区において1議席以上を獲得した政党でなければ、州名簿への議席配分を受けることができなかった[1]。
1953年の第2回連邦議会議員選挙においては、「第2期連邦議会及び連邦集会に関する1953年7月8日の選挙法」(BGBl. I S.470)に基づき、定数が484議席に増加し、選挙区の定数と州名簿の定数の比率が50%ずつとなったほか、2票制が導入された[1]。阻止条項の適用は、州ではなく連邦全土を単位として実施されたため、連邦全土で第2票(政党への投票)の有効投票総数の5%以上の得票があれば、州名簿への議席配分を受けることが可能となった[1]。
連邦選挙法の制定
[編集]その後、1956年には、恒久法として連邦選挙法(BGBl. I S.383)[注釈 2]が制定され、現在に至るまでの間、連邦議会議員選挙は同法に基づいて実施されている[1]。
1957年の第3回連邦議会議員選挙においては、定数が496議席に増加したほか、阻止条項のハードルが高められ、連邦全土で第2票の有効投票総数の5%以上の得票があるか、又は選挙区において3議席以上を獲得した政党でなければ、州名簿への議席配分を受けることができないこととされた[1]。また、同一政党の州名簿を結合(「名簿結合」)して、これを1つの名簿とみなして議席配分をすることが可能となった(連邦選挙法7条)[1]。その後、1つの州のみで選挙に参加する政党(例えば、キリスト教社会同盟(CSU))以外の全ての政党が名簿結合を利用するようになったため、1975年6月24日の連邦選挙法改正法(BGBl. I S.1593)において、同一政党の州名簿は、反対の意思表示がない限り、結合されたものと推定する旨の規定が設けられ、名簿結合をすることが原則であるとされた[1]。これによって、全国レベルでの政党への議席配分と、当該議席数の各州名簿への配分という2段階の議席配分方式が確立した[1][注釈 3]。
このような2段階の議席配分方式の合理性については、次のような問題点が指摘されてきた。すなわち、併用制は、比例代表制を本質としており、「結果価値の平等」を要請しているのであるから、超過議席を容認することが、「結果価値の平等」を侵害し、「選挙の平等」(基本法38条1項)に違反するのではないかという点である[2]。しかしながら、連邦憲法裁判所は、1997年4月10日の第二法廷の判決において、併用制が純粋な比例代表制ではなく多数代表制(小選挙区制)の要素を含むことを理由として、超過議席の発生を許容する連邦選挙法の規定が一定の限度において合憲であると判断している[3][注釈 4]。
負の投票価値の問題
[編集]その後、2005年ドイツ連邦議会選挙の際には、選挙制度の欠陥として、第2票(政党への投票)の増大がかえってその政党の議席の減少をもたらし、逆に、第2票の減少がその政党の議席の増大をもたらすことがある、という「負の投票価値」(Negatives Stimmgewicht)の問題が明るみに出た[4][注釈 5]。「負の投票価値」の問題が生じる機序は、次のとおりである。各政党の獲得議席の総数は、「名簿結合」によって連邦全土での第2票の得票数に比例して決定される(これを「上位配分」という。)が、その議席数が各州名簿に配分される際には、当該政党の州名簿に投じられた第2票の得票数に比例して配分される(これを「下位配分」という。)こととなる[4]。それゆえ、ある政党がいずれかの州で超過議席を得た場合に、当該政党に対して配分されるべき最後の1議席が、超過議席の発生した州に配分されるか、超過議席の発生しなかった州に配分されるかによって、当該政党の獲得議席数が変化する[5]。このことと関連して、ある州における当該政党の第2票の得票数が増加したとしても、連邦全土での当該政党の獲得議席数が減少し、逆に、ある州における当該政党の第2票の得票数が減少したとしても、連邦全土での当該政党の獲得議席数が増加する、という現象が生じうる[5]。例えば、超過議席の発生した州に最後の1議席が配分された場合には、当該政党の獲得議席数に変化は生じないが、その州における当該政党の得票数が減少した際に、最後の1議席が超過議席の発生していない州に配分されるとするならば、当該政党の獲得議席数は増加することとなる[5]。
「負の投票価値」の問題について、連邦憲法裁判所は、2008年7月3日の第二法廷の判決において、超過議席が生じる場合の議席配分の原則について規定した連邦選挙法7条3項第2文(同法6条4項及び5項を準用)の規定が、基本法38条1項の保障する選挙の平等及び直接選挙の原則を侵害するものとして違憲であると判断し、2011年6月30日までに合憲的な規定に改めることを立法者(連邦議会及び連邦参議院)に対して義務付けた[6]。
