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オニバス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オニバス
1. オニバスの浮水葉と花
保全状況評価
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
: スイレン目 Nymphaeales
: スイレン科 Nymphaeaceae
: オニバス属 Euryale
: オニバス E. ferox
学名
Euryale Salisb. (1805)
Euryale ferox Salisb. (1805)[1][2]
シノニム
和名
オニバス (鬼蓮)、ミズブキ (水蕗)[4]、ハリバス (針蓮)[4]、ドンバス[5]、イバラフキ (茨蕗)[6]、イバラバス (茨蓮)[7]
英名
Gorgon plant, prickly water lily, foxnut[1]

オニバス(鬼蓮、学名: Euryale ferox)は、スイレン科に属する一年生水草の1種である。水底の地下茎から葉柄を伸ばし、夏ごろに巨大なを水面に広げる。葉の表面には不規則なシワが入っており、葉の両面や葉柄にはトゲが生えている(図1)。夏に紫色のを水上につけるが、開花しない閉鎖花を水中に多くつける。

本種のみでオニバス属Euryale)を構成する。名に「ハス (バス)」とあるが、ハス (ハス科) とは遠縁である[4]。またが大型で葉や葉柄に大きなトゲが生えていることから、「オニ」の名が付けられた[4][8]。ミズブキやハリバスなどともよばれる (和名欄参照)。

特徴

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一年生水生植物であり、水底の地下茎からを張り、また地下茎からを伸ばしている[9][10][11]。地下茎は太く短い塊状であり、直径4–5ミリメートル (mm) の太い根が束生している[9][10][11]。芽生えの初期の葉は水面には出ない沈水葉であり、長さ4–10センチメートル (cm)、針状から矢じり形、ほこ形となり、トゲはない[4][9][10][11][12][13]。初期の浮水葉は長楕円形で基部に切れ込みがあるが、後期の浮水葉は円形で長い葉柄が葉身の中心付近について楯状となる[8][10][11][13]。葉柄には多数のトゲがある[11]。浮水葉の葉身の直径は0.3–1.5メートル (m) ほどになり[10][11]、さらに直径 2.6 m の記録もある[4]。浮水葉の葉身の質は硬いがもろく、水中からつぼみが水上にでる際にはその部分の葉身が破れる[11] (下図2d)。大きな浮水葉の表面は光沢があり、著しいシワと葉脈上のトゲがある[10][11] (下図2)。浮水葉の裏面は濃紫色、葉脈が隆起して網目状になり、トゲがある[8][9][10][11][12](下図2f)。

2a. 浮水葉
2b. 浮水葉の表面: 葉脈上にトゲがある
2c. 互いに重なって水面を覆う浮水葉

花は地下茎から生じた長い花柄の先端に1個ずつつく[9]。日本では6–10月に開花しない閉鎖花を水中に多くつけ、自家受粉して果実となる[10][11][14]。7−9月には水上に直径 4–5 cm の開放花をつける[9][10][11][12][14] (下図2d)。開放花は日中に開花し、夜に閉じる[8][9]。閉鎖花と開放花は基本的に同じ構造をしている[10]。萼片は4枚、背面は緑色でトゲがあり、長さ 1−3 cm、宿存性[8][9][10][11][12]。花弁は多数、萼片より小さく、外側の花弁は紫色だが内側の花弁は白色[9][10][11][12] (下図2d)。雄しべも多数、内向葯をもつ[9]。心皮は7–16個、合着して1個の雌しべを構成する[9][10]。子房下位で子房表面にはトゲが密生する (下図2d)。子房は心皮数の部屋の分かれており、面生胎座[9][10]。柱頭は凹盤状であり、偽柱頭はない[9][11]。開放花の結実率は低い[10]

2d. (葉を突き抜けている)
2e. 果実
2f. 葉脈の裏面(模型)

