岡田節人
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岡田 節人 (おかだ ときんど) | |
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生誕 |
1927年2月4日[1] 日本 兵庫県伊丹市[2] |
死没 | 2017年1月17日(89歳没) |
居住 | 日本 |
国籍 | 日本 |
研究分野 | 発生生物学 |
研究機関 |
京都大学 岡崎国立共同研究機構 JT生命誌研究館 |
出身校 | 京都大学[1] |
影響を 与えた人物 | 竹市雅俊、笹井芳樹 |
主な受賞歴 | ハリソン賞 (The Ross Harrison Prize)[3] |
プロジェクト:人物伝 |
岡田 節人(おかだ ときんど、1927年2月4日[1] - 2017年1月17日)は、日本の発生生物学者[2]。従三位。JT生命誌研究館名誉顧問、京都大学名誉教授。理学博士。兵庫県伊丹市出身[2]。伊丹市名誉市民[2]。京都市名誉市民。
人物
[編集]一般向けの著書も書いており、クラシック音楽好きである。妻・岡田瑛(1928 - 、京都大学理学部卒、生物学、神戸海星女子学院大学名誉教授)は脇圭平の妹[4]。息子岡田暁生は音楽学者。父は国文学者岡田利兵衞で、元伊丹市長でもあった。父利兵衞が地元に没後設立した財団法人「柿衞文庫」理事・名誉館長でもある[2]。四方田犬彦の母方の遠縁に当たる[5]。
略歴
[編集]- 伊丹尋常高等小学校、甲南高等学校 (旧制)卒業
- 1950年 京都大学理学部動物学科卒業
- 1954年 京都大学理学部動物学科助手(動物学第三講座)
- 1957年 エジンバラ大学動物遺伝学研究所留学
- 1959年 京都大学より理学博士 題は「両生類の消化器官分化に関する実験形態学的研究 」
- 1960年 京都大学理学部動物学科講師(動物学第三講座)
- 1961年12月 京都大学理学部動物学科助教授(動物学第三講座)
- 1964年 米国カーネギー発生学研究所留学
- 1967年8月 京都大学理学部動物学科教授(発生生物学講座)
- 1968年4月 京都大学理学部生物物理学科教授(原形質物性学講座 動物学科発生生物学講座教授兼任(1971年5月まで))
- 1984年 岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所所長に転任
- 1985年4月 京都大学名誉教授
- 1989年 岡崎国立共同研究機構長
- 1990年 退官
- 1993年 JT生命誌研究館館長(2003年3月まで)
- 2007年 文化勲章受章
その他の役職
[編集]- 1977 - 1983年 日本発生生物学会会長
- 1981 - 1985年 国際発生生物学会会長
- 1990年 スペイン王立科学アカデミー会員
- 1990年 インド科学アカデミー会員
- 1991 - 1996年国際生物科学連合副総裁
受賞歴・叙勲歴
[編集]- 1986年 中日文化賞[7]
- 1988年 アルコン科学賞(眼科学、米)
- 1989年 国際発生生物学会ハリソン賞[3](日本人初の受賞[2])
- 1990年 紫綬褒章
- 1995年 文化功労者
- 1998年 勲二等旭日重光章[8]
- 2005年 京都府文化賞特別功労賞
- 2007年 文化勲章[9]
- 2008年 伊丹市名誉市民[2]、京都市名誉市民[10]
- 2017年 従三位(没後追贈)[11]
著書
[編集]単著
[編集]- 細胞の社会 生命秩序をさぐる(講談社ブルーバックス)、1972年)
- 試験管のなかの生命 細胞研究入門(岩波新書、1976年)
- がん細胞 その奇妙なふるまい(東京大学出版会、1979年)
- 動物の体はどのようにしてできるか 発生生物学入門(岩波新書、1981年)
- 生命科学の現場から(新潮選書、1983年)
- 発生における分化(岩波書店、1985年)
- 学問の周辺 私の生物学小(佼成出版社、1991年)
- からだの設計図 プラナリアからヒトまで(岩波新書、1994年)
- 生命体の科学 テクノロジーと文化(人文書院、1994年)
- アルマ・マーラーに恋した生物学者 生命の響き(哲学書房、2000年)
- 生物学の旅 始まりは昆虫採集!(新潮選書、2000年)
- ヒトと生きものたちの科学のいま(岩波書店、2001年)
共編著
[編集]- 細胞に刻まれた未来社会 田原総一朗(朝日出版社〈週刊本〉、1985年)
- 脊椎動物の発生 編(培風館、1989年)
- 生物学個人授業 南伸坊(新潮社のち新潮文庫、1996年)
- <構造>としての身体 進化・生理・セックス(河出書房新社、1997年)
翻訳
[編集]- 発生 そのメカニズム J.D.イバート、I.M.サセックス 岡田瑛共訳 (岩波書店、1967年)
- 発生と分化の原理 C.H.ウォディントン 岡田瑛共訳 (共立出版、1968年)
脚注・出典
[編集]- ^ a b c 『朝日現代用語 知恵蔵 1990』朝日新聞社、東京都中央区築地5-3-2、1990年1月1日、1182頁。雑誌60031-01。
- ^ a b c d e f g “名誉市民・岡田節人(おかだときんど)氏/伊丹市ホームページ”. 伊丹市役所. 2016年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月2日閲覧。
- ^ a b “ISDB - About ISDB” [ISDB - 国際発生生物学会について] (英語). The International Society of Developmental Biologists (ISDB). 2016年8月27日閲覧。 “1989 Tokindo S. Okada”
- ^ 『人事興信録』1995
- ^ 四方田犬彦『星とともに走る』p.224(七月堂、1999年)
- ^ “京大名誉教授・岡田節人さん死去 発生生物学の第一人者”. 朝日新聞デジタル (2017年1月17日). 2022年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月2日閲覧。
- ^ “中日文化賞 受賞者一覧”. 中日新聞. 2022年6月2日閲覧。
- ^ 「98年秋の叙勲 勲三等以上と在外邦人、及び外国人の受章者一覧」『読売新聞』1998年11月3日朝刊
- ^ “文化勲章 狂言の茂山千作氏ら 功労者は仲代達矢氏ら”. 朝日新聞 (2007年10月27日). 2018年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月22日閲覧。
- ^ “京都市名誉市民 岡田節人氏”. 京都市. 2022年9月9日閲覧。
- ^ 『官報』6962号、平成29年2月21日
外部リンク
[編集]- “名誉市民・岡田節人(おかだときんど)氏/伊丹市ホームページ”. 伊丹市役所. 2016年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月2日閲覧。