塚本芳和
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塚本 芳和(つかもと よしかず、1930年5月26日[1] - 2010年4月17日[2])は、日本の実業家。
来歴
[編集]- 1930年5月26日 - 情報将校(後に陸軍大佐)の塚本誠の子として兵庫県伊丹市に生まれる。父誠は戦後電通の取締役を務めている。祖父は日露戦争に従軍し、黒講台会戦で戦死した陸軍少佐の塚本芳郎。
- 1948年 - 栃木県立栃木高等学校卒業、旧制水戸高校に進学[3]
- 1954年 - 東京大学農学部卒業
- 1959年 - 農学博士号取得, 電通入社(調査, マーケティング, 連絡, システム開発, 総合開発, 総合計画室他)
- 1983年 - メディア開発局長
- 1987年 - 取締役総合計画室長
- 1989年 - 常務取締役
- 1995年 - 顧問, エレクトロニック・ライブラリー代表取締役社長兼務(1999年相談役)
著書
[編集]単著
[編集]- 『マルチ・メディア曼荼羅』(筑波書房,1997年)
共著
[編集]- 『電子メディアの近代史 「井戸を掘った人々」の創造と挑戦の日々』(ニューメディア, 1996年)
※和久井孝太郎・堀之内勝一との共著
脚注
[編集]- ^ 電通軍師にしてニューメディアの旗手 塚本芳和(3)(2020年5月17日閲覧)
- ^ 電通軍師にしてニューメディアの旗手 塚本芳和(8)(2020年5月17日閲覧)
- ^ “電通軍師にしてニューメディアの旗手 塚本芳和(3) | ウェブ電通報”. dentsu-ho.com. 2023年3月2日閲覧。