市田佳寿浩
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基本情報 | ||||||||||||
本名 |
市田 佳寿浩 いちだ かずひろ | |||||||||||
生年月日 | 1975年7月28日(49歳) | |||||||||||
国籍 | 日本 | |||||||||||
身長 | 175cm | |||||||||||
体重 | 75kg | |||||||||||
選手情報 | ||||||||||||
所属 | 日本競輪選手会福井支部 | |||||||||||
期別 | 76期 | |||||||||||
脚質 | 自在 | |||||||||||
アマチュア経歴 | ||||||||||||
1991-1994 | 福井県立春江工業高等学校 | |||||||||||
登録地変遷 | ||||||||||||
1995-2018 | 福井 | |||||||||||
業績 | ||||||||||||
S級S班 | 2010 - 2011 | |||||||||||
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■最終更新日:2024年5月12日 ■テンプレートを表示 |
市田 佳寿浩(いちだ かずひろ、1975年7月28日 - )は、元競輪選手、競輪評論家、実業家。福井県坂井市(旧春江町)出身。現役時代は日本競輪選手会福井支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第76期卒業。師匠は野原哲也(51期)。主な弟子は柳原真緒(114期)。
経歴
[編集]福井県立春江工業高等学校を経て競輪学校に第76期生として入学し、在校競走成績第1位(73勝)で卒業。デビュー戦は1995年8月5日の松阪競輪場(1着)。
GI初出場となった1997年のオールスター競輪(平塚競輪場)では、準決勝まで進出するも、自身の番手をまわった濱口高彰のシビアな切り替えに最終ホームで早々と遭ったこともあり7着敗退。その後は決勝戦に進出することも数多くなったが、そのうち2004年のオールスター競輪決勝戦(西武園競輪場)では、最終4角まで逃げる稲垣裕之の「番手」に位置し、直線で抜け出しを図ったものの、その直線で思ったほどの伸びが見られず、結果、優勝の神山雄一郎と2着の後閑信一にゴール直前で抜かれ、3着に終わった。
だが2年後、2006年2月の西日本王座決定戦(奈良競輪場)決勝で澤田義和の2着に入り、同年7月のサマーナイトフェスティバル(函館競輪場)では、2センター付近で逃げる稲垣裕之を捨て、最終バックから捲り切った佐藤友和の番手に入り込み、ゴール寸前で佐藤を捕らえてGII初優勝を果たした。
2009年の全日本選抜競輪(大垣競輪場)では、優勝の山崎芳仁に次いで2着に入り、これにより年間獲得賞金上位となったことから、2010年は自身初のS級S班格付となった。
2010年2月に玉野競輪場で開催された東西王座戦西日本王座決定戦では、村上義弘・博幸兄弟の捲りに乗る形で直線から抜け出しGII2勝目を果たしている。4月に小松島競輪場で開催された共同通信社杯競輪春一番の決勝でも村上義弘の逃げに乗る形で2着に入線し、さらに7月の寬仁親王牌決勝では脇本雄太が先行して村上義弘の最終バックからの番手捲りをゴール直前で捕らえ、GI初制覇を果たした。
2017年3月17日の第1回ウィナーズカップ(高松)初日第6レースで落車し、右股関節脱臼骨折、右大腿骨粉砕骨折という選手生命を脅かす大怪我を負う[1]。その後は懸命に治療とリハビリを続け、2018年5月7日からの地元・福井での開催で1年2か月ぶりにレース復帰を果たした[2]。
ただ、欠場が長期にわたった影響で、2018年下期(7月 - 12月)でA級に降格することが決まった[3]。欠場中は、第114期の競輪学校卒業記念レースを生観戦し、弟子の柳原真緒が優勝する瞬間を見届けた。