連邦憲法裁判所は、立法者に対して2011年6月30日まで3年間の猶予を与えていたため、次に予定されていた2009年の選挙は、従来の制度のもとで実施することが許容されていた[7]。しかしながら、緑の党が同選挙を合憲席な制度のもとで実施する必要があるとして、2009年2月11日に、独自の連邦選挙法改正案を連邦議会に提出した[7]。この改正案は、左翼党以外の会派の賛成を得ることができず、同年7月3日に否決された[7]。
2009年9月27日のドイツ連邦議会選挙においては、過去最多の24議席が超過議席として発生した[7]。この選挙の結果、CDU/CSUとSPDの大連立が解消され、CDU/CSUと自由民主党(FDP)の連立政権が成立した[7]。選挙後、緑の党、SPD、左翼党などの野党各会派が次々に連邦選挙法改正案を連邦議会に提出し、連立与党も2011年6月28日(連邦憲法裁判所が設定した期限の2日前)にようやく改正案を連邦議会に提出した[7]。
連邦選挙法改正案は、連邦議会内務委員会における審査を経た後、連立与党案の一部修正案が採用されて成立し、2011年12月3日から施行された[8]。改正法による新たな議席配分方式は、次のとおりである[9]。
- 定数598議席について、投票数に基づき、サン=ラグ・シェーパース方式[注釈 6]によって16州に比例配分する(上位配分、法6条1項)。ただし、各州の選挙区数及び区割りは、連邦選挙法附則によってあらかじめ固定されている。
- 上位配分によって各州に配分された議席について、各州において投票された第2票の数に基づき、サン=ラグ・シェーパース方式によって各政党の州名簿に配分する(下位配分、法6条2項)。各政党の各州名簿に配分された議席数から、当該州での選挙区当選者数を控除する(同条4項)[注釈 8]。
- 上記2の配分に際して、ある政党が選挙区において獲得した議席は、当該政党の州名簿に配分する議席数を超過する場合であっても、なお当該政党に付与されたままとする(超過議席の維持、法6条5項)。
- ある政党の州名簿に対しては、州名簿に投票された第2票と、各州において獲得した議席に要した第2票との差の合計(残余票数)を、連邦全土で1議席を得るために必要な票数で除して、小数点以下が0.5未満の場合は切り下げ、0.5を超える場合は切り上げ、複数の可能な議席配分が生じたときには連邦選挙長がくじ引きで決定する整数と同数の議席が、残余票数の多い順に配分される(追加議席、法6条2a項第1文)。
- 超過議席が生じた州名簿に対して、超過議席の多い順に、追加議席総数に至るまで、優先的に追加議席が配分される。議席の総数は、その差分だけ増加する(法6条2a項第2文)。
このように、改正法においては、併用制の枠組みの中で「名簿結合」が廃止され、州ごとに政党への議席配分を行い、議席に結びつかなかった残余票を全国レベルで集計し、追加議席を付与する方法で、「負の投票価値」の問題が解決された[11]。
なお、この仕組みのもとでは、ある政党が全国レベルで過半数の第2票を得たにもかかわらず、議席配分の過程において過半数の議席を得ることができない場合が生じる[11]。そのため、こうした事態を防ぐために、連邦全体で配分される議席の半数より1議席多い議席が配分されるまで、当該政党の州名簿の残余票が多い順に、追加的な議席が配分され、その場合は、議員の総数がその差分だけ増加する旨の規定(多数保障条項(Mehrheitssicherungsklausel))が設けられた(法6条3項)[11]。
現行制度
[編集]ドイツ連邦議会は小選挙区比例代表併用制を採用している。これは日本の「小選挙区比例代表並立制」とは異なるもので、比例代表制を主に、小選挙区制の要素を加えた制度である。その詳細は以下の通りである。
まず全国で比例代表として法定定数全議席の598議席を設定する。またドイツの16の連邦州に、人口に応じて法定定数の半分の299の小選挙区を配分し設定する(例えばバイエルン州45議席、ベルリン12議席など)。各連邦州に配分された小選挙区は、人口を考慮して州内で区割りが行われる。
有権者はそれぞれの小選挙区での立候補者に投じる票と、比例代表で政党に投じる票の各1票、計2票を持つ。
議席の決定は以下のように行われる。
まず比例代表で政党に投じられた票を集計する(集計単位は連邦全体)。この結果をもとに各政党に議席が配分される。このとき、連邦全体での得票率が5%以上であるか、3つ以上の小選挙区で勝利した政党のみに議席が配分され、それらを満たさない政党は計算から除外される(阻止条項)。ただし、少数民族政党には阻止条項は適用されないため、例えばシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のデンマーク系やフリースラント系住民による地域政党・南シュレースヴィヒ選挙人同盟(SSW)は2021年の総選挙で1名を当選させている[12]。
また小選挙区で得票が1位となった者は、無条件に当選者となる。
