高橋直武
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高橋 直武 | |
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生誕 |
1869年4-5月 日本 新潟県高田市 |
死没 | 1929年6月21日 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1891年 - 1921年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
墓所 | 多磨霊園12区1種16側 |
高橋 直武(たかはし なおたけ、1869年4-5月(明治2年3月) - 1929年(昭和4年)6月21日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。位階および勲等、軍功は従四位・勲三等・功四級[2]。
経歴・人物
[編集]新潟県頚城郡高田町(現在の上越市)出身[1][2]。1891年(明治24年)陸軍士官学校第2期卒業[2][3]。
1916年(大正5年)11月に陸軍歩兵大佐・中津連隊区司令官を経て、1917年(大正6年)8月に歩兵第14連隊長(第12師団、歩兵第12旅団)に任官し、シベリア出兵に従軍[1][2][3]。ハバロフスクおよびブラゴベシチェンスクを占領した[3]。ついで1921年(大正10年)6月に陸軍少将に進級と同時に待命、同年10月に予備役に編入した[1][2]。
親族
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。