同年10月23日、近畿地区プロ開催前日の奈良競輪場にて記者会見し引退を表明、その後近畿の選手達から花束を受け取った[4]。9月2日の和歌山FII2日目第12レース(準決勝)にてゴール前で落車、再度負傷し欠場していたが、10月12日に主治医と怪我および今後について相談し、最後に家族とも話し合ったあと、引退を決断したことを明かした[5][6]。翌24日には同場で地区プロ終了後に、発案者の村上義弘を含めた9車立ての特別レースが急遽実施され、ただ1人電動アシスト付き自転車で参加した6番車の古原勝己[7][8]の捲りにも耐え、仲間達のサイン寄せ書きが入ったS級S班のレーサーパンツで臨んだ9番車の市田が逃げ切った[9][10]。先頭誘導員は澤田義和の予定だったが[11]師匠の野原哲也が務めた[12]。
選手会福井支部の副支部長職の引き継ぎを経て[13]、2018年12月13日、選手登録消除。通算1679戦451勝、優勝65回(うちGI1回)。
福井支部所属選手として初めてGIタイトルを獲得した功績を称え、2019年11月16日 - 18日の福井FI開催は、第1回日刊スポーツ杯市田佳寿浩カップとして自身の冠レースとして開催された[14]。また、開催期間中は日刊スポーツ特別評論家として日刊スポーツ大阪本社版のレース面では独自のレース予想を行った。
現役引退後は、月刊競輪WEBでコラム連載(「市田佳寿浩の不死鳥ノート」)を行うなど競輪評論家として活動している[15]ほか、プロアマ問わず若手を育成する「市田道場」を開き後進の指導に当たっている[16]。特に柳原真緒は2022年のガールズグランプリを制覇し同年の賞金女王にもなったほか、坂口楓華や安東莉奈も市田に師事するようになって以降急速に力をつけ[17]、坂口は2023年には児玉碧衣に次ぐガールズケイリン連勝記録2位となる32連勝を記録し[18]、安東も2024年に初優勝を果たした[19]。また、これらの活動以外にも自転車店の経営も行っている[20]。
家族
[編集]家族は、妻と子供4人。
次男の市田龍生都(りゅうと、2001年9月28日 - )は、高校在学中の2018年にインターハイ自転車競技男子1000mタイムトライアル[21]と福井国体少年男子1000mタイムトライアルを決勝戦1分4秒942の大会新記録で制し二冠を達成[22]。高校卒業後は中央大学法学部に進学し[23][20]、在学中は全日本大学対抗選手権自転車競技大会チームスプリント、ケイリン、1000mタイムトライアル(2022年)、全日本自転車競技選手権大会トラック・レース(エリート)1000mタイムトライアル、全日本学生選手権トラック自転車競技大会1000mタイムトライアル(ともに2023年)で全てで1位となった[24]。また、大学卒業後は競輪選手となるため日本競輪選手養成所第127回選手候補生入所試験を受験し合格[24]、2024年5月に養成所に入所した[25]。養成所所長の滝澤正光からも「脇本雄太2世」と評されているほど期待されており[26]、第1回記録会、第2回記録会と連続でゴールデンキャップを獲得し、養成所早期卒業候補者に認定されている。
主な獲得タイトル
[編集]競走スタイル
[編集]デビュー時から逃げや捲りの戦法で戦っていたが、勝負勘の鋭さから番手捲りを多用した。晩年は自らの位置を確保するため捌きを見せる自在型としての競走が増えたが、特に大怪我から復帰した2013年以降は追い込みが多くなった。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ “市田佳寿浩、大腿骨粉砕骨折などで全治3カ月/高松”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2017年3月18日) 2018年5月3日閲覧。
- ^ “不死鳥!市田佳寿浩1年2カ月ぶりの実戦復帰/福井”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2018年5月6日) 2018年5月8日閲覧。
- ^ “加倉正義、市田佳寿浩はA降級 中西大ら初S級1班”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2018年3月30日) 2018年5月3日閲覧。
- ^ ““不死鳥”市田が引退発表、会見で感謝の涙「大変幸せでした」”. (2018年10月24日) 2023年6月13日閲覧。
- ^ 引退表明の競輪・市田佳寿浩「ありがとう」一問一答 - 日刊スポーツ、2018年10月23日