比例代表で議席を獲得した政党は、連邦全体集計で獲得した議席を各連邦州での獲得した票数に応じて各連邦州に再配分される。そして各連邦州の政党支部ごとに作成した比例名簿を参照するのであるが、このとき比例で配分された議席数に、まず小選挙区での当選者を割り当て、足りない分は比例名簿の上位から補充する。ただし以下に解説するような「超過議席(ドイツ語:Überhangmandat、英語:Overhang seat)」が発生した場合、比例代表の配分議席に加えて議席が与えられる。こうして最終的な当選者が決定する。
2011年10月14日の選挙法改正で、連邦全体集計での配分が廃止され、各連邦州での投票者数に応じて州ごとの議席数が決められることとなった。
具体例としては、2005年の選挙ではベルリンでドイツ社会民主党は選挙区で7議席、比例では8議席が割り当てられたので、小選挙区当選の7人と比例名簿から1人の8人が当選となった。また同じベルリンで自由民主党は小選挙区で当選は無かったが、比例で2議席を得たので比例名簿から2人をあてることとなった。一方、ハンブルクにおいてドイツ社会民主党は小選挙区で6議席を得たが、比例では5議席しか得られなかった。この場合は小選挙区の6議席がそのまま当選となり、比例よりも多くなってしまった1議席が超過議席と呼ばれる。
上の例のほか、比例代表で議席を得られなかった政党や無所属の候補が小選挙区で当選することもあり得る。これらも超過議席となる。このため、法定議席の598を上回ることが多い。
選挙権および被選挙権が付与されるのは18歳以上のドイツ国民である。議員の任期は4年で、後述するように解散が容易には行われないため基本的には4年間の任期満了をもって選挙となる。例外は連邦首相の信任決議案が否決された場合[注釈 9]であり、この場合は首相の助言により連邦大統領が議会を解散して早期の選挙となる(ドイツ連邦共和国基本法第68条)。
東西ドイツ統一後の選挙結果
[編集]2021年9月現在の議席は735議席(超過議席が137議席発生したので法定定数598議席とは異なる)。
政党 | 1990 | 1994 | 1998 | 2002 | 2005 | 2009 | 2013 | 2017 | 2021 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
SPD | 社会民主党 | 239 | 252 | 298 | 251 | 222 | 146 | 193 | 153 | 206 | ||
CDU/CSU | キリスト教民主・社会同盟 | 319 | 294 | 245 | 248 | 226 | 239 | 311 | 246 | 197 | ||
CDU | キリスト教民主同盟 | 268 | 244 | 198 | 190 | 180 | 194 | 255 | 200 | 152 | ||
CSU | キリスト教社会同盟 | 51 | 50 | 47 | 58 | 46 | 45 | 56 | 46 | 45 | ||
GRÜNE | 同盟90/緑の党 | 8 | 49 | 47 | 55 | 51 | 68 | 63 | 67 | 118 | ||
FDP | 自由民主党 | 79 | 47 | 43 | 47 | 61 | 93 | 0 | 80 | 91 | ||
AfD | ドイツのための選択肢 | - | - | - | - | - | - | 0 | 94 | 83 | ||
LINKE | 左翼党 | - | - | - | - | - | 76 | 64 | 69 | 39 | ||
PDS | 民主社会党 | 17 | 30 | 36 | 2 | 54 | - | - | - | - | ||
SSW | 南シュレースヴィヒ選挙人同盟 | - | - | - | - | - | - | - | - | 1 | ||
662 | 672 | 669 | 603 | 614 | 622 | 631 | 709 | 735 |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ AfDの党員だがAfDの院内会派には属していないマティアス・ヘルフェリヒ議員
- ^ 連邦選挙法の邦訳については、(山口 2008)を参照。
- ^ なお、小選挙区比例代表併用制は、1949年の西ドイツ成立時に、キリスト教民主同盟(CDU)等が小選挙区制を主張し、社会民主党(SPD)等が比例代表制を主張した結果、SPD等の主張が多数を占めたことによって導入されたとされている[1]。併用制は、1902年にオーストリアのジークフリート・ガイアーハーンが考案したのが始まりであるとされている[1]。
- ^ この判決は、「超過議席が毎回規則的に相当多数発生するような状況」は違憲となる可能性を示唆しており、その目安としては、5%の阻止条項を手がかりとして、全議席の5%という基準を示している[4]。
- ^ なお、「負の投票価値」の可能性は、すでに1994年にハンス・マイヤーによって指摘されていたとされる[5]。