果実は液果状で球形〜楕円形、5–13 × 5–10 cm、トゲで覆われている[9][10][11] (上図2e)。不規則に裂開し、多数の種子を散布する。種子は球形、直径 6–10 mm、種皮は顕著なシワをもつものから平滑なものまである[9][10][11][12]。種子は淡紅色の斑点がある肉質の仮種皮に覆われ、しばらく浮遊した後に水底に沈む[4][9][11][13]。種子は翌年発芽するものもあるが、数年から数十年休眠してから発芽することもある[10][11]。また冬季に水が干上がって種子が直接空気にふれる等の刺激が加わることで発芽が促されることも知られており、そのために自生地の状態によってはオニバスが多数見られる年と見られない年ができることがある[4]染色体数は 2n = 58[9]

分布

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3. ヒシ類と混生するオニバス

東アジアから南アジアにかけて (日本韓国中国台湾ミャンマーバングラデシュインドなど) 分布している[2]日本では本州四国九州に広く生息していたが、環境改変にともなう減少が著しい[9][10] (下記参照)。かつて宮城県が日本での北限だったが絶滅してしまい、2020年現在では新潟県新潟市北区が北限となっている[15]

平地にあるやや富栄養の湖沼や、流れの緩やかな河川や水路に生育する[9][11][13]。堀や農業用ため池のような人工的な池にも生える[9]ヒシ (ミソハギ科) などとともに生えることが多い[9] (図3)。古くは普通種であったが激減し、下記のように日本では絶滅が危惧されている[9][10]

保全状況評価

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絶滅危惧II類 (VU)環境省レッドリスト

日本では、環境の悪化や埋め立て、河川改修などによってオニバスの自生地の消滅が相次ぎ、絶滅が危惧されている[9][10][4][16]。日本全体としてはオニバスは絶滅危惧II類に指定されている[17]。また下記のように各道府県でも絶滅危惧種に指定され、また既に絶滅した地域もある。以下は2020年現在の各都道府県におけるレッドデータブックの統一カテゴリ名での危急度を示している[17] (※埼玉県東京都では、季節や地域によって指定カテゴリが異なるが、下表では埼玉県は全県のカテゴリ、東京都では最も危惧度の高いカテゴリを示している)。

4. 十二町潟オニバス発生地 (富山県氷見市)

富山県氷見市の「十二町潟オニバス発生地」は1923 (大正12) 年に国の天然記念物に指定されたが、1979年以降にオニバスは姿を消してしまった[18]。その後、潟内の浚渫やガマ刈りを行い、近隣地域では自生が確認されたが、天然記念物指定地域ではいまだ復活はしていない (2020年現在)[18]。そのため復活を目指した環境整備や移植が行われている[18]。また氷見市以外でも、各地の自治体によって天然記念物指定を受けているオニバス自生地は多い[19][20][21]

人間との関わり

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5a. オニバスの種子ポン菓子にしたもの
5b. 栽培されているオニバス (インド北部)

日本では古くから知られており、『枕草子』では見た目が恐ろしげなものとしてオニバスが「みずふぶき (水蕗)」の名で挙げられている[4]

中国やインドでは種子を食用としており、そのための栽培をしていることもある[4][12][22] (図5)。また果実や若い葉柄なども食用とされることがある[4][22]

種子は芡実けんじつともよばれ、滋養・強壮や鎮痛のための生薬として用いられることがある[23][24]

系統と分類

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6. オオオニバス

オニバスは、オニバス属の唯一の種である。オニバスと同様に巨大な浮水葉をもつことで知られ、子供を乗せた写真で知られている植物は南米に生育するオオオニバス属 (Victoria) である。オニバスとは異なり、オオオニバス属の葉は縁が立ち上がって「たらい状」になっており、また直径数十cmになる大きな花をつける (図6)。

オニバス属とオオオニバス属は近縁であり、両属は姉妹群の関係にある[25]。この系統群 (オニバス属 + オオオニバス属) は明らかにスイレン科に含まれるが、古くはオニバス科 (Euryalaceae) として分けられたこともある[26]

また分子系統学的研究からは、オニバス属 + オオオニバス属の系統群がスイレン属の中に含まれることが示唆されている[25]。そのため、分類学的にオニバス属とオオオニバス属の種をスイレン属に移すことも提唱されている[27]