- ^ 【競輪】“不死鳥”市田佳寿浩が引退を発表 10年寛仁親王牌でG1制覇 - デイリースポーツ、2018年10月23日
- ^ 市田佳寿浩のラストランで古原勝己が大活躍!? - 日刊スポーツ、2018年10月24日
- ^ 古原は現役選手ではあるが日本競輪選手会常務理事でもあり、現在は役員活動に専念しているため2016年6月以降レースには出走しておらず、事実上引退状態にある。
- ^ 写真ニュース 市田佳寿浩のラストランで古原勝己が大活躍!? ラストランを終えて感涙にむせぶ市田佳寿浩(撮影・杉森洋一) - 日刊スポーツ、2018年10月24日
- ^ 奈良競輪 近プロ 市田佳寿浩 引退レース② - sunnyさんのツイート
- ^ 市田佳寿浩選手引退 特別レースのお知らせ - 奈良競輪オフィシャルサイト、2018年10月24日
- ^ 【競輪】不死鳥・市田佳寿浩が“ラストラン” 「自分の生きてきた競輪を全うできた」 - デイリースポーツ、2018年10月24日
- ^ 市田佳寿浩「不死鳥と呼んでくれたことで頑張れた」地元・福井のファンに引退報告 - スポーツ報知、2018年12月2日
- ^ “レースV展望”. CHUBUNET(中部出版印刷) (2019年11月). 2019年11月17日閲覧。
- ^ 市田佳寿浩の不死鳥ノート - 月刊競輪WEB、2020年1月29日付
- ^ “心身ともに育てる競輪「市田道場」門下生現在13人”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2020年11月25日) 2020年11月26日閲覧。
- ^ “【競輪】坂口楓華は市田佳寿浩に師事して充実一途! 児玉碧衣より先に仕掛ければ勝機/ヤマコウ”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2023年6月13日) 2023年6月13日閲覧。
- ^ “坂口楓華のガールズ連勝記録は「32」でストップ 久米詩にゴール前で差されて2着/岸和田”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2023年5月21日) 2023年5月21日閲覧。
- ^ “<後編>悲願の地元初白星&地元初優勝へ!122期・安東莉奈 【松本直のガールズケイリンちょっとイイ話】”. けいりんマルシェ(JKA) (2024年9月20日). 2024年9月22日閲覧。
- ^ a b “「市田の息子」は誇り ナショナルチームのニューフェイス・市田龍生都インタビュー”. morecadence(JKA) (2022年7月25日). 2023年1月13日閲覧。
- ^ “福井国体・障スポ特集(8) 全国優勝のウラにあった 親子の絆”. 福井テレビ (2018年8月24日). 2019年1月21日閲覧。
- ^ “市田龍生都が福井国体自転車V”. 福井新聞 (福井新聞社). (2018年9月27日). オリジナルの2020年8月8日時点におけるアーカイブ。 2019年1月21日閲覧。
- ^ “自転車競技部再始動!インカレに向けた大事な初戦ー2020全日本学生トラック自転車競技大会”. 中央大学 (2020年9月16日). 2021年5月7日閲覧。
- ^ a b “第127回(男子)選手候補生 主な合格者/第128回(女子)選手候補生 主な合格者” (PDF). KEIRIN.JP (2024年1月18日). 2024年1月18日閲覧。
- ^ “【競輪】日本競輪選手養成所入所式 市田佳寿浩さんの次男や北津留翼の長女らが入所”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2024年5月17日) 2024年5月23日閲覧。
- ^ “【競輪】滝沢正光所長がトークショー 選手養成所でのエピソード満載でファンはくぎ付け/平塚”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2024年5月11日) 2024年5月12日閲覧。
外部リンク
[編集]- 選手プロフィール - KEIRIN.JP
- 内外タイムス 2009年3月31日付記事