- ^ 従来のヘア・ニーマイヤー式(ヘア式最大剰余法)に代わって、2008年3月18日公布の連邦選挙法改正法(BGBl. I S.394)によって採用された比例代表制の議席配分方式をいう[4]。この方式によれば、連邦全土での各政党への議席配分は、次のように行われる。まず、議席配分を受ける全政党の州名簿に対して投票された第2票を全国集計する[4]。そして、その数を、配分されるべき議席数で除し、商を配分基数とする[4]。そうして、各政党が連邦全土で獲得した第2票を配分基数で除すことによって、各政党の議席が配分される[4]。残余議席がある場合には配分基数を引き上げ、議席が不足する場合には配分基数を引き下げることによって、全ての議席が配分されるようにする[4]。州名簿への配分は、政党が連邦全土で獲得した議席数について、各州における当該政党の得票数に従って、上記と同一の方式で配分される[4]。その際、0.5未満の端数は切り下げ、0.5を超える端数は切り上げ、端数が0.5の場合には配分される議席の総数と一致するように切り上げ又は切り下げる[4]。複数の可能な議席配分が生じたときは、連邦選挙長がくじ引きで決定する[4]。この議席配分方式は、サン=ラグ方式(各政党の得票を1、3、5、7、と順次奇数で除して、商の大きい順に定数まで議席配分する方式)と同一の結果になるとされている[4]。
- ^ 現に、2002年ドイツ連邦議会選挙の際にベルリン州選挙区でこうした事態が生じたことから、この問題は、「ベルリンの第2票」問題と呼称されている[10]。
- ^ 並立制の場合とは異なり、各政党の議席増加に繋がるのは、第2票のみであり、第1票は、第2票の集計によって決定された政党の獲得議席の中で、選挙区選挙による当選者を決定する際に役立つにすぎない[10]。しかしながら、第1票が、無所属候補者や、州名簿の届出が認められない政党の候補者に対して投票された場合には、第1票だけで当選が決定することとなる[10]。そのため、無所属候補者等に対して投票し、その者が当選した場合には、その者に対して投票した選挙人の第2票を無効とする旨の規定が設けられている(法6条1項)[10]。こうした規定が設けられている趣旨は、この場合に第2票の効力を認めると、選挙区選挙において無所属候補等の当選に寄与した上で、さらに、州名簿候補者の当選にも寄与することとなるため、「二重の投票結果」(einen doppelten Stimmerfolg)が生じることとなるから、これを防ぐ必要があるためであるとされている[10]。他方で、阻止条項の適用があるため第2票に基づく議席配分が受けられない政党の当選者に対して第1票を投票した場合において、第2票が当該政党とは別の政党に投票されていたときには、同じように「二重の投票結果」が生じることとなるが、これを防ぐ規定は設けられていなかった[10][注釈 7]。そのため、法6条1項を改正して、このような選挙人の第2票についても無効とする旨の規定が設けられた[10]。
- ^ ドイツでは内閣不信任は基本法第67条(1)の規程により後継首相の選出なしに行うことができないため(建設的不信任)、日本のように内閣不信任決議が可決されたことをもって議会解散ないしは内閣総辞職という形にはならない。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l 山口 2012, p. 30.
- ^ 山口 2012, p. 33.
- ^ 山口 2012, pp. 34–35.
- ^ a b c d e f g h i j k l 山口 2012, p. 35.
- ^ a b c d 山口 2012, p. 36.
- ^ 山口 2012, p. 37.
- ^ a b c d e f 山口 2012, p. 39.
- ^ 山口 2012, pp. 47–49.
- ^ 山口 2012, pp. 47–48.
- ^ a b c d e f g 山口 2012, p. 48.
- ^ a b c 山口 2012, p. 49.
- ^ “SSW zieht in den Bundestag ein”. ZDF (2021年9月27日). 2021年9月28日閲覧。
参考文献
[編集]- 山口和人「ドイツの連邦選挙法」『レファレンス』第237号、国立国会図書館調査及び立法考査局、36頁、2008年9月。CRID 1521417754707818880。 NAID 40016282330。
- 山口和人「ドイツの選挙制度改革:小選挙区比例代表併用制のゆくえ」『レファレンス』第62巻、第6号、国立国会図書館、29頁、2012年6月。CRID 1524232503251603840。 NAID 40019362737。
関連項目
[編集]歴史的なドイツの議会
[編集]外部リンク
[編集]- ドイツ連邦議会公式サイト(ドイツ語)
- 【ドイツ】連邦選挙法の改正