脚注

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出典

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  1. ^ a b GBIF Secretariat (2021年). “Euryale ferox Salisb. ex K.D.Koenig & Sims”. GBIF Backbone Taxonom]. 2023年2月5日閲覧。
  2. ^ a b c d Euryale ferox”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2021年7月12日閲覧。
  3. ^ Anneslea”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2022年7月12日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 松本功 (2008年). “第20話 絶滅の危機にひんする弱きオニ”. 歴史の情報蔵. 三重県. 2021年5月2日閲覧。
  5. ^ オニバス”. 水の公園福島潟. 2021年5月3日閲覧。
  6. ^ 茨蕗」『動植物名よみかた辞典 普及版』https://kotobank.jp/word/%E8%8C%A8%E8%95%97コトバンクより2021年10月30日閲覧 
  7. ^ 茨蓮」『動植物名よみかた辞典 普及版』https://kotobank.jp/word/%E8%8C%A8%E8%93%AEコトバンクより2021年10月30日閲覧 
  8. ^ a b c d e 林 弥栄 & 門田 裕一 (監修) (2013). “オニバス”. 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社. p. 16. ISBN 978-4635070195 
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 志賀隆 (2015). “スイレン科”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 46–48. ISBN 978-4582535310 
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 角野康郎 (1994). “オニバス”. 日本水草図鑑. 文一総合出版. pp. 109–111. ISBN 978-4829930342 
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 松岡成久 (2017年2月26日). “オニバス”. 西宮の湿生・水生植物. 2021年5月2日閲覧。
  12. ^ a b c d e f g Flora of China Editorial Committee (2018年). “Euryale ferox”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2021年4月27日閲覧。
  13. ^ a b c d 浜島繁隆・須賀瑛文 (2005). “オニバス”. ため池と水田の生き物図鑑 植物編. トンボ出版. pp. 60–61. ISBN 978-4887161504 
  14. ^ a b 角野康郎 (2014). “オニバス”. 日本の水草. 文一総合出版. p. 39. ISBN 978-4829984017 
  15. ^ オニバス”. 新潟市 潟のデジタル博物館. 新潟市. 2023年2月5日閲覧。
  16. ^ オニバス”. いきものログ. 環境省. 2021年5月3日閲覧。
  17. ^ a b オニバス”. 日本のレッドデータ 検索システム. 2021年5月2日閲覧。
  18. ^ a b c 十二町潟オニバス発生地(天然記念物)”. 氷見市 (2020年3月27日). 2021年4月23日閲覧。
  19. ^ 寺田仁志、大屋哲「オニバス自生地裸島池の植生」『Nature of Kagoshima』第35巻、鹿児島県自然愛護協会、2009年、33-42頁、ISSN 1882-7551 
  20. ^ 米田厚「中池の整備におけるオニバスの再生」『農業土木学会誌』第73巻第12号、2005年、1113-1114頁、doi:10.11408/jjsidre1965.73.12_1113 
  21. ^ 久米修 (2005). “天然記念物の指定がオニバスを滅ぼす?”. 水草研究会誌 83: 19-21. NAID 40007067592. 
  22. ^ a b Euryale ferox”. Useful Tropical Plants Database. 2021年5月3日閲覧。
  23. ^ 芡実 (けんじつ)”. 伝統医薬データベース. 富山大学和漢医薬学総合研究所. 2021年5月3日閲覧。
  24. ^ 尾崎和男. “オニバス”. からだ健康サイエンスホーム. アリナミン製薬株式会社. 2021年5月3日閲覧。
  25. ^ a b Gruenstaeudl, M. (2019). “Why the monophyly of Nymphaeaceae currently remains indeterminate: An assessment based on gene-wise plasti”. Plant Systematics and Evolution 305 (9): 827-836. doi:10.20944/preprints201905.0002.v1. 
  26. ^ GBIF Secretariat (2021年). “Euryalaceae”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年5月2日閲覧。
  27. ^ Stevens, P. F.. “Nymphaeaceae”. Angiosperm Phylogeny Website. Version 14, July 2017. 2021年4月29日閲覧。

外部リンク

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