毛晋
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毛 晋(もう しん、1599年 - 1659年)は、中国明末から清初にかけての蔵書家・出版家。はじめ名を鳳苞といった。晩年に名を晋に改め、字を子晋、号を隠湖といった。蘇州府常熟県崑承湖の人。その蔵書楼である汲古閣(きゅうこかく)で知られる。出版物は汲古閣本として有名である。
生涯
[編集]同郷の銭謙益に学び、明末に何度か科挙試験を受けたが失敗したため、そのまま官職にはつかずに隠居した。毛晋は古い書物に他よりも高い値段をつけて買い求めた。汲古閣・目耕楼に書物を収蔵し、自ら校勘して出版した。
銭謙益も蔵書家として知られたが、その絳雲楼が1650年に火災で焼失したため、清初には毛晋が最大の蔵書家となった。
子に毛襄・毛褒・毛袞・毛表・毛扆の5人と女子4人があった。とくに毛扆(もうい)は蔵書家・校勘家として有名である。『説文解字』汲古閣本は毛晋と毛扆によって出版されている[1]。
主な出版物・著作
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 銭謙益「隠湖毛君墓誌銘」『牧斎有学集』 巻31 。
- 葉徳輝『書林清話』巻5・明毛晋汲古閣刻書之一、之二