三菱ビルヂング
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三菱ビルヂング | |
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情報 | |
用途 | オフィス |
設計者 | 三菱地所 |
施工 | 清水建設 |
建築主 | 三菱地所[1] |
構造形式 | 鉄筋コンクリート構造、鉄骨鉄筋コンクリート構造、鉄骨構造 |
敷地面積 | 5,739 m² [2] |
建築面積 | 4,216 m² [2] |
延床面積 | 62,732 m² [2] |
階数 | 地下4階、地上15階 |
着工 | 1971年9月6日 |
竣工 | 1973年3月28日 |
所在地 |
〒100-0005 東京都千代田区丸の内一丁目5番1号 |
座標 | 北緯35度40分47.75秒 東経139度45分49.29秒 / 北緯35.6799306度 東経139.7636917度座標: 北緯35度40分47.75秒 東経139度45分49.29秒 / 北緯35.6799306度 東経139.7636917度 |
三菱ビルヂング(みつびしビルヂング)は、東京都千代田区丸の内一丁目に所在するオフィスビルである。
歴史
[編集]本ビル建設前のこの地には、1918年竣工で石造4階建(一部6階建)の三菱本館が建っていた。三菱本館は財閥解体以前は三菱合資会社が事務所を構え、岩崎小弥太が使用した部屋も特別会議室として残されるなど、三菱グループの総本山的存在であった。しかし、三菱化成工業をはじめ入居企業から増室を希望する声が挙げられ、三菱商事からも西側に隣接する旧三菱商事ビルを解体し共同でビルを建設したいとの提案があったことから、1971年3月に建替えを決定した。新たなビルは1971年9月6日に着工。1973年3月28日に竣工し、「三菱ビルヂング」と命名された。旧三菱商事ビルの解体とその跡の三菱重工ビル増築工事も同時進行で行われ、低層部は両ビル一体構造とされた。三菱重工ビルは、のちに丸の内二丁目ビルに名称変更されている。三菱ビルヂングの入居テナントは三菱化成工業、三菱油化、三菱モンサント化成(この3社は現在の三菱ケミカル)、三菱ガス化学、三菱樹脂(現在三菱ケミカル)の三菱系化学メーカー5社が大部分を占め、三菱金曜会の事務局が置かれた[3](のちに三菱商事ビルディングに移転[4])。1974年には、第15回BCS賞を受賞している[2]。
脚注
[編集]- ^ 清水建設二百年作品集
- ^ a b c d 第15回BCS賞受賞作品(1974年)三菱ビルヂング(日本建設業連合会)
- ^ 三菱地所株式会社社史編纂室 1993, pp. 208–211.
- ^ “三菱グループの最高決定機関「金曜会」の知られざる権力構造と裏序列”. ダイヤモンド・オンライン (2016年1月25日). 2016年4月13日閲覧。
参考文献
[編集]外部リンク
[編集]- 三菱ビル - 三菱地所オフィス情報
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